・素早さのサーモンサンド - サモとマヨ -
お店に戻ると、レジカウンター越しにちょこんと座ってる子がいた。
「わっ、フィーちゃんだ! 店番してくれてたのっ!?」
「はいです。お帰りなさいです、おねーちゃんっ」
パタパタと小さなフィーちゃんが目の前に駆けてきた。
荷物を持ってくれるみたいだからお願いして、奥の厨房の方にフィーちゃんを誘った。
「卵と……ワインですか?」
「ううん、ワインビネガーだよ。これからマヨネーズを作るの」
「まよねぃず、ですか?」
「うんっ。それでマヨネーズを使って、今日はサーモンサンドを作るんだよ!」
『よくわからないけど、サーモンサンドは美味しそうだ!』
って顔だった。
あたしは卵を調理台に並べて、木製のボウルの上で割った。
「あっあっ、それやってみたいです! お手伝いするでしゅよっ!」
「わかった、お願い! あたしオイルを取ってくるね!」
フィーちゃんに卵を任せた。
その間にあたしは地下倉庫に下りて、オリーブオイルの瓶を手に取った。
お店のカウンターから、攻略本さんとメモ書きも取ってきた。
「全部割ったですよー、カラザの部分までバッチリなのですっ!」
「ありがとう、フィーちゃん!」
「あの、殻、貰っていいですかー? お師匠様、殻集めてるのですよー」
「もちろんいいよー!」
村の人たちは自分の畑に撒いたりしてる。
けど魔女さんの場合は、何かの薬に使うのかな……?
妄想しながら泡立てを手に取って、フィーちゃんの前で卵を混ぜ合わせてみせた。
「あっあっ、それもやりたいですっ、やらせて下さい、おねーちゃん!」
「へへへ、フィーちゃんならそう言ってくれると思ってたよっ!」
フィーちゃんに卵のかき混ぜを任せた。
あたしはオリーブオイルを陶器の計量カップに入れた。
メモ書きにある通りの量を量って、フィーちゃんががんばるボウルに加えた。
「生卵に、油とお酢、ですか……?」
「そう、変なレシピだよね!」
同じようにお酢とお塩も用意して、卵とオイルが馴染むのを待ってから加えていった。
「はい、交代!」
「まだ混ぜるのですかー?」
「うん、いっぱい混ぜると、このトロトロが少し固まるんだって」
「ほへー……なんだか、変な食べ物なのですねー……?」
フィーちゃんは怪しんだ。
美味しくなさそうに、卵と油とお酢を混ぜただけの得体の知れない液体を見つめていた。
ワインビネガーの酸っぱい匂いもある。
そういう反応になるのも仕方がなかった。
地道にコツコツ、時間をかけてがんばった。
「あっあっあっ、ちょっと固まってきたですねっ!?」
「うんうん、なんだかクリームみたい!」
「交代です、交代しましょう、おねえちゃん」
「ありがと、フィーちゃん」
手が疲れてきたところでフィーちゃんが代わってくれた。
フィーちゃんって、気配りのできるいい子だなぁ……。
「これって、1人だと大変ですねー?」
「うん、フィーちゃんがきてくれて凄く助かっちゃった!」
歳の離れた大切なお友達と笑い合いながら、代わり番こで『まよねぃず』を混ぜた。
そうしてもう1往復2人でがんばった。
するとついに、ねっとりとしたツヤツヤのクリーム色の液体『マヨネーズ』が出来上がった。
「ちょっと舐めてみよっか?」
「え……。でも、これ、生ですよー……?」
「海賊のコックさんが言うにはね、これって生で使う調味料みたい」
「え、ええええ……? お、お腹壊さないですかー……?」
じゃあ、あの力を使えばいい。
あたしは意識してマヨネーズを観察してみた。
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【コムギのマヨネーズ】
【特性】[新鮮][高品質][何にでも合う]
【LV】11
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お腹を壊すような効果は出ていなさそう。
なら大丈夫!
あたしは計量用のスプーンを取って、マヨネーズを口に運んだ。
「うっ……?!」
「お、おねえちゃんっ!?」
「美味しいけど、一気に食べ過ぎちゃった……。す、酸っぱい……」
「お酢、入ってるですからねー……? おねえちゃん?」
あたしはお店に戻って、バケットを1つ厨房に運んだ。
それを2枚分だけ切って、マヨネーズを乗せてまた食べてみた。
「あっ、うまっ?! こってりした酸っぱさとパンが凄く合う!」
「そ、そうですかー……?」
フィーちゃんはまだ警戒していた。
フィーちゃんの分のマヨネーズバケットに手を出してくれなかった。
「あれ、これ、お肉とか乗せても美味しいかも?」
「お肉とパンは合うですねー」
倉庫に取って置きのハムがまだ少し残っていたはず。
あたしはまた倉庫に下りた。
塩漬けにしていたハムを少し切って戻った。
「はい、どーぞ!」
「ここまでされたら、食べないわけにはいかないですね……。おねえちゃん……フィーが死んじゃったら、お師匠様をよろしくです……」
「大丈夫だってば」
「い、いただきます……はぐっ!」
自分の分も残せばよかったかな……。
フィーちゃんがハム&マヨネーズ・バケットをひと思いにかじった。
フィーちゃんの目がクワッと開かれた。
何も言わずにフィーちゃんは、小さな口で勢いよく全部食べてくれた。
「ほわぁぁーっっ?! これと、サーモンを合わせるですかーっ!?」
「うん、お口に合った?」
「美味しいかったです! いいですねいいですねっ、絶対美味しくなるやつですよーっ!」
「えへへ……完成したらフィーちゃんにもお裾分けするね」
「ありがとうございますです、おねえちゃん!」
あたしも疾風の実入りのパンをフィーちゃんに食べてほしい。
だって、運命の日にフィーちゃんは危険な最前線で戦うことになる。
もっともっと強くなってもらいたい。
素早くなれば、塔に侵入されても、もしかしたら上手く切り抜けられるかもしれない。
「後はどうするですかー?」
「次はタマネギ! タマネギを切って水にさらすよ」
「タ、タマネギさんですか……? あの、タマネギさんはちょっと……」
「え、嫌いだったっけ?」
「そうではなくてですね……あっあっ……」
フィーちゃんの前で、タマネギを切った。
するとフィーちゃんが顔を覆った。
「は、はうぅ……っ?!」
「あ、そういうことだったんだ」
フィーちゃんの目は敏感だった。
顔を覆って半泣きになった姿は、フィーちゃんにはちょっと悪いけどかわいかった。
「なんで笑うですかーっ!?」
「ごめん、つい」
女でよかった。
男に生まれていたら、あたしは立派なロリコンになっていたと思う。
「はい、おしまい! 水にさらしたからもう大丈夫だよ」
「一生、涙が止まらなくなると、思ったですよ……」
大げさなフィーちゃんに笑顔を送った。
それから大瓶を鍋で湯煎した。
必要な分だけ残してマヨネーズを瓶に移して、フタでがっちり密封した。
ふう、これで一仕事終わった。
終わったので、あたしは明日の朝の分のパン生地を捏ねた。
捏ねるのって大変な仕事なのに、フィーちゃんはとても楽しそうにそっちも手伝ってくれた。
明日より1日1話投稿に変更します。
近々ホリン視点編の平行して連載しますので、よろしければ読んでみて下さい。
鈍感なコムギ視点よりもラブコメ度が高くなっています。