・素早さのサーモンサンド - ロランさんと魚釣りに行こう! -
やっとお昼の仕事が終わったので、あたしはロランさんを探して大風車を訪れた。
すると珍しくホリンが風車の仕事をしていた。
ロランさんの方は近くの傾斜面で腰を落ち着かせていた。
風車のあるこの高台から、ゆったりとアッシュヒルの湖と、のどかな町並みを見下ろしていた。
うちのパン屋もそこから見えた。
あたしはロランさんの前まで走っていった。
そしてあるお願いをした。
「釣り、ですか……?」
「はいっ、ロランさん、よくそこの湖で釣りをしてますよね……っ?」
「ええまあ。上手くはありませんが、まあ趣味で少々……」
「あのっ、ご迷惑でなかったらっ! 狙って欲しい魚がいるんですけど……っ!」
ホリンに声をかけるのは止めた。
せっかく真面目に仕事をしてくれているんだし、そっとしておきたかった。
技師として何かに熱中しているホリンは、人に話しかけられるのを嫌うところもあったし……。
「そういうことなら喜んで」
「わぁぁっ、ありがとう、ロランさんっ! よかったぁ……っ」
「それでご希望は?」
「あのね、サーモン! あたし、サーモンサンドを作りたいのっ!」
そう伝えると、そのいかにも美味しそうな響きにロランさんも乗り気になった。
「サーモンは少し癖のある魚です。いっそ薫製にしてから加工するのもいいですね」
「それ、いいですねっ! ますます美味しくなりそう!」
「狙った獲物を都合よく釣れるとは限りませんが、一緒にがんばってみましょうか」
「はいっ、完成したらロランさんにも差し入れしますねっ!」
あたしたちは1度、ゲルタさんが経営する村の酒場宿に立ち寄った。
ロランさんは優雅な宿屋暮らしの人だった。
「おや、珍しい取り合わせだねぇ」
「こんにちは、ゲルタさん! あのね、ロランさんに釣りを手伝ってもらうの!」
「あらそう、よかったじゃないかい、ロラン」
「ええ、こんな若い子に構っていただけるなんて、おじさん冥利に尽きるというものです」
ロランさんとゲルタさんは仲がいい。
どっちも大らかな人だから、きっと気が合うんだと思う。
「ふっ……よかったね、ロラン」
「……ええ」
予備の竿をロランさんに借りて、あたしはゲルタさんに手を振って宿を出た。
ゲルタさん。普段はクールなのに今日はニコニコとしていた。
それから西に向かって歩いた。
フィーちゃんたちの魔女の塔があるのが東側。
西側にはブラッカの町へと続く山道がある。
「ロランさん、いつも村の外で釣りしてたんですか……!?」
「いつもではないよ。サーモンなら、こちらの方がよく釣れるというだけです」
さすがロランさんだった。
外からきた人なのに、村の釣り場にこんなにも詳しいなんて……。
これは相当に、釣りまくっているのかも……。
「違いますよ、あの穴場は人に教わったんです」
「な、なんで、あたしが考えていることがわかるんですか……っ!?」
「ふふ……貴女はよく顔に出る人ですから」
ロランさんって、やっぱりやさしい……。
包容力のある温かな微笑みがあたしを見てくれていた。
「あ、ロランだ!」
西門への道中、村の子供たち3人組とすれ違った。
「こらっ、ロランさまって呼ばないとダメよ!」
「あ、コムギもいるよ! ロランとデートか!?」
「ロラン、また遊んで!」
お姉ちゃんが1人に、弟分が2人。
村の子供といったらこの3人だけだった。
「デートじゃないよ、釣りを手伝ってもらうの!」
そうあたしが主張すると、ロランさんがちょっと難しい顔をした。
「川掃除のついでに、少し釣りを楽しむだけです」
「俺、掃除は嫌い!」
「俺も! ついてこうかと思ったけど、やーめたっ!」
「ふーん……いいなぁ……」
掃除なんてどこから出てきた話なんだろう。
お姉ちゃんの方はロランさんに憧れているのか、あたしをとても羨ましそうに見ていた。
子供たちはあたしたちに興味を失い、村の奥に去っていった。
それから村の西門から外に出た。
するとあたしはそこでやっと、ロランさんの意図に気付いた。
「あの、もしかしてさっきの、子供たちがついてこないようにするために……?」
「ええ、そうですよ。村の外で釣りだなんて、子供たちには教えたくない悪い遊びです」
「あ、そっか……! あたしてっきり……」
「てっきり?」
「ロランさんが、あたしと二人っきりになりたいのかと思っちゃいましたっ! あはは!」
「そういう意図もありますね」
「そうですよね、そんなわけ――え、えええーっっ?!!」
ロランさんと一緒に、勝手に出ちゃいけない村の西門から先を歩いた。
くねるように道なりにすすんだ。
それからロランさんが林のある傾斜面の方に曲がった。
「そ、そっちですか……っ!?」
「スカートが引っかかるかもしれません、気を付けて」
「ロランさん……意外と、ヤンチャなんですね……」
「私も当時は、貴女と同じことを思ったものです」
てっきり通れないと思っていた。
だけどその林の草木は、人の足に踏み荒らされた跡があった。
何度か滑りながら、あたしはどうにか斜面と林を抜けた。
するとその先に、小さな湖と古い釣り小屋を見つけた。
村のすぐ外にこんな場所があるだなんて……。
今日まで全く知らなかった……。
「世界にモンスターが溢れる以前に建てられた物だそうです」
「へーー……」
「この世界には、こういった棄てられた建物が山ほどあるのですよ」
ロランさんはそう言うと、湖のそばの岩をひっくり返した。
しゃがみ込んで何かを拾っていた。
「ひ、ひぇっっ?!」
「少しお待ちを。……はい、どうぞ、貴女の竿です」
そういえばホリンも昔、同じことしてた……。
あたしは餌の付いた竿を握って、しばらく固まっていた……。
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