・カツサンドで村人をセクシーにしちゃおう! - ゲルタさんに食べてもらおう! -
「おおムギちゃんやっ、夕方の酒場にくるなんて珍しいのぅ!」
「爺ちゃん……元気になったのはいいけどよー、あんまり周囲に迷惑かけんじゃねーぞ……?」
古いドアを押して酒場宿に入ると、奥の席に村長さんがいた。
まだ夕方なのにもうビールを飲んでいるみたいだった。
「生意気な孫じゃのぅ……。ワシャァ、ムギちゃんみたいな素直な孫がよかったわい……」
「俺は爺ちゃんに似たんだよ、爺ちゃんに。……ロランさん、こんばんはっ! 今日も一日お疲れ様です!」
村長さんの向かいにはロランさんがいた。
グラスワインを優雅に口へと傾けていた。
ワンコモードに入ったホリンは、ロランさんの前に尻尾振って駆けていった。
「こんばんは、ホリン。今日の貴方は……なんだかとてもいい匂いがしますね」
「へへへ、わかりますか? 実はとっておきがあるんです!」
あたしのバスケットではなく、ロランさんはホリンの服の匂いを嗅いでいた。
揚げ物をしたから、あたしも服や髪に匂いが染み着いていた。
「孫よ、ロラン殿を慕う気持ちはわかるがのぅ、あまりに馴れ馴れしいと迷惑じゃぞ……? むっ!?」
「どうぞ、村長さんの分です。ロランさんもどうぞ」
おつまみのお皿はもう空っぽだった。
なのでそこに、誘惑のカツサンドを1つずつ置いた。
村長さんはカツサンドを初めて見る目だった。
ロランさんは慣れた手付きでカツサンドを取って、すぐに口へと運んでくれた。
「美味しいです。しかしこれは、相当に手間がかかったのではないですか?」
「はい、実は凄く大変でした。ホリンが手伝ってくれなかったら、完成するのが夜になってたかもしれないです」
「爺ちゃんも食べてみろよ!」
「孫よ……。ムギちゃんの大ファンであるこのワシが、ムギちゃんのパンを食べないわけがなかろう! ……ぬっ、ぬぅぅんっっ?!」
食べてもスーパーセクシーホリンさんにはならなかった。
もちろん、セクシー村長さんにも。
もしかしたら本当に、今回のは失敗作なのかもしれない……。
「あ、ゲルタさん! どうぞ、これ昼間のお礼です!」
そこにゲルタさんがコーンスープをトレイに乗せてやってきた。
「なんだい、懐かしいねぇ。こりゃカツサンドじゃないかい」
「知ってるんですか?」
「あたいが小さい頃、カラシナさんが食べさせてくれたんだよ。思えばあれ1度っきりだねぇ……」
「はて、ワシは貰った覚えがないぞい?」
「アンタが都で拳闘士をしてた頃さ」
ゲルタさんは注文を配膳すると、懐かしそうに渡されたカツサンドを眺めた。
けどすぐにほおばって、それから目の色を変えてがっついた。
ロランさんも村長さんも、会話よりも食事を優先するほど気に入ってくれていた。
「俺にもくれよ、俺にももう1つ、いいだろ……っ?」
「2つも食べたら、ホリンでも太るよ……?」
「やったぜ、ありがとうよ、コムギ!!」
その予定はなかったけど、効果はあんまりないみたいだからホリンにもあげた。
「ふぅ……。さて、あたいももう1枚いいかい?」
「えっ!? ゲルタさん、もう食べ終わったんですか!?」
これはゲルタさんのために作ったものだ。
あたしは新しいカツサンドを彼女に手渡した。
するともう1つバスケットから持って行かれちゃった!
「懐かしいねぇ……ああ、本当に懐かしいよ……」
「食い過ぎだろ、ゲルタのおばちゃん……」
「それ、ホリンが言う……?」
ゲルタさん、うちのお母さんと仲がよかった。
お母さんの味を懐かしむように、ドッカリと客席に腰掛けて、あたしのカツサンドを食べてくれていた。
それから少しすると、酒場宿に村の飲んべえ3人組がやってきた。
「何食べてるんだ、ゲルタ?」
「お、コムギじゃないか。酒場にくるなんて珍しいな~?」
「これは、美味そうな匂いだ……」
飲んべえのおじさんたちは、カツサンドを食べたそうだった。
だからあたしはあげようと、バスケットに手の伸ばした。
けどゲルタさんの太い腕があたしの手首をガシリと掴むものだから、ビックリしちゃった!
「何も1枚ずつやることはないよ、半分にして渡しな」
「おいゲルタ!」
「それは欲張りすぎだろう……」
「まあ半分でいいから、俺たちにもくれよ、コムギ」
ゲルタさん、4枚目のカツサンドをバスケットから抜き取った。
ここまで目の色変えてがっつかれるなんて、予想していなかった。
あたしは厨房を借りた。
そこで半分にしたカツサンドをお皿に乗せて、陽気なおじさんたちに配膳した。
「ありがとうよ、コムギ」
「コムギちゃんは希に見る器量良しだよなぁ。なあ、おじさんのカミさんになってくれよ~??」
「こりゃっ、酔っぱらいどもっ!! ムギちゃんはワシのもんじゃっ!!」
酒場、たまにくると楽しかった。
おじさんたちが大きな声で言い合ったり、元気に笑い合っていた。
「コムギ、このカツサンドってやつ、本当に美味しいぞ! これ、パン屋の定番メニューにできないのか?」
「ごめんなさい、それはちょっと……。というか、かなり無理。これ、すっごくっ、手間がかかるんです……」
「そうかぁ、残念だ……。ん、ゲルタはどこだ……?」
「ゲルタ……? ゲルタならさっきから、ずっとそこに――んなっっ?!」
あたしも言われて酒場を見回した。
ゲルタさんが消えていた。
ううん、ゲルタさんが座っていた席に――
ワインのような赤毛をした女性が座っていた。
「なんだい、酒の飲み過ぎでとうとう頭までおかしくなったのかい?」
綺麗な人だった。
ほっそりとしていて、でも胸とお尻がドーンッと大きくて、腰がひょうたんみたいにくびれている羨ましい人だった。
ウェーブのかかったワインレッドの赤毛には艶がある。
鼻の高い端正な顔に、切れ長でいかにも強気そうなつり目と、肉の薄い唇が付いていた。
「ゲ、ゲルタ……ッ」
ロランさんとおじさんたちがその人を見て、ゲルタさんの名前を呼んだ。
でもあたしとホリンには理解できない。
絶世の美女。
そう呼んだって誰も文句を言わないほどに綺麗な女性が、あのゲルタさんだなんて……そう言われても困る!
「あっはっはっ、ロランまで間抜けヅラじゃないかい! なんだい、あたいがどうかしたかい?」
「お、おばちゃん、なのか……?」
「あたいの顔を忘れたのかい、ホリン? あんたのおしめを換えてやったこともあるのに、酷い子だねぇ」
それは、本当にゲルタさんだった……。
たっぷりと付いていた顎の贅肉が、綺麗さっぱり消えていた。
白髪まみれの髪に本来の赤い色が戻っていた。
あんなに太かった腕は、今は芸術品のように細くて繊細だった!