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・嵐の夜 - ロランさんとの夜 -

・コムギ


 子供たちが見つかった。

 みんな元気そうに、あたしたちが作ったジンジャースープを飲んでくれた。


 一件落着、めでたしめでたし。


「ッッ……?!」


 ううん、嵐はまだ去っていなかった……。

 大きな雷の音に、あたしはベッドから飛び起きていた。

 真っ暗闇の部屋を見回した。


「あ、そっか……。ここ、ゲルタさんの……」


 ロランさんはソファーで毛布をかぶって眠っている。

 起きていないということは、さっきの雷は夢だったのだろうか……。


 寝起きだからか目と耳が冴えて、雨音が妙に大きく聞こえた。


「ヒッ、ヒゥッッ……?!」


 青白い閃光が走り、立て続けに雷鳴がとどろいた。


 怖い……。

 家の中なら平気だと言われても、怖いものは怖い……!


 あたしは毛布の中に潜り込んで、エルフ族の長い耳をふさいだ。


 あたしの聴力は、川のせせらぎとか、小鳥とか、薪がパチパチと爆ぜる音を聞き分けるためにある……!


 雷と強風の音は聞きたくない!


「コムギさん?」

「ロ、ロランさん……?」


 毛布の隙間から目だけ出すと、ベッドサイドにロランさんが立っていた。


 申し訳なくなった……。

 ロランさん、今日は大変で疲れただろうに、心配させてしまっている……。


「へ、平気……」

「そうですか。ですが平気な人は、毛布をかぶって震えたりしないと思いますが……?」


「だ、だって……。ロランさんに迷惑、かけたくないから……」

「迷惑だなんて感じたことはありません」


 ロランさんが枕元に腰掛けた。

 あのかわいいパジャマに、ポンポンの付いたナイトキャップをかぶっていた。


 そんなロランさんはどう見たって育ちがよさそうだった。


「ごめんなさい、私、雷、どうしても苦手で……」

「むしろ迷惑どころか、私は貴女を尊敬しているのです」


「え……? そ、尊敬……っ、嘘……っ?!」

「貴女は人に尽くすことを苦ともしない女性です。この村の人間は、もっと貴女に感謝するべきです」


「そ、そうですか……? 私、普通にしているだけですけど……」


 毛布から顔を出して、ロランさんの顔色をうかがった。

 彼にやさしく微笑み返されたら、毛布を抱きながら身を起こせた。


「そうです。ですから、もっと私のことを頼って下さい」

「でもあたし、甘えるのとかは苦手かも……。ピャッッ?!」


 あたしは身を起こしたまま、毛布を頭にかぶった。


「では少し強引にしますか」

「え……っ?」


 ロランさんの長い腕があたしの背中を抱いた。

 寄り添うようにあたしを抱き寄せて、自分に体重を預けさせた。


「えっえっ……? ロ、ロラン、さん……?」


 毛布から顔だけ出すと、すぐ隣に目を閉じたロランさんの横顔があった!


 震えが止まった。

 そりゃ、止まりますよ!

 ビックリの方がずっと大きいもん!


「何も恐れる必要はありません。貴女ほど立派な女性に、神が(いかずち)を落とすわけがないでしょう」

「そ、それは褒めすぎだよ、ロランさん……」


 また外が光った。

 だいぶ遅れて、遠い雷鳴がこの宿屋に届いた。


 あたしはまた小さく震えた。

 小さな雷にまで震えてしまう一面を、ロランさんに知られてしまった。


 でもロランさんの大きな胸に体重を預けていると、少しずつ震えが落ち着いていった。

 なんでかわかんないけど、安心した……。


「ところでですが……」

「あ、お喋りなら大歓迎ですっ、気がまぎれ――」


「貴女が作るパンには、不思議な力があるようですね」

「う……っ?!」


「隠す必要はありません。私に芽生えたこの異常な俊敏姓と、貴女のサーモンサンドには因果関係がある」

「えと、それは……その……」


「盛ったことを責めているわけでありません。むしろ、感謝しているのです」


 すぐに笑いながら否定すればいいことなのに、あたしはうろたえた。

 否定の言葉がすぐに出てこなかった。


 嵐のせいで元からパニックだったのに、さらにこうして抱きしめられていたせいだ……。


 あたしはますますパニックになった。


「1つの道を極めると、何度も壁にぶち当たることになります」

「え、道、ですか……?」


「ええ、人は壁を乗り越えては成長してゆくものですが……。いつの日か、壁を乗り越えられなくなってしまうのですよ」

「ロランさんに壁があるなんて、あたしには信じられないです……」


「聞いて下さい」

「はい……」


「私は長らく成長の機会を失い、剣士として腐っていました。ですが、今日貴女のあのサーモンサンドを食べた瞬間、私の成長の壁が崩れ落ちました」


 あ、そっか……。本題はそっちだった。

 そうだ、こうなったら、ロランさんもあたしの味方にするしかない。


「あたしのパン、そんなに凄かったんですか……?」

「それはもう。成長を続けるホリンと、成長を止めた私。いずれ追い抜かれることは明白でしたが……フフ、わからなくなってきましたよ」


 ロランさん、ホリンのことをそんなふうに思ってたんだ……。


 あたしは考えた。

 ロランさんにどう事情を説明するべきだろうかって。


「あのっ、あたしのパン、なんでかわからないけどっ、人を成長させる力があるんです! でも、黙っていてほしいのっ!」

「誰にも言いません」


「よかった……。あの、それで、この力は……アッシュヒルのみんなのために使いたいんです……。理由は……えっと……」


 でもこの村が滅びるって知ったら、ロランさん、村を出て行っちゃわないかな……。

 そんな人じゃないことは、わかってるけど……。


「アッシュヒルは危ないの! だから村のみんなをパンで強くして、もし襲われても、跳ね返せるようにしたいのっ!」

「ははは、斬新な考えですね。いいでしょう、喜んで協力しましょう」


「ほ、本当……?」

「ええ。……ですが、この機会に1つだけ、質問をしてもいいでしょうか?」


 ロランさんがベッドから離れて背中を向けた。

 今は雷が遠くなっていたし、風も少し落ち着いてきていた。


「もちろん。なんですか?」

「今、貴女は何歳ですか……?」


「私? 17だけど……」

「そうですよね……。では、もう1つ……。カラシナさんについてですが、彼女の……」


 ロランさん、聞くのをためらうようにそこで言葉を止めた。

 ワインのコルクを抜く音と、グラスに注ぐ音がした。


「か……彼女について、なのですが……」

「うん、なーに?」


「男の影は、ありましたか……?」

「ないよ。お母さん、ずーっと独身」


「そ、そうですか……っ、よかった……」

「あははっ、なんだか今のロランさんかわいい!」


 またワインをグラスに注ぐ音が聞こえた。

 大人ってすぐこうだ。

 イヤなことがあると、すぐにお酒を飲む。


「ねぇ、ロランさん、お母さんとはいつ出会ったの?」

「18年前です」


「へーー……。へ……っ?!」


 またまたワインが注がれた。

 空っぽになっちゃったのか、ロランさんはボトルを縦に振っていた。


「当時、彼女に男の影はありませんでした……」

「それって、ロランさん以外には、ってことですか……?」


「ええ、まあ……。あの家の間取りを今も覚えているくらいには、親しかったつもりです……」


 ロランさん、お酒がなくなると毛布を取ってソファーに寝ちゃった。


 それっきり喋らない。

 たぶん、あたしと同じことを考えている……。


『ロランさんが、あたしのお父さん……?』


 そう口に出す勇気はなかった。

 あるのはお互い眠っているかもわからない、長い沈黙だけだった。


 耳を澄ましてみても雨音は聞こえてこない。


 凄く遠くでゴロゴロとまだ鳴っているような気がするけど、それも段々と遠くなっている気がする。


「雨、止んだみたいだけど、今日はここに泊まります。おやすみなさい、ロランさん」

「そうですか……。おやすみなさい、コムギさん」


 どうしてロランさんがあたしにやさしくしてくれるのか、前から不思議だった。

 その理由がわかったかもしれない。


 ロランさんは、あたしの……。


 ううん、真実はもう誰にもわからない。

 もう確かめようがない。


 あたしは眠気に身を任せて、ただこう願った。


 ロランさんがあたしのお父さんだったらいいのに、と……。


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