・初航海! 港町モクレンから船に乗ろう! - また騙された…… -
ユリアンさんの海賊船は凄かった。
他の船なら3日かかる船旅が、たった2日で終わっていた。
それも昼過ぎに。
陸に上がると地面が揺れている感覚がした。
揺れていたのは船だったはずなのに、なんだかおかしな感じだった。
「聞くのを忘れてたが、宿は決まってんのか? よければ紹介するぜ」
「一応聞くけどよ、変な店じゃねーだろな……?」
「はっ、信用がねぇな。ま、あてがあるならいいんだぜ?」
あたしたちは攻略本に載っていた宿屋に行くつもりだった。
「コムギ、やっぱユリアンさんに紹介してもらおうぜ」
「そうだね……。モクレンでは酷い目に遭ったし……」
「オーケー、ついてきな。……野郎ども、荷下ろしは任せたぜ!」
「へいっ、船長!!」
前を歩くユリアンさんの背中を追って、ホリンとあたしは並んで歩いた。
するとふと、ある疑問が浮かんだ。
「そういえばあのときの、あたしたちを騙した宿屋さん、モクレンの偉い人に報告してないね……?」
他の人も同じようにさらわれて、売られたりしたら大変だ。
「おう、それならもう気にする必要ねぇ。忘れな」
「え、なんで?」
「ヤツはこちらで処理しておいた。もうあそこは、健全な宿屋に生まれ変わっているから、安心しておきな」
「おい……。処理って、お前、まさか……っ」
「人身売買なんてまかり通ったら、みんなそればっか売ろうってなって、まともな品物が売れなくなる。ちょいと見過ごせねぇから、よーくわかってもらったんだよ」
「そうですか、わかってくれたんですね、あの人! よかったー!」
「おう。泣いてわかってくれたぜ、鼻水たれ流しながらな」
ホリン、また深読みしてユリアンさんにあきれていた。
ユリアンさんは改心してくれたって言ってるのに、渋い顔をしっぱなしだった。
あたしたちはサマンサの港を抜けた。
港はモクレンと似た雰囲気だったけれど、離れると町の雰囲気が大きく変わった。
攻略本にもある通り、サマンサは赤いレンガの町だった。
木造家屋はほとんど見かけなかった。
平地なのに道がグネグネと曲がりくねっていて、方角がわからなくなりそうだった。
ユリアンさんおすすめの宿屋は、お城が見える町中心部の外れにあった。
ユリアンさんが店に入ると、宿の人がユリアンさんを大歓迎した。
「じゃあまたな。お嬢ちゃんのバケット、最高に美味かったぜ」
「えへへ、じゃあ次は、もっと美味しいパンを作って遊びに行きますねっ!」
「ありがとう、ユリアンさん……」
ホリンのやつ、ユリアンさんと別れるのが寂しいのかな。
ホリンにしてはやけに素直な声だった。
「いいってことよ。……今度はちゃんと守るんだぜ、彼氏」
「ああ、必ず守ってみせる。またな、ユリアンさん!」
ユリアンさんが宿を出て行った。
あたしたちは宿の部屋に通された。
「ひ、広っっ?!」
「へ、部屋間違ってないかっ!?」
「お代ならば既にユリアン様にいただいています。どうかごゆるりと、当宿でのご滞在をお楽しみ下さい」
あたしたちはまた騙された……。
通された部屋には、部屋が3つあった……。
居間と、寝室と、バスルームがあった……。
寝室には4人家族が一緒に眠れそうなほどに大きなベッドが1つあった。
他に眠れる場所といったら、居間のソファー以外になかった。
「ユリアンッ、あの野郎……っっ!」
「あはは……。やられたね……」
この前みたいなことを避けたいなら、同じベッドの方がいいのはわかるけど……。
「でも、今さら変えてなんて言えないよ……。こんなによくしてくれてるんだもん……」
「お、お前はいいのかよ……っ!?」
「だって、また離れ離れになるより、ずっといいじゃない……」
あれは嫌な思い出だった。
宿屋に泊まるのが怖くなるくらいの、酷い事件だった。
でもユリアンさんが紹介してくれたこの宿なら、大丈夫そう。
ホリンが隣にいてくれたらきっと眠れると思う。
「確かに、そうだな……。またあの時みたいに引き離されるよりは、いいか……」
あたしたちは既にアッシュヒルが恋しくなっていた。
でもアッシュヒルならあたしのすぐ隣にある。
あたしにとっては、ホリンがアッシュヒルだ。
ホリンにとってもきっとそう。
独りでは不安だけど、ホリンと一緒なら大丈夫だ。
さあ、破滅の未来から故郷を救うために、村が恋しいけれどがんばろう!
お宝と一緒にアッシュヒルに帰って、余裕で魔物の大襲撃を撃退できるように、みんなを強くしなきゃいけないんだから!
もうこっそりとは、だいぶいかなくなってきている気もするけれど……。
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