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恋の見出し方  作者: ユキノト
第6章【狐の付き合い方】
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第4話

「アンリ」

「アンリエッタ!」

「踊るぞ」

 無視するなっ!と言う代わりに、露骨な作り笑顔をしてみせる。人目があるのだ、やむを得ない。

「……」

 すると、向こうも明らかな作り笑いを返してきた。人目があるということだ、やはり可愛くない。

「「……猫かぶりめ」」

 笑ったままお互いを罵る言葉もタイミングもぴったり完璧。

 これがもう健全な世界(緑と土の香りあふれる農園よ、もちろん)に復帰できない証左に思えて、泣けてくるのもいつものこと。


 内面の相性はともかく、11年間のダンスの練習はいつもお互いが相手だった。結果、踊りの呼吸もぴったり完璧だ。

「随分と可愛らしげにディアルセン・モルドナと踊っていたな。誰かと思ったぞ、アンリ」

「アンリエッタ!です、殿下。それを仰るなら随分と、そりゃあ“紳士”的にアリアンヌ嬢、マロール伯爵夫人、クノー子爵夫人、ドリー嬢、スード女侯爵と踊っていらっしゃいましたね。別人しか見えませんでしたわ」

「「……ふふふふ」」

 声を立てて笑い始めるタイミングもぴったり完璧――泣けてくるくらいにね。


「……?」

(何よ、何笑ってんの?)

 最近珍しくなった、含みのない顔で、笑い始めた王子に思わず眉根が寄ってしまう。

「つまり踊った相手を全て確認しているわけだ」

「っ」

(ぅげ……じゃ、なくて、落ち着くのよ……! ここで動揺して見せたら奴の思うつぼ! 頑張んなさい、副交感神経、毛細血管を収縮させるのよ! 動きなさい、表情筋、全力で笑ってさらっと流すの!)

「……ええ、殿下の執務補佐官たる者、間断・油断なく主君の人間関係には気を配っていなくては」

 そうにっこりしてみたものの、敵も然る者。返すようににっこりしてくる辺りが小憎らしい。

「コーベック・マロール、ディアルセン・モルドナ、ハリソン・アダムズ」

「……」

 意味深な目でアンリエッタが踊った相手を羅列する王子から、なんとなく目を逸らした。

「では、臣下の人間関係に気を配る俺は、ひどく出来た主君という訳だ」

(……そうきたか、助けてもくれなかったくせに)

「あら、見返りの割に働きが過ぎてるんでしょうか、“出来た”の意味がいまいち脳裏に浮かばないのですけれど」

「頭にしか栄養が行っていなさそうなのにおかしな話だな」

 皮肉を込めて微笑んで見せたというのに、奴は目をアンリエッタの顔から下へとこれ見よがしに落とす。

「う、ふ、ふふふふ、嫌ですわ、無礼極まりない発言に聞こえてしまいました、その目線とあわせて……!」

 押し殺した声になったことと、笑顔のこめかみに青筋が浮かんだことぐらいは許して欲しい。人目さえなければ、減給覚悟でぶん殴ってるところを我慢しているのだ。

(この私が減給覚悟! 乙女の死活問題! ルーディ、喜んで頂戴、姉さんまだ乙女な部分、持ってたわ!)


「うふふふふ、本当に無礼なのはお前だろう、アンリ」

「アンリエッタ!です、殿下。うふふふふ、ドレスにもこのような場にも慣れてなくて。“紳士”でなくても“出来た”殿下ですもの、万が一が起きたとしても、“寛容に”お許しくださいますわよね?」

「「ふふふふ」」

 ええ、ドレスに隠して、足元で攻防戦を繰り広げているのよ、十四の頃からだから、もうかれこれ三十七回目ぐらい? 敵も回避能力をあげてきたのね、最近なかなか『当たり』が出なくて大変なの。


 そんな踊りもようやく中盤にさしかかった。

(知らないって幸せよね……実際は罵り合い、蹴り合いの真っ最中だっていうのに)

 周囲から刺すような注目が集まっているのを感じるあたり、傍目にはにこやかに仲睦まじく語り合ってるように見えるのかもしれない。


「それにしても趣味が悪いな」

 こっちを見ている貴族の青年集団を顎で小さくしゃくって王子が呟く。

「そのお言葉、そっくり返してやるわ、じゃなかった、お返ししますわ」

 こっちを見ている貴族の女性集団を同じく顎でしゃくって呟き返す。

「趣味の悪さ、ね……」

「?」

(何よ、何いきなり静かになってるの?)

「カ……殿下?」

「生憎と――自覚があるんだ」

「!?」

 低い声と共にぐいっと腰を引き寄せられて思わず目が点になる。

「カカカカイ?」

 じゃなかった、って思わなくもないけど、それどころじゃない。間近で響く呼吸の音と体温――自分の心臓が痛いくらい収縮しているのが分かる。

「な、何して……」

 私としたことが動揺するなんて、って思わなくもないけど、やはりそれどころじゃない。何が起きているのか、必死で頭を働かせようとするのに、うまく行かない。

「――黙ってろ」

「……」

(誰、この人……)

 ごく近く、小さく耳元で囁かれた言葉はカイのものじゃない。“太子”らしい、横暴なものだ。でもその柔らかい響きは“太子”のものじゃない。カイらしい、逡巡をはらんだ、優しい音。

「……」

 それに混乱してしまって言葉が出てこなくなる。ただただすぐそばにある紫を見つめてしまう。

「……」

 見つめ返されたその瞳の端がやわらかく弧を描いた。その笑い方は確かにカイのものだ。でもそこに宿る、見慣れない、読めない感情に息が苦しくなってくる。

「アンリエッタ」

「っ」

 昔のように名を呼ばれて、繋げている手指にぐっと力が篭った。腰にあたっている手にさらにカイへと引き寄せられる。触れ合う場所から伝わってくる熱に意識が奪われる。

「……」

(……これ、もうやっちゃいけないことだって、分かるでしょう、分かっているでしょう……)

 ――そう思うのに、麻痺してしまったかのように、心も体も動かない。



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