・素早さのサーモンサンド - 暗色の空 -
空がゴウゴウと鳴いている。
風車の方を見上げてみると、ゆっくりと羽根が回っていた。
「変な天気……。あ、あたしも急がないと!」
あたしは厨房に戻り、残りのサーモンサンドを完成させると布に包んで店を出た。
ロランさんとホリンに早く食べてもらいたい。
ゆっくりと回る風車を見上げて走った。
風車の前では、もう薄暗いのにロランさんとホリンがまだ訓練をしていた。
あの旅を終えて、ホリンはますますひた向きに強くなろうとしていた。
激しく息切れをしても戦う姿勢を崩さないその姿は、ちょっとカッコイイけど……。
それ以上になんだか危うく見えた。
「ホリン、今日はここでお開きにしましょう」
「ロランさんっ、もう少しだけお願いします! 俺、もっと強くならなきゃいけないんだ!」
「貴方のそういうところは、私たちには少しまぶし過ぎますね……」
「え……私、たち? なっ!? い、いるならいるって言えよっ、コムギッッ?!」
あたしには無理するなって説教するくせに。
自分だけ何熱血してるんだろう。
あたしはホリンを無視して、ロランさんに駆け寄った。
「あのっ、ついにできました! ロランさんのお口に、合えばいいんですが……」
「ありがとう、とても楽しみにしていましたよ。ホリン、意地を張っていないでこちらへ来なさい」
「は、はい……」
ホリンが寄ってきたので、意地悪しないでサーモンサンドを渡してあげた。
ホリンはすぐに食べた。
そんなホリンを見てロランさんも続いた。
「美味い……。このなんか酸っぱいソースが、サーモンとメチャクチャ合うな……!」
「苦労のかいがありましたね」
「はいっ!」
ホリンは大げさで、ロランさんは落ち着き払っていた。
でもそんなロランさんも、凄いペースでサーモンサンドを口に運んでいた。
「ああ、もうなくなっちまった……」
「まだあるよ、はいどうぞ」
ホリンに手渡すと、耳元に彼の唇が寄ってきてビックリした。
「で、何入れたんだ?」
「……あ、うん。疾風の実」
「そっか、あれかっ!」
ホリンは2枚目のサーモンサンドを食べた。
ロランさんにももう1枚渡した。
「本当に美味しい……。カラシナさんのパンよりも美味しい……」
「へへへ、お母さんが聞いたらきっと大喜びします!」
ロランさん、うちのお母さんのことがやっぱり好きだったのかな……。
あたしがお母さんの話題を出すと、ロランさんが感慨に浸るように目を閉じた。
でもホリンがいきなり反復横飛びを始めた!
ロランさんの感慨は台無しになっちゃった!!
「おおっスゲェッ! 見てくれよロランさんっ、今の俺、キレッキレじゃないかっ!?」
「ふふ、現金な体ですね……。彼女の差し入れでパワーアップしてしまったのでしょうか」
「ロ、ロランさん……っ、なんでそうやってっ、俺たちのことからかうんだよっ?!」
「ホリンの反応がいいからじゃない……?」
今回はホリンに否定されなかった。
それがちょっと嬉しかった。
「あれ、けどこんだけか? 残りはどうしたんだよ……?」
「え? 残りは村長さんに渡して、東のみんなに――」
「あっ、俺急用思い出したわ! じゃあな、コムギ! ロランさんっ、また明日っ!!」
「ちょ、ちょっと、ホリンッッ?!」
ホリンのやつ、まだ食べるつもりみたい……。
見え見えの言い訳だけ残して、祖父と同じように村東への道を爆走していった。
あたしとロランさんは、調子のいいホリンの後ろ姿をあっけに取られて見送った。
素早さのサーモンサンドを2枚も食べただけあって、かつてない迅速な脚力だった。
「彼を悪く思わないで下さい。あのくらいの男の子というのは、多かれ少なかれああいうものです」
「わかってます。ずっと昔から一緒だったんですから」
「羨ましいことです……」
ロランさんもサーモンサンドをもう2枚食べている。
だけどホリンと違って静かにしているから、これといった変化が見られない。
ロランさんも強くなってくれていると、いいんだけど……。
けど元から凄い人だから、あたしの目には変化を確かめようがない。
「どうかしましたか? 私の顔に何か?」
「い、いえっ、何も……っ。いつもホリンがすみません……」
「いえ、私が彼に構ってもらっているのです。私には、あの若さがまぶしい……」
「はいっ、ホリンは元気なところが取り柄ですからっ!」
ロランさんがニッコリと私に笑った。
温かい笑顔だった。
ロランさんのやさしさについ甘えたくなって、でも言えなくて、あたしは彼の顔ばかりを見つめてしまった。
「少し、私との散歩に付き合ってくれませんか? 後で店までお送りしますので……」
「お散歩! いいですねっ、お付き合いします!」
ロランさんと一緒に風車から北に歩いた。
畑や牧草地を横切りながら、なんでもない世間話をした。
明日の天気が話題に入ると、今日の空模様に意識が向いた。
なんだか、ますます雲が分厚くなっている。
それに風が段々強く……
「走りますか」
「え……? ぁ……っ」
ポツリと、大きくて冷たい滴が鼻先に当たった。
ポツポツと、大粒の雨が落ちてきている。
「行きましょう!」
「ど、どこにっ!?」
「ゲルタの宿に!」
「わっわっ、どんどん強く……っ」
ロランさんが上着を頭の上からかぶせてくれた。
あたしはロランさんと一緒に雨の中を走った。
雨は激しい土砂降りになった。
ずぶ濡れになったロランさんがあたしの背中を押してくれた。
何も見えない大雨の世界だった。
ゲルタさんの宿に着いた頃には、あたしも腰から下がずぶ濡れになっていた。
「あら、雨に濡れるとあんた、ますますいい男だねぇ?」
「ゲルタ、私はいいですからコムギさんを頼みます」
ゲルタさんが言う通りだった。
イケメンは濡れると、さらにイケメンになる……。
大発見だった……!
「すみません、ゲルタさん……。こんな格好でお邪魔してます……」
「おや大変だね、すぐに着替えを用意するよ。それまでそこの暖炉に当たってなさいな」
「本当にすみません……。あ、これ……」
ゲルタさんの分のサーモンサンドは無事だった。
あたしはゲルタさんに、お礼のサーモンサンドを差し出した。
「あら美味しい。こんなに早く娘に越えられちまったら、カラシナの立場がないねぇ……」
ゲルタさんは着替えとタオルを取りに行ってくれた。
ロランさんは借りている自分の部屋に着替えに戻った。
あたしは暖炉の前でため息を吐き、突然の不幸にちょっと気が沈んだ。
窓の世界は真っ暗闇だった。
通り雨かと思った豪雨は、いくら待っても止む気配すら見えなかった。
あたしはゲルタさんの宿に閉じ込められてしまった。
攻略本さんのいる家に帰らなきゃいけないのに、あたしはいつまでも帰れなかった。
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