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・カツサンドで村人をセクシーにしよう! - けど誰を? -

 昔、お母さんが管理していた花壇に手を入れた。

 他の草を取り除いて、錆び付いた古いシャベルで土をふかふかにした。


 そこにセクシーの種を4つ植えて、軽く水を撒いた。

 その頃には汗ばむほどに暖かな日差しが降り注いでいた。


「無事に育ちますように! 精霊様、どうかお願い!」


 後で精霊の祠に行こう。

 セクシーさんたちの子供たちが無事に育つように、お祈りをしよう。


 こうして楽しい遊びを終えたあたしは、湖のいつもの場所で手と肌を清めた。

 それからお店の厨房に戻った。


『ご機嫌だな』

「えへへ、なんか楽しくなっちゃって!」


『土いじりは楽しいからな』

「うん、わかる!」


 攻略本さんは自分が誰だったか覚えていない。

 けど土いじりをした経験があるってことだけは、今の言葉でわかった。


『しかし休む気はないようだな』

「うんっ、中途半端に休んだら疲れちゃうもん!」


『それはわかるような、わからないような……』

「さあ、セクシーなカツサンドを作るよ!」


 モクレンで食べたあの『コートレット』は凄く美味しかった。

 ホリンはそれをパンに挟もうって提案してくれた。


 ポート・ヘイブンのコックさんにその話をしたら、それはカツサンドだって言われた。

 コートレットのレシピも教えてくれた。


「ねぇ、攻略本さん……」

『どうした? レシピが固まっていないのか?』


「ううん、完成した後の話」

『というと?』


「作るのはいいけど、誰に食べさせよっか……」


 アッシュヒル、あらためセクシー村みたいになっちゃったらなんかヤダ……。


「というか、セクシーさが上がると、人間ってどうなっちゃうの……?」

『セクシー草は実感しにくい効果だった。どんな効果が出るのかも、かなりの個人差がある』


「誰に食べさせればいいかな……?」

『そうだな、これは村東部の皆に食べさせるより、対象を絞った方がいいだろう。例えば、ホリン――』


「やだっ! ホリンは今のままじゃないと困る!」

『……そうか、彼は幸せ者だな』


 食べさせる相手が決まらない。

 あたしは作業を止めた。

 先に畑仕事で少し散らかっていた軒先を、掃除することにした。



 ・



 食べさせる相手が決まらないまま時間だけが過ぎていった。

 家のあっちこっちを片付けた。

 その後は早いお昼を食べてから、朝仕込んだパンを焼いた。


 焼き立てのパンをお店に並べた。

 すると村のあちこちからお客さんがやってきて、あたしと楽しいお喋りをしてくれた。


「あれ、ゲルタさん……? お店にくるなんて珍しいですね!」


 ピークを過ぎて昼過ぎになると、ゲルタさんがお店にやってきた。


「物のついでさ。……ほら、これアンタの店のだろ?」

「え……あっ、なくなってたトング!」


「この前の納品にまぎれ込んでたよ」

「ありがとうございます、ゲルタさん!」


「ロランに届けて頼もうとしたんだけどねぇ、断られちまったよ……」

「ロランさん、ホリンの相手で忙しいですからね」


 そう返すと、ゲルタさんは太いその両腕を胸の前で組んだ。

 太っていることを考慮に入れても、羨ましい胸の大きさだった……。


「ロランはね、寂しいのさ」

「え、ロランさんが……? 凄く、悠々自適で優雅に見えますけど……」


「あれだけの色男、あれだけの戦士が、なんでこんな娯楽のないド辺境にいるか、アンタはわかるかい?」

「わかりません。でも、アッシュヒルは凄くいいところだからっ!」


 あたしの返事にゲルタさんが苦笑いを浮かべた。


「ロランにとって、アンタは愛した女の娘なのさ。愛した女に会いたくて、ロランはこのアッシュヒルにきたのさ……」


 言われてあたしは気付いた。

 ロランさんがアッシュヒルにきたのは、お母さんが死んだ後だってことに。


 ロランさんはお母さんに会いにきた。

 でもお母さんはもうアッシュヒルにいなかった。


 なのにロランさんはどうして、お母さんのいないこの村にまだいるのだろう……。


「あ、トングのお礼しなきゃ!」

「いらないよ、散歩のついでさ」


「そうはいきません! えーっと……」


 あたし、ゲルタさんにカツサンドを食べてもらいたくなった。

 でも問題は、そこにセクシー要素を入れるかどうかだ。


 ゲルタさんはいい歳をしたおばちゃんだけど、セクシーかと言ったら、まだちょっとセクシーだった。


「あの……変な質問ですけど……」

「あっはっはっ、アンタは割といつも変だよ!」


「えーーっ!? そんなことありませんよぉーっ!?」

「で、なんだい? 性の悩みかい……?」


 せい?

 『せい』ってなんだろう……。


「それより質問です! ゲルタさんは、今でも、男の人にモテたりしたいですかっ?」

「本当に変な質問だねぇ……」


「すみません……。それで、どうですか? もう、男の人なんてどうでもいいですか?」

「チヤホヤされるのは今でも嫌いじゃないよ。戻れるものなら戻りたいさ、あの頃に」


 ゲルタさんは昔を懐かむように目を閉じた。


 あたしの方は笑った。

 あたしの新作パンが、ゲルタさんを幸せにできるかもしれないから。


「じゃあ、別の質問! 揚げ物は好きですかっ!?」

「ずいぶんと話が飛ぶ子だねぇ……。大好きさ。揚げた鶏もアユもキノコも、アタイは揚げ物が大好物さ」


「だったらあたし、そういうパン作ります!」

「おや、本当かいっ!? いいね、食べ物なら大歓迎さっ!」


 それならもう決まりだ。

 あたしはゲルタさんのために、セクシーになるカツサンドを作ることにした。


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