表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/198

・素早さのサーモンサンド - 思い出が残る場所 -

「さあこちらへどうぞ」

「あ……ありがとうございます……」


 ロランさんは釣り小屋のキャビンにあたしを引っ張っていった。

 古いイスを手で払って、あの絹のハンカチを敷いてくれた。


 イスは1つだけだったから、ロランさんはあたしの隣に立って釣り針を湖に垂らした。

 湖の底に、チラッと魚影が見えた。


 腰を落ち着かせて釣り針を垂らすと、しばらく会話が絶えた。

 ……繰り返すけど、村のすぐそこにこんな場所があるなんて、やっぱり驚きだった。


 薄暗いこの林の中で、湖の周囲だけが明るかった。

 銀色の空が水面に反射していた。


 天気のいい日にきたら、もっともっと綺麗な場所なんだろうな……。

 澄んだ水底に、若草色の(もみじ)の葉が沈んでいるのが見えた。


「凄くいいところですね……」

「私もそう思います。初めてここに案内してもらった時は、感動しました」


「あたしも! でも、誰に教わったんですか?」


 それは何気ない質問だった。

 だけど返事がそれっきり返ってこなかった。


 あたしは不思議に思って、隣のロランさんを見上げた。

 オレンジブロンドの超イケメンが、遠い目で湖の対岸を見つめていた。


「知りたいですか……?」

「はいっ、村の誰かですよね?」


 ホリンかと思ったけど、ホリンだったらあたしに見せようとするはずだった。


 だとすると、誰だろ……?

 村長さんとかかな……。


「カラシナという女性です」

「え……。えっ、えええーーっっ?! うちのお母さんっっ?!!」


「はい。貴女のお母さんに連れてきていただきました」

「嘘、知り合いだったのっっ?!」


 ロランさんが指先を唇の先に立てた。

 あ、そっか。

 ここって村の外で、今は釣りの真っ最中だった……。


「ごめんなさい……。でも、ビックリしてつい……」

「私こそ隠していてすみません」


「いえ、あたしが聞かなかっただけですし……」

「言わなかった私が悪いのです」


 そこまでやり取りして、また会話が途絶えることになった。


 お母さんはもういない。

 お母さんの話をしても、そんなの寂しいだけだった……。


「それ……いつのことですか……?」

「君がまだ生まれていない頃です。ヨブ村長が現役の大工で、ゲルタがもう少し若く痩せていて、ダンがまだ青少年だった頃ですよ」


「む、村のみんなとも知り合いだったんですか……っ?」

「ええ、今も昔もアッシュヒルは素晴らしい村でした」


 今日はビックリの日だ……。

 そっか、だからロランさんってみんなとこんなに仲がいいんだ……。


 だからダンさんは、ロランさんをあんなに敬愛していたんだ……。


「ロランさん、お母さんと仲よかったんですね……?」

「まあ、穴場を紹介してもらえる程度には」


 あたしは物心付いた頃から、ある疑問を持っていた。

 お母さんは、お母さん。


 じゃあ、お父さんは……?

 あたしのお父さんは、誰……?


「コムギさん」

「は、はひっっ?!」


「竿っ、引いています!!」

「わっわっ、わっほんとっ、わぁぁーっっ!?」


 凄い力だった。竿ごと湖に持って行かれそうだった。

 そんなあたしをロランさんが肩を引っ張るように支えてくれた。


 竿をあたしと一緒に引いて、緩急を付けて一気に引っ張り上げた!


 するとそれは――

 ギザギザの口に、銀色の鱗、黒い背中!

 それはおっきなサーモンだった!


 ロランさんは立ち上がったあたしに、サーモンのかかった釣り糸を握らせてくれた。


「こんな大物が釣れるとは、村の外まできたかいがありましたね」

「やった、おっきなサーモンだーっ! これでいっぱい、サーモンサンドが作れますねっ! ありがとう、ロランさん!」


「どういたしまして」

「ヒャァッッ?!」


 暴れるサーモンの頭を、ロランさんがおもむろに鞘でドカンと叩き付けた。

 跳ねるサーモンは、それっきり動かなくなった。


「さ、村に帰りましょう」

「う、うん……」


 大きなサーモンは、釣りかごに身体半分しか入らなかった。


「薫製にして切り身を店に届けますから、貴女は先に休んでいて下さい」

「え、あ、そっか……。ありがとう、ロランさん。えと、それと……」


「なんですか? 他に何かご希望でも?」

「あ、いや……。ん……やっぱり、なんでもないです……」


 本当にあたしのお父さんなら、きっともう名乗り出てるよね……?

 あたしは質問の言葉を飲み込んで、ロランさんと一緒に村に帰った。


「ゲルタと協力してすぐに仕上げます。サーモンサンド、楽しみにしていますよ」

「はい、すみませんがどうかお願いします!」


 宿とパン屋の分岐点まで戻ると、そこでロランさんと別れた。


 ロランさんは超イケメンだ。

 遊んで暮らしている超お金持ちだ。


 誰にでも超やさしい。

 それに村で超一番強い。

 学も気品も超ある。


 そんな人が自分の父親かもしれないだなんて。

 いくらなんでもそんな妄想は、あたしの願望が入り過ぎだった。


 それでも思う。

 ロランさんがあたしのお父さんだったらいいのに、と……。


 そう思うだけならあたしの自由だった。


もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ