・海のゆりかご - 海賊船 -
「って、誰もこないんですけどぉぉーーっっ?!」
『うむ……』
「うむ……じゃないよっ!? まさか、忘れられているなんてないよね……!?」
『それはない』
いくら待っても誰も現れなかった。
あたしは攻略本さんを片手に立ち上がって、青銅の格子をガタガタと揺すった。
『騒ぐ元気があるようで安心した。いっそもっと騒ぐといい、何かきっかけが見つかるかもしれん』
「ちょっとーっっ、勝手に閉じ込めておいてーっ、放置ってどういうことー!? あたしっ、お腹空いたんですけどーっ!!」
声を張り上げると、足音が船の上の方から響いてきた。
エルフは人よりちょっと耳がいい。
あたしの聴覚によると、足音は1人分だけだった。
「ぅ、ぅぅ……うるせぇぞ、女ぁっ!」
「ならここから出してよっ!」
「やだ、ダメ! そんなことしたら、兄貴たちにぶっ殺されるだろっ! ぅっ、ぅぅっっ……?!」
海賊さんはターバンとシャツを身に付けた少し太いお兄さんだった。
それが現れたと思ったら、お腹を抱えて階段を駆け上がっていった。
『腹を壊しているようだな』
「うん……。でも、思ったより悪くなさそうな海賊さんだったかも……」
『少し、頭が悪そうだったな。そこに付け入る隙がある』
「そこまではいってないけど……。あ、戻ってきた」
また足音が聞こえて、さっきの海賊さんが牢屋に戻ってきた。
青い顔で脂汗をにじませていた。
「ふぅ、ふぅぅ……っ。あまり、騒ぐなぁ……っ、腹に、響く……っ」
「海賊さん、お腹壊してるの……? 誰かに見てもらったら?」
「兄貴たち……買い出し、出かけてる……。帰って、こないんだよ……っ」
その海賊さん、腰に小袋を巻き付けていた。
海賊さんは人差し指をしゃぶって、その小袋に指をつっこんだ。
海賊さんは白い粉末を食べていた。
「それ、粉砂糖?」
「そんなのこの船にない! これは、小麦粉だよ! 輸出用のやつ、今は、これしかねーんだよっ!」
あたしはどう返したらいいかわからなくて、固まった。
この人……。
『大バカだな』
攻略本さんの言葉は辛辣だったけど、あたしも心の中で同意するしかなかった……。
「これ、やらないぞ……?」
「いらないよっ! というかそれだよっ、原因! 生でそんなの食べたらお腹壊すに決まってるじゃないっ!」
「あ……? う、嘘吐くなっ! 腹に入れば何だって同じだって、兄貴が言ってたぞーっ!」
「生でお魚食べたらお腹壊すでしょ、それと同じ!」
「……あ?」
よくわかってないみたいだった……。
海賊さんはまた小麦粉をぺろぺろしていた……。
「魚は生でも、平気だ」
「平気なわけないでしょ!?」
「ダメ、なのか……?」
「ダメだよ! お腹壊すだけじゃ済まないよっ!」
『……まあ川魚と海魚の違いはあるが、生は推奨される食べ方ではないな。コムギ、この男を利用しろ、上手く言いくるめるんだ』
利用……?
でもどうやったら、この人をあたしの味方にできるの……?
『道徳を説く。あるいは金で釣るのもいいだろう。女性ならば、色仕掛けという手もある』
お金はもう取られてるし。
道徳なんてあたしにはわからない。
えと、だったら……。
「う、うっふん……?」
「……ぁ?」
海賊さんは首を傾げた。
あたしはウィンクをしてみたり、酒場のおばさんみたいにクネクネとしてみた。
あたしがこんなにがんばってるのに、海賊さんはまゆをしかめるばかりだった。
「ねぇ海賊さん、うふーん?」
「も……もしかして、お前……。俺を誘惑、しているのか……?」
「あ、うん……。こっちは、そのつもりだったんだけど……。ダメだった……? ヒャッ?!」
いきなり肩を叩かれた。
何かされるのかと思って身体が震えた!
「俺、女は苦手……。俺、兄貴がいい……」
「へっ……?」
こ、この海賊さん、もしかして……。
でもとにかく変なことするつもりはないみたいで、誘惑しておいてあたしはホッとした……。
「お前、腹減ってるのか……?」
だけど安心したらお腹が鳴っていた。
あたしはついごまかしたくて海賊さんに笑い返していた。
「なら飯っ、飯作れ……俺の代わりに作れ!」
「それはいいけど、けど、質問いい? あたしと一緒に連れてこられた男の子、どうしてるの……?」
「アイツ、奴隷。兄貴がわからせるまで、船倉に閉じ込める……。わからせる、ヘ、ヘヘヘッ」
「そっか、無事なんだ……」
安心したらますますお腹が空いた。
「じゃ、船の厨房に連れてって」
「無理、ここで作れ」
「それこそ無理だよー! せめて道具と材料がないと!」
「しょうがない、わかった。何、持ってくればいい……?」
「えっとね……」
何があるか詳しく彼に聞いた。
輸出用の小麦粉とバターがあるそうだ。
「砂糖、あるけど、ダメ。兄貴が怒る……!」
「ちょっとだけならバレないよ。小麦粉とバターだけじゃ味気ないよ? お砂糖入れようよ、お砂糖!」
「わ、わかった……。取ってくる……」
輸出用の砂糖とフライパンも持ってきてもらうことになった。
攻略本さんが言う通り、この海賊さんはちょっと危ういところがある。
でも彼は悪い人とは思えなかった。
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明けましておめでとうございます。
挿し絵のシーさんがお正月のイラストを描いて下さいました。
こちらにも近々貼る予定ですが、興味があればTwitterまでお越し下さい。