・海賊の楽園 - ポート・ヘイブン -
ポート・ヘイブンは凄く不思議な島だった。
その島は地上と地下に大きく分かれていた。
地上には珍しい草木が生い茂る大自然があった。
島の周囲には槍のような岩礁が複雑に入り組んでいた。
上陸できる場所はさっきの入り江だけ。
断崖に囲まれたその島に、海賊が潜んでいるだなんて誰にも想像できなかったと思う。
地下には広い生活空間があった。
洞窟に入る前は薄暗い場所なのかと思っていた。
でも違った。
地下世界はまるで蓮の実のように、地上と地下を繋ぐ風穴で繋がっていた。
あたしとホリンはポート・ヘイブンのみんなに大歓迎された。
宴の準備はもう始まってる。
到着するなり、コックさん風の海賊さんにそう威勢よく伝えられた。
「どこにだって案内するぜ。海賊の宝物庫から秘密の見張り台、穴場の釣り場から、真水の湧く地底湖まで。お客様のお好きなところに連れてってやるよ」
「本当ですかっ! あ、でもその前に……少しだけお話、いいですか……?」
楽しい宝探しの前に、全ての秘密をユリアンさんとホリンに伝えることにした。
攻略本さんと相談して、そうしようって決めた。
あたしは今日まで隠してきた秘密を2人に明かした。
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「そういうわけで、お宝探しに出発! ユリアンさんっ、地底湖ってところに連れてって!」
「……おう、いいぜ」
ホリンもユリアンさんも、すぐにはあたしの話を受け止めきれなかった。
だからあたしはこれ以上の説明よりも先に、攻略本の力をユリアンさんに見せることにした。
地底湖。
いくつもの白妙と水滴が降り注ぐ神秘的な湖。
あたしはその地底湖の、岬のように突き出た部分まで歩いて行った。
いつもよりもずっと豪華な、緑をベースにした金色の宝箱がそこにあった!
「じゃーんっ、これが『疾風の靴』だよ!」
宝箱から羽根のように軽い靴を取り出すと、ユリアンさんの鷹みたいな目が大きく見開かれた。
ホリンの方はさっきから凄く静かで、なんだか心配だった……。
「はは……コイツは驚いた……。まさか俺たちの根城に、そんな大層なお宝が眠っていただなんてな……」
あんなに『B.疾風の靴』を欲しがっていたのに、ホリンはちっとも喜んでくれなかった。
「なぁ……」
「なーに、ホリン?」
「本当に、アッシュヒルは……俺たちの村は、滅びるのか……?」
「うん……。『それがこの世界のあるべき物語だから』って、この攻略本さんが言っているの」
ちょっとでも元気になってほしくて、疾風の靴をホリンに手渡した。
ホリンはそれを胸に抱いたまま履こうともしなくて、上の空で深い地底湖を見つめていた。
「みんな、死ぬって、ことか……?」
「うん、そうだよ……。勇者様以外、みんな魔物に殺されちゃうんだって……」
ホリンがその勇者かもしれない。
って口にするのは止めた。
まだわからなかったし、知っても嬉しいことじゃない。
「勇者だけが生き残り、滅ぼされた故郷の復讐を果たす、か……。オペラにしたら、ソコソコ受けるかもしれんな」
「おぺら……? おぺらって何?」
「説明がめんどくせえから、今度連れてってやるよ」
「本当っ!? ありがとう、ユリアンさん!」
ユリアンさんのニヒルな笑顔に、あたしも元気よく笑い返した。
だけど急にユリアンさんから笑いが消えて、ホリンの方を少し悲しそうに見た。
ホリンは震えていた。
何かを堪えきれなくなって、疾風の靴を足下に落としてしまっていた。
「なんで……なんでそんな大事なことっ、俺に言わなかったんだよっっ!?」
「ごめんね、ホリン」
だって、信じてくれるとは思わなかったから。
伝えなきゃいけないとわかっていた。
だけどどうやったら信じてもらえるのか、あたしにはわからなかった。
「おい彼氏、そんな言い方するもんじゃねぇぜ」
「でも、もっと早く言ってくれたら……」
「言っても誰も信じねぇだろ。この村は滅びますよと、そうふれ回っても気が触れたと思われるだけだ」
「俺は信じた! ガキの頃からずっと一緒に育ったんだっ、このバカ正直がっ、嘘なんて吐くわけねぇっ!」
ホリンは信じてくれた。
ユリアンさんもあたしの話を否定しなかった。
ホリンの今の言葉も根拠にして、冷静に信憑性を判断していた。
「信じてくれるのは凄く嬉しいけど、バカ正直の一言がすっごく余計だよっ!」
「ははは、そこは小僧なりの照れ隠しだと思うぜ。いやぁ、若いねぇ……」
「ち、ちげーっての……っっ」
ユリアンさんって受け止め方が明るいな。
そう言われると、あたしもなんだか楽しくなってきた。
「だけどよ、1つ聞くぜ、お嬢ちゃん」
「え、なーにー?」
「なぜ、俺に真実を教えた? 海賊にお宝の地図を明かすバカが、いったいどこにいる?」
「ここにいるだろ……」
「ヒハハハッ、ま、そうなんだがよ……。なんか納得がいかねぇぜ……?」
どう伝えようか迷った。
だってあの攻略本、まだ全部読んでないけどユリアンさんの秘密がだだ漏れだったんだもん。
『代弁を頼めるか、コムギ』
「あ、うん。……攻略本さんが伝えたいことがあるって!」
その必要はないんだけど、攻略本さんを手に取って開いて見せた。
伝言役として、攻略本さんの言葉をユリアンさんに伝えた。
「信じた最大の理由は『友達』だから。この先の未来で、私とユリアンは、深い友情を交わした。……私は、ユリアンが誇り高い義賊だと、知っている」
時を遡ったせいで、友達も思い出も何もかもが消えてしまうのって、どういう気分なんだろう……。
親友が他人に変わるだなんて……。
それって、凄くつらくて苦しいことなんじゃないかな……。
「その悪名の全てが、真実ではないと、知っている。男としての度量の広さも。戦士としての強さも。ユリアン、頼む、コムギに力を貸してくれ。……だって」
こんな話、信じる方がどうかしている。
だけどユリアンさんは眉一つしかめなかった。
腕を組んで考えていた。
ホリンの落とした疾風の靴を拾い上げてよく観察した。
それからまたニヒルに笑って、あたしの肩を強く叩いた。