・海賊の楽園 - バッドエンドは認めない! -
翌日の朝。ホリンのテレポートでアッシュヒルに戻った。
一瞬しか見えなかったけど、ホリンのテレポートにユリアンさんたちはひっくり返るほど驚いていた。
「やっぱこの魔法、スリルあるな……」
「あはは、あのまま山にぶつかるかと思っちゃった!」
テレポートの難点は早すぎてスリル満点なところ。
それに、早すぎて帰ってきても帰ってきた感じがあんまりしないところだった。
「この武器はこっちで村のみんなに回しとくよ」
「やった、助かるー! ありがと、ホリン!」
「だけどお前、今日くらいはちゃんと休めよ……?」
「うん! またね、ホリン!」
テレポートの移動先はこの前にホリンが戻ってきたのと同じ場所、あたしのパン屋の前だった。
あたしは自分の分の荷物と一緒に、愛しの我が家に帰った!
「おねえちゃん、お帰りなさいなのです! デート、楽しかったですかー!?」
「うん、デートじゃないけど……凄かったよっ! あのね、フィーちゃんっ!」
フィーちゃんが店番をしてくれていた。
フィーちゃんとお喋りをしながら、あたしは厨房に入った。
『休む約束だったはずでは……?』
「そうもいかないよ。みんなが焼き立てのパンを待ってるんだもん」
フィーちゃんと一緒にパンの仕込みをした。
一通り終わると、帰ってくるまでの約束だからと、フィーちゃんは後ろ髪を引かれる気持ちで魔女の塔に戻っていった。
パンの発酵まで手が空いたので、あたしは湖で身体を清めてから自分の部屋に戻った。
それからベッドに寝そべった。
仮眠しようかと思ったけど、ふと思い付いて攻略本さんを手に取った。
ユリアンさんのことをもっと知りたい。
そう思って彼の記述を探してみたら、見つけてしまった。
「海賊ユリアン……。本名、ユリアス・アルブレヒト。あ、これ攻略本さんが言ってた名前だ……」
ユリアンさんの実家は、王様を殺そうとした罪で滅ぼされていた。
ユリアンさんはその家の次男で、王様の信頼厚い立派な軍人さんだった。
ユリアス・アルブレヒトは貴族の地位を捨てて、王様と契約をした。
海を荒らす海賊船と、敵国の船だけを狙う契約を交わして、ユリアス・アルブレヒトは貴族から海賊になった。
陰謀に関わった親族全てが処刑されて、名前と姿を変えたユリアンさんだけが生き残った。
「そっか……。だからあたしたちを支援してくれたんだ……」
『さてな。元より懐の深い男だ』
「うんっ、凄くやさしい人だったね!」
『それは彼が喜ぶ評価ではないだろうがな』
全てを失った勇者と、ユリアンさんが惹かれ合ったのは必然だった。
ユリアンさんも全てを失っていた。
何もかもを失ったのに、あんなに人にやさしくできるなんて、ますます立派な人だと思った。
そう感想を胸に残し、あたしはベッドから起き上がった。
「よーっし、あたしもがんばろう!!」
『ま、待てコムギ。君は仮眠すべきだ……』
「でもなんか目が冴えちゃった! お店のお掃除したり、新しいレシピとか考えないと!」
『昨日はあれだけ派手に遊び倒しただろう、今日は休みなさい……』
「無理、今はがんばりたい気分だからっ!」
お店に下りて雑巾を取った。
新しいレシピを考えながら床を水拭きした。
あたしはアッシュヒルのパン屋さん。
最悪の未来から逃れるために、みんなをこっそり強くしている。
「おい……」
「あ、ホリン。いらっしゃい、お昼過ぎには焼けるから待っててね」
「待っててね、じゃねーよっ! 今日くらい休めって言っただろ!?」
「じゃあ手伝って」
「いや悪い、この後ロランさんとちょっと……」
「特訓するんでしょ! だったらホリンも同じじゃない!」
でももう1人じゃない。
攻略本さんと2人だけでもない。
今はホリンと一緒に想いを共にして生きている。
あたしたちはアッシュヒルを守りたい。
このまま無惨に殺されるなんて絶対に嫌。
この世界のあるべきシナリオを歪めてでも、本当のハッピーエンドを迎えたい。
命を燃やし尽くした勇者が滅びた故郷で孤独に死ぬだなんて、そんなの正しい終わり方じゃない!
バッドエンドは認めない!
「しょうがねぇ、ちょっとだけ手伝ってやるよ……。約束の時間までだけどよ」
「本当!? ありがとう、ホリン! これからも一緒にがんばろうね!」
「このまま滅びちまったら、武器くれたあのおっさんに申し訳ねーしな……」
「そうだね。また今度、会いに行きたいね!」
「そうだな。アイツ、品はないけどいいやつだったな」
誰が勇者だろうと関係ない。
この村はあたしたちが守る。
パンで!
別作品に誤投稿していました……。
本日00時にもう1回更新します。
ホリン視点となった短編版も近々投稿します。
シリーズ登録から飛べるようにしますので、よろしければ読みに来てください。