処世術述懐
カイエンフォール殿下はすっごくおモテになる。変な言葉だけど本当にそう。
次期国王さまというのもあるんだろうけど、それを差し引いてもものすごく奇麗な方だし、最近ますます凛々しくなられたし。仕草も男っぽいのに丁寧で優雅で、まさに理想の王子さまって感じ。
姉さんより半年年下らしいから、もう18歳? それなのにご結婚どころか、ご婚約さえまだというのも拍車がかかっている原因なのかも。
実際、宮殿で殿下をお見かけすると、大抵誰かしら貴族の女性に話しかけられていらっしゃる。目を潤ませ、ほんのり頬を染めて、夢見心地って顔の女性たちに、殿下は毎回美しく微笑んで応じられる――今もそう。
「……姉さんほどじゃないけど、怖いよ、殿下」
宮廷処世術その1「嘘とほんとを見極めよう」――僕はだから殿下のあのお顔は好きじゃない。
「ルーディ」
僕に気付いてほっとしたように笑いながら、お声をかけてくださる、こっちのお顔の方が好き。つられてにっこりしてしまう。
同時に、
「こんにちは、殿下」
殿下の後ろで僕を睨んでくる女性たちの顔に、ぞっとしてもいる。「ばれなきゃオッケー」が口癖のうちの姉さんとはまた違った腹黒さ。
あれ、僕だって分かるんだから、殿下が分からない訳ないのに、まだまだだよねえ。
とか姉さんを真似て達観したふりをしてみるものの、本音は、「やめて、夢に見そう……」ってところ。
「こんにちは、ジョセフィーヌさま、ユリアネさま」
そんな内心を隠して、無邪気に見えるようににこにこと笑いかけてみる。
宮廷処世術その2「本音は隠しましょう」――怖いとかね、困ったとかね、他の人に悟られたら駄目なんだって。
『いーい? 隙を見せたら最後、骨の髄までしゃぶられると思いなさい』
これ、誰が僕に言ったか、敢えて言うまでもないよね……?
姉さん、いくらほんとのことだからって8つの僕に言う台詞じゃなかったと思うよ、僕しばらく怖くて1人でトイレに行けなかったんだから。
「お会い出来て嬉しいです。ええと、ご挨拶、お許しいただけますか?」
少し顔を赤くして、上目遣いに年上の貴族のお姉さんたちを見つめ、お手を拝借できますか、と仕草で訴える。
宮廷処世術その3「使えるものはなんでも使おう」
自慢じゃないけど僕も結構モテる。姉さんとお揃いの銀色の髪、青色の瞳、特に欠点がない配置の目鼻立ち。にっこり笑うと可愛く見えるんだって。男として複雑に思わないわけじゃないけど、それを上手く使わない手はないと思うんだ。
「え、ええ、もちろん」
緊張しているように見せながら手の甲に口付けて、もう一度にっこり微笑む。
「とても奇麗な手をしていらっしゃるので、ドキドキしてしまいました」
「……まあ」
で、さっきまでの“邪魔する気……?”という表情から、こうやって“可愛い”という表情に変われば、姉さん曰くの「かかった!」って状態――。
宮廷処世術その4「嘘にならない範囲で会話に世辞を上手く織り込もう」
うん、僕ね、いろいろ体張ってるんだよ。だって僕がうまく立ち回らないと、姉さんさらに敵増えちゃうし。ああいう人だけど、僕、姉さん好きだもん。まあ、姉さんは敵なんて気にしない気もするけど。
……なんかそう意味で姉さんってほんと無敵かも。
「……」
チラッと殿下をうかがえば、目が合ってちょっとだけ苦笑してくださる。
……うん、人のこと言えないけど、殿下も苦労性だよね。
「けれど、ルーディさまにもお姉さまがいらっしゃるでしょう?」
ここで姉さんを引き合いに出してくる意図が分からない訳じゃないけどね、そこはやっぱり処世術その2で。思惑に乗ったりはしないよ。
「はい。ですが、ジョセフィーヌさまもユリアネさまも大人の方で、とてもお美しいのでやはり緊張してしまうんです。……駄目ですか?」
で、分かってないふりしつつ、相手の機嫌だけを上手くとる。目をうるうるさせての上目遣いももちろん忘れずに。
そんなこんなで相手の気分を上昇させたところで、殿下に目で合図を送る。
「私はそろそろ失礼するとしよう、ルーディもおいで」
出た――宮廷処世術その5「笑顔で反論封じ」
うん、色々あるんだよ、僕みたいに「可愛い? 可愛い?」って微笑ましさを振りまくのもあれば、姉さんの得意技みたいに笑顔の裏で「黙れ」とか「ひどい目に遭いたい?」って脅すのも、カイ殿下のように神々しさで圧倒して、相手が何も考えられなくなった隙にしたい放題っていうのも。
……こうやって考えると、ほんと、カイ殿下と姉さんって割れ鍋になんとかってやつかなって思う。
ちなみに、宮廷処世術その6「喰うか喰われるかなら迷わず喰いなさい」とその7「騙すのは悪いかですって? 相手によるに決まってんじゃない」は、僕が宮殿に上がるようになった時の姉さんの言葉。
そんな台詞を当たり前に言わなきゃいけないここは、やっぱり怖い場所だなあって思うけど、で、その姉さんはこんなとこにいるのは農園の為だってしつこく言うけど、僕、ほんとは知ってるんだ。
「助かった」
人気がなくなったところでカイ殿下が屈託なく笑ってくださるお顔――姉さんはさ、多分これにやられてるんだよね。だって殿下がこういうお顔をなさる時、姉さん計算ゼロで嬉しそうになってるんだもん。
あの姉さんが計算してないんだよ! どれだけ異常なことなんだろうって僕、気づいた時びっくりしたんだから!
「……ああいうの、姉さんとはまた別の意味で怖いですよね」
そう言ってみると、小さく声を漏らして笑ってくださるのには、僕だってやられちゃうし。
「……」
笑いを収められた瞬間の、僕を見てるけど僕じゃない人を見てるってはっきり分かるお顔、ドッキリするぐらい優しいし。
「あ、カイ、じゃなかった、殿下、私、ちょっと出てきますっ。さっき話していた件、いい解決策が見つかりそうなの……なんです。って、ルーディじゃない、ああ、でも姉さん火急の用があるのーっ」
廊下の向こうからやってきて、「顔を見られて嬉しいわ、ご飯ちゃんと食べなさいね」って言いながら、そんな僕たちの横をすごい勢いで走り抜けて行ったのはもちろん姉さん。
ていうか、「無駄遣いは駄目よー」なんて声を、長い廊下の端から端まで木霊させるような人は、姉さん以外にいないよね……。
(そ、それはさすがに呆れられるんじゃないかな、姉さん……)
既に点になりつつある姉さんを見送って、そんな風に思いながら、恐る恐る横の殿下の顔を見上げれば、
「……」
……これ、四百四病の外そのものって表情?
「……なんだかなあ」
僕ね、姉さんもカイ殿下も好きなんだよ。だから、2人の役に立つことならなんだってしようって思ってるんだけど、やってらんないって思う瞬間も結構あったりするんだよね。
そう思う人、他にもいるんだろうな。だから余計姉さんに敵、増えるんだよ。味方もいるみたいだけど。
僕、あの姉さんが、そんな状況に気付いてないわけはないと思うんだけど……。
「アンリエッタ、何度言わせるんですっ、廊下を走るんじゃありません!」
はるか向こうでそう叫んでいるのは侍女頭さん。
(ああ、後で「いつも姉さんがお世話になってます」ってまたご機嫌伺いに行っておかなきゃ……)
なのに、結局そう思っちゃう僕ってやっぱりいい子だよねえ。




