・初航海! 港町モクレンから船に乗ろう! - バゲットと海賊酒場 -
酒場赤鯨の手前に着くと、ホリンが支払いを済ませるまで軒先で待った。
そこは複雑に道が入り組んだ薄暗い通りだった。
中から荒っぽい笑い声が聞こえる。
「なんか、入るのを躊躇するような、ヤバい雰囲気があるな……」
「入りにくいのは最初だけだよ、一緒に行こ!」
率先して赤鯨亭の扉を引いて、あたしはお店の中に飛び込んだ。
すると明るい笑い声が途絶えた。
店内全員の鋭い視線があたしとホリンに注目した。
でもその怖い目は、ものの一瞬で笑顔に変わった!
大歓迎の歓声が沸き起こった!
「おおおおーっっ、コムギにホリンじゃねぇかっ!」
「なんだよ、お前ら! わざわざ俺たちのとこにわきてくれたのかよっ!」
「嬉しいじゃねぇかよ!!」
「コムギ、この前のレシピどうだった!?」
ポート・ヘイブンの海賊さんだ。
みんなが席を飛び上がってあたしたちを囲んだ。
こんなに明るく迎えてくれるなんて嬉しい。
やっぱりユリアンさんたちは良い人だ!
そうに決まってる!
「うんっ、サーモンサンドもカツサンドも、凄く美味しく作れたよ! あっ、これね、おみやげ!」
海賊コックさんに大きなバスケットを渡した。
中にはうちで焼いたバケットがギッシリと入っている。
「コムギ、お前が焼いたのか?」
「うん、みんなにあたしのパンを食べてもらいたくって!」
船旅を始める前に、パンをお世話になったみんなに届けたかった。
「こりゃ急いで船長を呼んでこねぇとな……。おい、ひとっ走り行ってこい!」
「よっしゃ、待ってろよ、コムギ、ホリン! 今すぐ呼んでくるからよ!」
えっと、ユリアンさんに迷惑では……?
なんて言う間はなかった。
「だけどよ、俺らにわざわざパンを届けるためにきただけじゃねぇよな?」
「うんっ、あたしたちね、海の向こうに行きたいの!」
あたしが明るく返すと、酒場が笑い声と笑顔に包まれた!
「ワハハハハッ、そりゃすげぇや! どこの国に行くんだっ!?」
「サマンサって国だ」
「よっしゃっ、それなら俺たちで船長を説得してやるよっ!」
「おお、そりゃいい! 俺たちがサマンサに連れてってやるよ、コムギ!」
「えっ、えええーーっっ?!」
海賊さんたちはすっかりその気になってしまった。
「で、でも……さすがにそれは、迷惑だよ……」
「船動かすのって、すげぇ金かかるんだろ……?」
ホリンまで遠慮がちだった。
すると大柄な海賊さんがホリンの肩を抱いて『金なんて気にすんなよ』と豪快に耳元で笑った。
「遠慮すんなって、送ってやるよ!」
「いや、だけどよぉ……っ!?」
「気にすんなって! どうせ海に出ても、獲物を探してウロウロすることになんだしよぉ!」
「ついでに交易もできる! 一石二鳥どころか三鳥じゃねーか!」
「わぁーっ、海賊さんたちって、お魚釣りもするんですねー!」
「おう、でっかい魚を狩るのが俺たちの仕事さ!」
やっぱりみんな良い人たちだ。
あたしたちはユリアンさんが帰ってくるまで、バクチごっこをして待つことになった。
みんなパンには手を付けなかった。
あたしが食べてほしいとうながしても、船長が先だって言い張っていた。
・
「コムギとホリンじゃねぇか! はははっ、きてくれたのかよっ!?」
「あ、ユリアンさんっ!」
ユリアンさんが酒場に帰ってきた!
鷹のように鋭い目があたしたちをギロッと見て、それが元気な笑顔に変わった!
「船長、コムギがパンを焼いてきてくれたんだ! 早く食おうぜ!」
「へぇ、そういやパン屋だって言ってたな! なかなか美味そうじゃねぇか!」
あたしのバケットがユリアンさんに渡された。
ユリアンさんはそれを切らずに大きな口でかぶりついた。
「ど、どう、ですか……?」
「船長……? どうかしたんですかい?」
ユリアンさんはもう二口食べて、腕を組んで考え込んでしまった。
それから間を置いて、彼は顔を上げて言った。
「なぁ、お嬢ちゃん……このまんまうちの海賊にならねぇか?」
「えっ!?」
「うちの船にパン焼き窯を置くからよ、ホリンと一緒にうちに就職しろよ?」
「あ、あの、ちょっと惹かれるお誘いですけど、ごめんなさい……。あたしには、やらなきゃいけないことがあるから……」
「ああ、そういやそうだったな……残念だ……。これを毎日食えるなんて、彼氏は幸せ者だな」
「だから彼氏じゃねーっつってんだろ、ユリアンさん……」
「おいおい、今の聞いたかお前らっ!? 贅沢な野郎だ!」
ユリアンさんが食べかけのバケットをコックさんに投げた。
食べろと合図をすると、海賊さんたちがバスケットに群がった。
みんな美味しいって、大げさなくらいにあたしのパンを褒めてくれた!
「俺らは死ぬまで海の上。そう決めてたけどよ、引退後はアッシュヒルってのも悪くねぇな……」
「そんなぁ、俺たちを見捨てないで下さいよぉ、船長ーっ!?」
「はっ、安心しなバカ野郎ども、向こう30年は海賊を辞める気なんてねぇよ」
「そりゃよかった……。心配させないで下さいよ、船長……」
「けど確かに、毎日これを食えるなら、引退だって考えたくもなりますぜ……」
こんなに気に入ってくれるなんて思ってもいなかった。
嬉しくてあたしは顔がゆるゆるになっていた。
「あたし、いつでも歓迎します!」
「アッシュヒルはいつでも人手不足だしな……」
凄い勢いでバケットが海賊さんのお腹の中に消えていった。
海賊さんたちだから保存の利くバケットにしたのに、全部なくなっちゃった……。
「こんなにワインと合うパンは初めてだぜ」
「おそまつさまです、ユリアンさん」
「んで……船旅の話だがよ。サマンサとは不戦協定を結んでる、俺らが連れてってやるよ」
「いや、それはさっきから俺たち断ってるんだって、ユリアンさん!」
あれ……?
ホリンってユリアンさんのことを『おっさん』って呼んでたのに、さっきから『ユリアンさん』って呼んでる……?
「へぇ、海賊との船旅が怖いのか、小僧?」
「ぶっちゃけそれもあるけど、船旅って金かかるだろっ!」
「んなもん気にすんな! 仕事のついでに船に乗せてやるだけだ。何も狩りを手伝えなんて言わねぇよ」
「するかてのっ、頼まれても海賊の仕事なんて手伝わねーよっっ!」
釣りの手伝いくらいしてあげればいいのに。
でもやっぱり、一緒に旅ができたら楽しいけど、迷惑だよね……。
「それによぉ? サマンサ行きの定期便なら、2日前に港を出たばかりだぜ」
「あ、そうなんですか。次は、いつなんですか?」
「定期便は月に2本だけだ」
「え……」
「それって……今から13日後、ってことか……?」
「おう。それに定期便以外となると、この前の武装商戦団みたいな船も混じる。見た目が商船だからって、中の連中がまともとは限らねぇぜ?」
あたしとホリンは向かい合って、互いの顔色から状況を察した。
選択肢はない。
あたしたちは13日も待てない。
ユリアンさんの海賊船に乗るしかなかった。
「なんでもお手伝いします、あたしたちを船に乗せて下さい……」
「けどよ、コムギの前で海賊行為は止めろよ……? そっちの仕事は手伝わねーからな……?」
「はっはっはっ、それは風の導き次第だな」
不安はちょっと残るけど、他にない。
あたしたちは海賊赤鹿の船に乗ることになった。
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