表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/198

・初航海! 港町モクレンから船に乗ろう! - バゲットと海賊酒場 -

 酒場赤鯨の手前に着くと、ホリンが支払いを済ませるまで軒先で待った。

 そこは複雑に道が入り組んだ薄暗い通りだった。


 中から荒っぽい笑い声が聞こえる。


「なんか、入るのを躊躇するような、ヤバい雰囲気があるな……」

「入りにくいのは最初だけだよ、一緒に行こ!」


 率先して赤鯨亭の扉を引いて、あたしはお店の中に飛び込んだ。

 すると明るい笑い声が途絶えた。


 店内全員の鋭い視線があたしとホリンに注目した。


 でもその怖い目は、ものの一瞬で笑顔に変わった!

 大歓迎の歓声が沸き起こった!


「おおおおーっっ、コムギにホリンじゃねぇかっ!」

「なんだよ、お前ら! わざわざ俺たちのとこにわきてくれたのかよっ!」

「嬉しいじゃねぇかよ!!」

「コムギ、この前のレシピどうだった!?」


 ポート・ヘイブンの海賊さんだ。

 みんなが席を飛び上がってあたしたちを囲んだ。


 こんなに明るく迎えてくれるなんて嬉しい。

 やっぱりユリアンさんたちは良い人だ!

 そうに決まってる!


「うんっ、サーモンサンドもカツサンドも、凄く美味しく作れたよ! あっ、これね、おみやげ!」


 海賊コックさんに大きなバスケットを渡した。

 中にはうちで焼いたバケットがギッシリと入っている。


「コムギ、お前が焼いたのか?」

「うん、みんなにあたしのパンを食べてもらいたくって!」


 船旅を始める前に、パンをお世話になったみんなに届けたかった。


「こりゃ急いで船長を呼んでこねぇとな……。おい、ひとっ走り行ってこい!」

「よっしゃ、待ってろよ、コムギ、ホリン! 今すぐ呼んでくるからよ!」


 えっと、ユリアンさんに迷惑では……?

 なんて言う間はなかった。


「だけどよ、俺らにわざわざパンを届けるためにきただけじゃねぇよな?」

「うんっ、あたしたちね、海の向こうに行きたいの!」


 あたしが明るく返すと、酒場が笑い声と笑顔に包まれた!


「ワハハハハッ、そりゃすげぇや! どこの国に行くんだっ!?」

「サマンサって国だ」


「よっしゃっ、それなら俺たちで船長を説得してやるよっ!」

「おお、そりゃいい! 俺たちがサマンサに連れてってやるよ、コムギ!」

「えっ、えええーーっっ?!」


 海賊さんたちはすっかりその気になってしまった。


「で、でも……さすがにそれは、迷惑だよ……」

「船動かすのって、すげぇ金かかるんだろ……?」


 ホリンまで遠慮がちだった。

 すると大柄な海賊さんがホリンの肩を抱いて『金なんて気にすんなよ』と豪快に耳元で笑った。


「遠慮すんなって、送ってやるよ!」

「いや、だけどよぉ……っ!?」


「気にすんなって! どうせ海に出ても、獲物を探してウロウロすることになんだしよぉ!」

「ついでに交易もできる! 一石二鳥どころか三鳥じゃねーか!」

「わぁーっ、海賊さんたちって、お魚釣りもするんですねー!」


「おう、でっかい魚を狩るのが俺たちの仕事さ!」


 やっぱりみんな良い人たちだ。

 あたしたちはユリアンさんが帰ってくるまで、バクチごっこをして待つことになった。


 みんなパンには手を付けなかった。

 あたしが食べてほしいとうながしても、船長が先だって言い張っていた。



 ・



「コムギとホリンじゃねぇか! はははっ、きてくれたのかよっ!?」

「あ、ユリアンさんっ!」


 ユリアンさんが酒場に帰ってきた!

 鷹のように鋭い目があたしたちをギロッと見て、それが元気な笑顔に変わった!


「船長、コムギがパンを焼いてきてくれたんだ! 早く食おうぜ!」

「へぇ、そういやパン屋だって言ってたな! なかなか美味そうじゃねぇか!」


 あたしのバケットがユリアンさんに渡された。

 ユリアンさんはそれを切らずに大きな口でかぶりついた。


「ど、どう、ですか……?」

「船長……? どうかしたんですかい?」


 ユリアンさんはもう二口食べて、腕を組んで考え込んでしまった。

 それから間を置いて、彼は顔を上げて言った。


「なぁ、お嬢ちゃん……このまんまうちの海賊にならねぇか?」

「えっ!?」


「うちの船にパン焼き窯を置くからよ、ホリンと一緒にうちに就職しろよ?」

「あ、あの、ちょっと惹かれるお誘いですけど、ごめんなさい……。あたしには、やらなきゃいけないことがあるから……」


「ああ、そういやそうだったな……残念だ……。これを毎日食えるなんて、彼氏は幸せ者だな」

「だから彼氏じゃねーっつってんだろ、ユリアンさん……」


「おいおい、今の聞いたかお前らっ!? 贅沢な野郎だ!」


  ユリアンさんが食べかけのバケットをコックさんに投げた。

 食べろと合図をすると、海賊さんたちがバスケットに群がった。


 みんな美味しいって、大げさなくらいにあたしのパンを褒めてくれた!


「俺らは死ぬまで海の上。そう決めてたけどよ、引退後はアッシュヒルってのも悪くねぇな……」

「そんなぁ、俺たちを見捨てないで下さいよぉ、船長ーっ!?」


「はっ、安心しなバカ野郎ども、向こう30年は海賊を辞める気なんてねぇよ」

「そりゃよかった……。心配させないで下さいよ、船長……」

「けど確かに、毎日これを食えるなら、引退だって考えたくもなりますぜ……」


 こんなに気に入ってくれるなんて思ってもいなかった。

 嬉しくてあたしは顔がゆるゆるになっていた。


「あたし、いつでも歓迎します!」

「アッシュヒルはいつでも人手不足だしな……」


 凄い勢いでバケットが海賊さんのお腹の中に消えていった。

 海賊さんたちだから保存の利くバケットにしたのに、全部なくなっちゃった……。


「こんなにワインと合うパンは初めてだぜ」

「おそまつさまです、ユリアンさん」


「んで……船旅の話だがよ。サマンサとは不戦協定を結んでる、俺らが連れてってやるよ」

「いや、それはさっきから俺たち断ってるんだって、ユリアンさん!」


 あれ……?

 ホリンってユリアンさんのことを『おっさん』って呼んでたのに、さっきから『ユリアンさん』って呼んでる……?


「へぇ、海賊との船旅が怖いのか、小僧?」

「ぶっちゃけそれもあるけど、船旅って金かかるだろっ!」


「んなもん気にすんな! 仕事のついでに船に乗せてやるだけだ。何も狩りを手伝えなんて言わねぇよ」

「するかてのっ、頼まれても海賊の仕事なんて手伝わねーよっっ!」


 釣りの手伝いくらいしてあげればいいのに。

 でもやっぱり、一緒に旅ができたら楽しいけど、迷惑だよね……。


「それによぉ? サマンサ行きの定期便なら、2日前に港を出たばかりだぜ」

「あ、そうなんですか。次は、いつなんですか?」


「定期便は月に2本だけだ」

「え……」

「それって……今から13日後、ってことか……?」


「おう。それに定期便以外となると、この前の武装商戦団みたいな船も混じる。見た目が商船だからって、中の連中がまともとは限らねぇぜ?」


 あたしとホリンは向かい合って、互いの顔色から状況を察した。


 選択肢はない。

 あたしたちは13日も待てない。


 ユリアンさんの海賊船に乗るしかなかった。


「なんでもお手伝いします、あたしたちを船に乗せて下さい……」

「けどよ、コムギの前で海賊行為は止めろよ……? そっちの仕事は手伝わねーからな……?」


「はっはっはっ、それは風の導き次第だな」


 不安はちょっと残るけど、他にない。

 あたしたちは海賊赤鹿の船に乗ることになった。


もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ