☆カツサンドで村人をセクシーにしよう! - もさもさもっさーん -
夕方、珍しくホリンが店にやってきた。
「話は聞いたぜ、新作を作るんだってな」
単純なあたしでも、ホリンの狙いなんてすぐわかった。
あたしの新作パンを食べて、もっと強くなりたいんだって。
「それ、誰に聞いたの?」
「ロランさん」
「ああ……。うん、これから作るところ。でも仕込みを先に終わらせなきゃ」
「手伝うぜ、何をすりゃいい?」
「ホリンが!? え、あたしの仕事をっ!?」
「その代わりに、俺にも食べさせろよなっ、その新作!」
貰えると信じて疑わない良い笑顔だった。
いつものあたしなら、この笑顔に笑顔で返したと思う。
でも……。
「あのさ、ホリン……。今回の、ホリンが思ってるようなやつじゃ、ないよ……?」
「強くなれるんだろ?」
「ううん、今回のはね、セクシー草の実を使うの……」
「あ? つまり、それ、食べるとそいつがセクシーになるってことか?」
「うん、たぶん……」
強くなる食べ物じゃない。
あたしはそう説明したはずだ。
なのにホリンは、興奮にあたしの肩へと手を置いてきた!
「それ最高じゃんっ!!」
「えぇぇ……?」
「なんだよ、その反応?」
「本当に、食べるつもりなの……? セクシー要素とか、ホリンに必要ないような……」
もしホリンとセクシーカツサンドの相性がよかったらどうしよう……。
全身からフェロモンが立ちこめるような、変なホリンになっちゃったら――
やっぱりそんなの困る……っ!
「お前こそチヤホヤされたくないのか?」
「ううん、別に」
「ま……お前の場合みんながお前にやさしいし、そんな効果なんて、必要ないのかもな……」
乗り気がしない……。
でもホリンは食べるつもりだ。
「じゃあ、1つだけだよ……?」
「ケチ臭いこと言わないで3つくらい食わせろよ」
「やだっ、ホリンは今のままでいてよ!」
「俺はカッコイイ男になりたいだけだって」
「だからーっ、元からホリンは超カッコイイよっ!! ……あっ?!!」
ホリンが真顔になった。
それから口元が弛んでいって、有頂天の笑顔になった。
「へへへ……」
失敗した……。
超失敗した……。
お調子者のホリンに言っちゃいけない言葉を言ってしまった……。
「そこに古いパンがあるから……小さくちぎって……。はぁ……っ」
「お前、俺のことそういうふうに見てたんだな……」
「ホリンの分なしにするよ……?」
「お前が勝手に自爆しただけだろ」
何も反論できなかった。
あたしはお喋りを止めて仕事に逃避した。
あたしはパンの仕込みを。
ホリンは硬くなったパンをちぎってパン粉にしていった。
ホリンはモクレンの町でコートレットをもう食べている。
ちぎられたパンくずのサイズは適切だった。
ずぅーっと!
ニヤニヤしてうっとうしかったけど……。
仕事だけはちゃんとしていた……。
・
仕込みを終わらせると、あたしはさっき直売所で買った豚肉を厚めにスライスした。
ホリンには衣の準備をお願いした。
「もー、不器用だなぁ……」
「クソ、何度やっても殻が入る……」
ホリンは生卵に悪戦苦闘していた。
あたしはスライスの手を止めた。
最後の卵1つを、片手だけで綺麗に割って見せてあげた。
「お前、すげーな……」
するとホリンとは思えないほどに素直な反応が返ってきた。
あたしはそれに気をよくした。
「えへへー。それかき混ぜ終わったら、お肉の表面に小麦粉を付けて」
「お、おう……。しっかし料理って、すげぇ大変なんだな……」
「そうだよ。ホリンは大きな口でバクバク食べちゃうけど、もっと作る人に感謝しながら食べてよね」
お肉のスライスが終わったので、セクシーの種をフライパンで炒った。
それをすり鉢で砕いて粉にすると、溶き卵に入れてまた混ぜ合わせた。
「ねぇ、ホリン。セクシーって言っても、具体的にどうセクシーになるんだろ……?」
「どうって、そりゃ……胸毛がボーボーになるとか?」
「やだっ、いらないよっ、そんなのっっ?!!」
「なんでだよ、男らしいじゃん」
やだ……。
胸毛ボーボーのホリンなんて、あたしやだ……。
「俺、胸毛1本もないんだぜ……。爺ちゃんが羨ましい……」
「だから、毛とかいらないってば……」
「けど無いと無いで貧相なんだぜ……。ほら見てみろよ……」
「み、みみみっ、見せるなぁぁーっっ!!」
張りのある白い肌に、細マッチョな大胸筋があたしの目に焼き付いた……。
はぁぁ……っ。
今のままで、ホリンは十分カッコイイのに……。
変になってる頭を振り払った。
胸毛の話は止めて、料理をしよう。
あたしはフライパンを再びフレイムの魔法にかけた。
そこにオリーブ油を贅沢にたっぷり入れた。
フライパンの底を油でひたひたにした。
「見ててね、ホリン。海賊さんが言うにはね、こうするんだって」
小麦粉をまぶした豚肉を溶き卵にさっと付けた。
それをパン粉の入ったトレイに移して、全体にまぶした。
それを3枚分作って、熱々の油に入れた。
「パンと肉を一緒に揚げるなんて、これ考えやつ天才だな……」
「うん、あたしもそう思う!」
「だよなぁ―っ!」
「それに凄く手が込んでるよね。……モクレンのあのレストラン、また行きたいね」
「また飯奢ってくれるのかっ!?」
「うん! だってホリンのテレポートのおかげだもん!」
あたしたち、いい感じに噛み合っていると思う。
あたしにはホリンの護衛とテレポートが必要だ。
ホリンはあたしの開く宝箱の中身が欲しい。
あたしが作るパンでホリンは強くなりたい。
セクシー要素は、ホリンには絶対いらないと思うけど……。
あたしとホリンはなんだかんだ笑い合いながら、料理とお喋りを楽しんだ。
「お、そろそろんじゃないか?」
「あ、そうだねっ、良いきつね色!」
フライパンからコートレット――
ううん、海賊さんの言葉でトンカツと呼ばれる物を取り出した。
それを網の上に乗せて油を切った。
「こんな感じか……?」
「うん、卵よりは上手!」
ホリンが次のお肉に衣を付けて、フライパンに入れてくれた。
残るお肉は4枚。これはまとめて焼こう。
「そういえば昔、ここって揚げパンも作ってたよな……?」
「うん、お母さんの揚げパン、甘くて美味しかったね」
「ああ美味かったよなぁ、カラシナおばちゃんの揚げパン……。でも、なんで今は作らないんだ?」
「あたしだって作りたいけど、1人じゃ手が回らないの……」
ホリンが手伝ってくれたらいいのに……。
そう思ったけど、ホリンはロランさんとの訓練に夢中だ。
滅びの運命を知ったホリンが、お店のお手伝いさんになってくれるなんてあり得なかった。
しばらく火が通るまで待って、トンカツを油から上げた。
最後の4枚がカラッと上がるまで、あたしたちは言葉を交わしながら、パン粉と肉の香ばしい匂いを胸いっぱいに吸った。
「後はこれをパンで挟めば完成か?」
「ううん、キャベツの千切りとタルタルソースを作らなきゃ」
「千切りなら俺に任せろっ、粉々のみじん切りにしてやるよっ!」
「千切りだってばっ! みじん切りになんてしたらパンからこぼれちゃうよ……っ!」
不安だけどキャベツをホリンに任せた。
あたしは地下倉庫にしまったマヨネーズを取りに行った。
海賊さんに教わったレシピで、
美味しいタルタルソースをさっと作っちゃおう。
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挿絵が抜けていたので追加しました。
もっさもさ!!