・嵐の夜 - 帰らじの夜 -
そこにゲルタさんがやってきて、ナッツとブドウジュースを配膳してくれた。
「こんなに凄い嵐は何年ぶりだろうね。畑や家畜が無事だといいけど」
「そうですね……」
あたし、ついてたといえば、ついていたのかな……。
家に残って攻略本さんを抱いて震えて過ごすより、こうしていた方がずっと安心だ……。
ロランさんの手、まるで女性のようにスベスベとしている。
それに、あったかい……。
「ん……?」
「あの、どうかしたんですか……?」
「今、外から、何か物音が……」
「こ、怖いこと言わないで下さいっ! こんな嵐の中、誰かがくるわけないじゃないですかーっ!?」
でも、あたしにも聞こえてしまった……。
宿の外に、誰かがいる……。
立っていられないんじゃないかってくらい凄い雨の中なのに、宿の扉の向こうに誰かが……。
「こんな嵐です。魔物が村の中に入り込んでもおかしくありませんが……。ゲルタ」
「あいよ、コムギは任せときな!」
宿の扉が激しく叩かれ、外側から開かれた。
ま、魔物だったらどうしよう……。
「頼もぉぉーっっ!!」
「いるかっ、ロランさんっ!?」
でもそれ、雨具を着込んだホリンと村長さんだった!
「お、コムギ! よかった、ここにいたんだな!」
ホリンはあたしの無事を喜んでくれた。
いつになく素直で、意外だったけど心配してもらえて嬉しかった。
「あ、うん……心配してくれてありがと……」
「あっ、そんなことより大変だ、ロランさんっ!」
あっさり興味の対象から外されたけど……。
「何事ですか?」
「ロラン殿を巻き込むのも申し訳ないんじゃが、一大事じゃ……」
「村の子供たち知ってるよな!? あいつら、家に帰ってねぇらしいんだよっ!」
それ、大変……!
すぐに探してあげなきゃ!
「ぴぇぇぇっっ?!!」
だけどその時、金だらいを100個全部屋根から落としたかのような、すっごい雷鳴が轟いた!!
「急ぎたいですね。ホリン、私の代わりにコムギを――」
「コムギはゲルタおばちゃんに任せればいい、俺も行きます!」
あたし、ちょっと期待した……。
でもホリンって、こういうやつだった……。
ホリンは村のみんなを守りたいんだから、当然の行動なんだろうけど……。
「ムギちゃんや、すまんがロラン殿を借りてゆく。すまんのぅ……」
「い、いいんです……。あたしこそ、ビビリですみません……」
「では少しお待ちを、コートを取ってきます。すみませんね、コムギさん」
ロランさんが階段を駆け上がっていった。
不安だけどしょうがなかった。
「モンスターは全然平気なのに、なんで雷と風がダメなんだよ?」
「だってっ、雷と風はやっつけられないじゃんっ!」
「うむ、誰にでも苦手な物くらいあるじゃろうて。それはそれとして――こりゃ、このバカ孫っ! ムギちゃんをもう少し慰めてやったらどうじゃ!」
ホリンにはそういうの期待してないから、大丈夫……。
してほしいかって言われたら、してほしいけど……。
「何もビビることねーよ、コムギ」
「ホリン……」
「雷とか風よりお前の方が強いんだからよ!」
「ちょっ、それどういう慰めよ……っ!」
「事実だろ。お前は強いんだ、何かを怖がる必要なんてねぇよ!」
「……孫よ」
「なんだよ、爺ちゃん?」
「それは男に言うべきセリフじゃっっ!! 女の子のムギちゃんに言ってどうするっ、このバカ孫がーっっ!!」
ロランさんが濡れたコートに着替えて下りてきた。
「行ってきます。私のベッドを好きに使って下さい」
「ガキどもは俺たちに任せろ。ビビんじゃねーぞ、コムギ!」
「孫よ……。だからそれは、年頃の女の子に言うセリフではないと、言うておろうに……ぁぁ……」
でもなんだかんだ、ホリンに元気をもらえた。
ビビんじゃねーよって言われたら、あたしだって『負けるかー!』って気になれた。
結局、みんな宿を出て行った後、雷鳴にまた悲鳴を上げることになったんだけど……。
「まったく、ホリンはいつまでもガキのまんまだねぇ……」
「もうそこは諦めました……。子供たち、無事だといいですね……」
ゲルタさんはテーブルにあたしを招いた。
あたしがそれにならって腰掛けると、ゲルタさんはロランさんに配膳したワインを口に傾けた。
「男どもが戻ってきた時のために、薪の準備をしておきたいねぇ。それと、何か美味い物を食わせてやろうじゃないか」
「いいですねっ、それ!」
外ではホリンたちががんばっている。
人任せになんてできないから、あたしたちはあたしたちのできることをした。
「ピィィッッ?!」
「アッハッハッ、誰にでも弱点があるもんだねぇ……」
雷に慣れることは、きっと一生ない……。
怖いけど、がんばった……。
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