・スライムのいるパン屋さん - 海の彼方へ -
仕事が落ち着くと、ホリンと一緒に居間のテーブルを囲んだ。
朝食がまだだったみたいだから、さっき食べたタルタルチーズサンドを出してあげた。
「次の町、そろそろ行かねーか? お前も新しい種とか食材、欲しいだろ?」
「うん、実はあたしも昨日、ホリンにそう言おうと思ってたの」
「けどゲルタさんに、コロネを押し付けられちまったと?」
「ロマちゃんだってば! ロマネコロネ!」
「なぁ、もしかしてそれ、ロマネコンティって酒じゃ……。ま、どっちだっていいか」
あ、それかも……。
でもお酒の名前じゃかわいそうだ。
この子はロマ。
ロマネコロネちゃんにしよう。
「それより、次はどこの町に行くか決めようぜ」
『それならば攻略本である私の出番だな。次の目的地はスイセンか、サマンサという都市にするといいだろう』
棚にかけておいた攻略本さんをホリンの前で指さした。
立ち上がってそれを手に取って、ホリンの前でページを進めた。
ざっくり読み込んでから、ホリンに攻略本さんの言葉の内容を伝えた。
「攻略本さんが言うには、候補は2つあるって。1つはこの国の王都スイセン」
「都か……! 行ってみたいな!」
「それと海の向こうの国サマンサの、王都サマンサ。そのどっちかだって」
「おお、国外かぁ! それもいいなっ!」
「うん、あたしも気になる!」
でも1人で海の向こうに行く勇気はない。
ホリンと一緒じゃなきゃ、隣のブラッカはともかく、モクレンに行く勇気すら出なかった。
海の向こうなんて余りに遠すぎる。
1人じゃ怖い……。
「どっちに行くかは、何が手に入るか次第じゃねーか?」
「あ、そうだね」
「帰りはテレポートで一瞬だし、行きだってモクレンに一っ飛びだ!」
「うんっ、ホリンのおかげで助かっちゃう! 1人で旅行なんて、なんか怖いし……」
「お前1人で行かせられねーよ。不安でこっちの気がおかしくなっちまう」
「ごめん……。そこは……うん、モクレンのことで、さすがに反省した……」
「で、どっちの町のお宝が美味しいんだ?」
「あ、その発想はなかった。ホリンって頭いいね!」
「いや普通のやつが、一番最初にする考え方だと思うけどよ……」
そういうわけで、あたしは攻略本さんにまた目を通した。
結論は、わかんない!
『スイセンはモクレンの次に立ち寄った町だった。サマンサはその次だ』
「えっと、つまりどういうこと、攻略本さん……?」
『サマンサの方が後半だ。あちらの方が手に入る装備も高性能だ』
「ふーん、そうなんだー……」
なんで?
なんで後の方が良い物が手に入るの?
そう聞くのは止めた。
きっと、あたしにはよくわからない話だろうから。
『この大陸にある洞窟や、塔の宝箱を開けるという選択肢もある。が……無数のモンスターと戦うことになる』
「あのね、攻略本さんがね――」
攻略本さんの言葉をそのまま、ホリンに代弁した。
ホリン、危険がいっぱいの塔と洞窟が気になるみたいだった。
「海の向こうのサマンサにしようぜ」
「え、意外……。ホリンは、戦いがある場所じゃなくていいの……?」
「俺はともかく、お前はただのパン屋だろ。危険なところはダメだ」
「でも、ホリンが行きたいならあたしも――」
「ダメだ。お前を守るのが俺の役目だ」
「へへへ……そっか。じゃあしょうがないっか!」
過保護過ぎるかもしれないけど、モクレンでは大失敗だった。
あたし、戦いには向いていない。
「お前に痕が残るような怪我なんてさせたら、爺ちゃんとロランさんにぶっ殺される……」
「そんなの大げさだよ」
「ただの事実だっての! あと、それによ……」
「それにー?」
「海の向こうに行ってみたくないかっ!?」
「うんっ、あたしもそう思う!!」
行ってみたい。
攻略本さんが旅した海の向こうへ、あたしも行ってみたい。
ホリンと一緒なら、あたしはどこにだって行ける!
「あの超でっかい湖の向こうに、こことは全然違う別の世界があるんだ! 海を越えようぜ、コムギ!」
次の目的地は海の向こうのサマンサ!
あたしたちはそう決めて、これからの予定を立てた。
もちろん、そのためにパンの作り置きをすることになったのは、説明するまでもない。
新しい旅のために、慌ただしく準備が進んでいった。