・カツサンドで村人をセクシーにしちゃおう! - 結論 セクシーさは必要! -
「ゲルタ、これを」
「おや、奢ってくれるのかい、ロラン?」
「はい、ワインは差し上げます。ですがその前に、ワインを水鏡にしてご自分の姿を御覧なさい」
「なんだいなんだい、大の男どもが何を――」
ゲルタさん、ワインを見下ろしたまま動かなくなった。
そう思ったら一気飲みをして、飛ぶように階段を駆け上がっていった。
それからすぐに戻ってきた。
銀の手鏡と一緒に。
ゲルタさんは、ウェーブのかかった長い髪をかき上げた。
大きな胸を誇るように突き出した。
そこには、自分の魅力に対する絶対の自信があった。
「なんだいなんだなんだいっっ!! これっ、大昔のあたいじゃないかいっっ!?」
「ゲルタおばちゃんって……こ、こんなに、綺麗だったのか……?」
「なるほど」
ロランさんがあたしに意味深な微笑みを送ってきた。
あたしはそれに頭を下げて、
『ごめんなさい、あたしのせいです』と謝罪した。
「ロラン、今のあたいはどうだい?」
「美しいです。……困惑に酔いが吹き飛ぶほどに、世にも稀な美しさかと」
「ワシは、もう泥酔しておるのかのぅ……? ここは、40年前の世界かの……?」
ゲルタさんが若返った。
ざっと、40歳ほど。
でも中身はゲルタさんだから、その圧倒的な美貌にあたしたちは戸惑うしかなかった。
するとちょうどそこに、新しいお客さんがお店にやってきた。
「もし、アッシュヒルの宿はここだけだと聞いてきたのだが、部屋を――お、おおっ?!! な、なんと美しい酒場娘なのだ……っ!?」
それは村の外からきた商人さんたちだった。
みんな惹き付けられるように、ゲルタさんの前にやってきた。
ゲルタさんがそんな商人さんたちにウィンクを飛ばした。
「な、なんという……っ。わ、私と結婚して下さい!!」
「美しいっ、あまりにも美しいっ!!」
「なんと素晴らしい村だ! 美しい人よ、貴女のお名前はっ!?」
商人さんたちはひざまずいた。
あたしたち村の住民は、言葉を失うしかなかった。
「あたいかい? あたいはゲルタ。酒場娘じゃなくて、この酒場宿の女店主さ」
「実業家の方でしたか、これを失礼を!」
「注文があるならそこの席に座って、あたいを呼びな。金さえ出せば、なんだって作ってやるよ」
ゲルタさんはそう言って、颯爽と厨房の方にきびすを返した。
その姿だけでも、凄くかっこよかった……。
同性なのに、後ろ姿をずっと見つめちゃうくらい、綺麗な人だった……。
「昔はブラッカどころか、モクレンや王都からも、彼女のファンがアッシュヒルを訪ねてきたものです」
「そんなに凄かったのか、ゲルタのおばちゃんって?!」
「ええ、彼女の美貌あっての酒場宿でした」
商人さんたちは、その後もゲルタさんに夢中だった。
ゲルタさんも幸せそうだった。
ちやほやされていた昔を取り戻して、軽やかな足取りで注文を配膳していた。
綺麗で、可憐で、ついつい嫉妬しちゃうほどにモテモテだった。
「俺、寝るわ……。ゲルタのおばちゃんが美女になるなんて、理屈じゃわかっても、理解できねぇ……」
「ホリン。でしたらコムギさんを店まで――」
「わかってるよ、ロランさん。もう帰ろうぜ、コムギ」
「う、うん……」
自然体で差し出されたホリンの手を握って、いつもよりも騒がしい酒場宿を出た。
「な、なんで、手を繋ぐんだよ……?」
「あれ、違ったの……?」
「そ、外に誘っただけだってのっ!」
「ふーん……。でもせっかくだからっ、このまま家まで送ってよ!」
前を歩くホリンに手を引っ張られて、あたしは家に帰った。
お店の軒先でホリンとお別れをして、後ろ姿が夜の闇に消えるまで見送った。
そしてそれから――
「あのね、今日はこんなことがあったんだよ、攻略本さん!」
「それは、理解し難い現象だ……」
「本当だよ、信じて!」
「では今度、私を酒場に連れて行ってくれるか? ゲルタが若返るなど、にわかに信じられん……」
攻略本さんに、その日一日を語った。
お母さんはもういない。
でも、今は攻略本さんがいてくれる。
あたしと一緒にいてくれて、ありがとう、攻略本さん……。
・
翌朝、パンを焼く合間にあたしは水浴びをした。
そして水浴びをしながら、自分の胸を確かめた。
「うーん……」
変化は感じられなかった。
あたしは家に戻った。
実はあの時、カツサンドを1つお店に残しておいた。
あたしは朝食にその誘惑のカツサンドを食べた。
それから間をおいて、もう一度胸を確かめた。
「ううーん……。うーーーん……」
『む。どうかしたのか、コムギ?』
「な、なんでもない……」
『私には、なんでもあるように見えるが……? む、どこへ行く?』
「ちょっと、花壇の方……」
花壇を確かめると、そこにはセクシーさんの子供たちが4つ芽生えていた。
これが無事に育てばいっぱい、いっぱいセクシーの実が穫れる。
そしたらいつの日か、あたしもあのゲルタさんみたいになれるのだろうか……。
ホリンが夢中になって、あたしに見惚れてくれるだろうか……。
「いつかは、あたしもセクシーに……」
あんなふうにホリンにちやほやされたい。
情熱的な目で見つめられたい。
始めはセクシーさなんてどうでもよかったのに、今は違う。
あたしはゲルタさんが羨ましくなっていた。
破滅の未来を回避するのに、セクシー要素はたぶん全く必要ない。
でも、セクシーさはあたしに必要な要素だった。
早く、大きくなーれ……。
ちいちゃな若葉を見下ろした。
どうか無事に成長してくれますようにと、そう精霊様に祈った。
セクシーさは、戦いの役には立たないかもしれないけれど、超重要だ。
あたしはセクシーコムギになって、ホリンにだけちやほやされたい……。
もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。