・海のゆりかご - 脱獄とビスケット -
材料と道具を持って海賊さんが戻ってきた。
牢屋越しにそれを受け取って、あたしは板の上で小麦粉をこねた。
「な、なんだ、お前っっ?!」
「だってこうしないと、バターを溶かせないじゃない」
お砂糖と、フレイムで溶かしたバターを混ぜ合わせて、パン生地に練り合わせた。
でもそのパン生地、実はかなり厄介な特性が付いていた。
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【得体の知れないの小麦粉】
【特性】[硬い][頑丈][虫も食わない]
【LV】-7
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よくこれだけ粗悪な物を見つけたものだと、パン屋として逆に感心した……。
「たぶん、凄く硬くなると思うけどいい……?」
「いいぞ! 硬いビスケット、俺好きだ!」
生地が出来上がるとクッキーの形にした。
1つだけ特別な形にして、そっちはフライパンの陰になる場所に並べた。
右手から出したフレイムの魔法でフライパンをあぶった。
たぶんこれ、過去最悪の出来になる……。
それでも小麦粉を舐めるよりもずっといい。
「美味しそう……。お前、やるな」
「まあね、あたしこれでもパン屋だから」
海賊さんと一緒にフライパンを見下ろして、今か今かと完成を待ちわびた。
こうして、過去最低のクッキーが生まれることになった。
・
「待って、熱いからお皿になる物持ってきてくれる?」
「皿……? 腹に入れば、同じだって兄貴が……」
「あたしが気にするの! なんでもいいから持ってきて、お願い!」
「女、うるさくて、嫌い……」
彼が牢屋を離れてくれた。
その隙にあたしは特別な形にしたクッキーを取り出した。
それから仕上がりを攻略本さんにもらった力で確かめてみた。
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【虫も食わないビスケット・ナイフ】
【特性】[硬い][頑丈][虫も食わない][非常食]
[攻撃力3]
【アイテムLV】7
【品質LV】 1
【解説】食べられるナイフ、あるいはヤスリ。
鉄でもなんでも削り取れる。ただし、水に弱い。
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『脱獄の目処がついたようだな』
「うん、後はあの海賊さんの目をどうにかするだけかな」
『フレイムでやっつけてしまえ』
「ダメだよ、そんなことしたらっ!」
やり取りをしていると海賊さんが戻ってきた。
あたしはビスケット・ナイフをポケットに隠して、彼が持ってきた帽子に焼いたビスケットを移した。
「あ、硬いから気を付けてねっ!」
「か、硬い……」
「そう言ったじゃない!?」
虫も食べないクッキーをあたしも口に運んでみた。
噛んでも歯が負けそうなくらいに硬い。
でも唾液が少しずつ表面をやわらかくしてくれるから、食べられなくもなかった。
「美味い……っ。俺、こんな美味い、クッキー初めてだ! お前、売るの惜しいぞ!」
「私としては、売らないでほしいんですけどー……」
「ダメだ……。兄貴は絶対。すまん、お前、売る」
やっつけちゃおうかなって、ちょっとだけ邪心が働いた。
だけどさっきからお腹が空いていた。
だから海賊さんと一緒に、信じられないくらい硬いこのクッキーを食べることにした。
言葉通り歯が立たないから、しゃぶったとも言う。
砂糖とバターと小麦粉がほどよく焦げたその味わいは、これはこれで結構美味しく楽しめた。
「ありがとう、腹、少し膨れた。そろそろ見張りに戻る。お前のこと、よくするように、兄貴に言ってやる」
しばらくすると海賊さんは見張りの仕事を思い出した。
「ありがと、海賊さん」
「また焼いてくれ」
「うん、いいよ」
彼は大切そうにクッキーの入った帽子を抱えて、すぐそこの階段を上っていった。
海賊さんには悪いけど、チャンス到来だった。
「ふぅ……。なんか悪い気がするけど、抜け出さないとあたしたちが大変だもんね……」
『その通りだ。ソイツでさっさと牢屋を抜け出してしまおう』
「うんっ! クッキーで青銅を切るなんて、変な感じだけどっ」
ビスケット・ナイフを鉄格子に立てた。
気付かれないように静かにナイフを前後に動かしてみると、粉々になった青銅がパラパラと床にこぼれ落ちた。
あまりに簡単に削れてしまうので、まるで格子が砂に変わってゆくかのように見えるほどだった。
『波瀾万丈の生涯だったが……。パンで青銅を切る光景を見るのは、これが初めてだ』
「えへへー、あたしもびっくり……っ」
実はちょっと前まで、あたしは胸の奥でこう考えていた。
ホリン、ごめん。
あたし、ホリンとロランさんが言ってたこと、やっとわかった……。
世の中には、良い人と悪い人がいるんだ……。
悪い人はあたしを売り物として見ていて、だから2人はあんなに心配してくれていたんだ。
ごめん。
ちゃんと話を聞いてたら、こんなことにはならなかったのに……。
でも、その暗い気持ちはもう吹っ飛んでた!
手で造形しただけのナイフは刃がデコボコしていて、それが上手い具合に青銅を削り取ってくれる。
『キンッ』と最後に高い音を立てて、青銅の格子があっさりと切断された!
『次は上の部分だ。格子1本だけ抜き取れば、君の身体ならばたやすく抜け出せよう』
「でも……。さっきの海賊さんと会っちゃったら、どうしよう……?」
『やっつけろ。ここで君がアッシュヒルを離れるわけにはいかないだろう』
「うん……」
『君が守るんだ、アッシュヒルとホリンを。未来のために海賊を倒せ』
「わかった……。ありがとう、あたしがんばるよ、攻略本さん……っ」
格子の上の部分をまた慎重にキコキコとやった。
時間をかけながら青銅を切断すると、あたしはあっさりと牢屋の外に出られてしまった!
『脱獄成功だ。さ、ホリンを助けに行くぞ』
「攻略本さん……パンって、凄いんだね……」
『同意しよう、君のパンは驚きに満ちている』
波に揺れる船はちょっと歩きにくかった。
木箱やタルに手を置いて、つたって行くように下り階段まで足音を消して歩いた。
階段を降りて行くとその先は船倉だ。
船倉は木箱がたくさん敷き詰められていた。
「あ、ホリンだ」
「へ、その声は……んなっ、コ、コムギィッ?!」
その木箱の奥に、大きな鳥かごみたいなのがあった。
そこにはホリンが閉じ込められていた。
あたしを見たホリンは目を丸くしていた。
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