・海のゆりかご - 港町の夜 -
夕過ぎ、ホリンと大衆レストランってところに行った。
モクレンは珍しい食べ物、見たこともない料理がいっぱいだ。
ギッシリ文字が敷き詰められたメニュー表を見ても、いったいどれを選べばいいのかわからなかった。
しばらく迷って、あたしはツナのバターソテーを頼んだ。
ツナサンドの正体を知りたくて頼んでみたら、それは脂の乗ったお魚だった。
ツナは癖があまりなくて、それに骨が大きくて凄く食べやすかった。
ソテーをバターロールにはさんでみたら、モリモリいけちゃった。
魚とパンってこんなに合うんだなって感動した。
「う、美味いな……っ、もうちょっとくれ!」
「じゃあホリンのもちょうだい」
ホリンはコートレットっていうよくわからない料理を頼んだ。
でもまだこない。
コートレットは手間のかかる料理みたいだった。
「ホリン、頼んだ料理の正体知ってるの?」
「知ってるぜ、ロランさんのオススメだからな!」
「ああ……。仲がいいことで」
「おう、俺たちは最高の師匠と弟子だからな!」
ホリンのロランさん愛に呆れていると、給仕さんが料理と追加のパンを運んできた。
コートレットの正体はお肉の揚げ焼きだった。
中は薄切りの牛肉で、それにパンクズをまぶしてバターで焼いた物だ。
そう給仕さんが親切に教えてくれた。
「う、美味い……。俺、モクレンにきてよかった……。お前にもやるよ!」
ホリンからコートレットをおすそ分けしてもらった。
貰ったのを半分かじってみると、サクサクの中にお肉が閉じ込められていて、熱々のジュワジュワだった!
「ホリンッ、これパンにはさむともっと美味しいよっ!」
「本当かよっ!?」
バターロールにはさんで食べると、美味しい肉汁がパンに染み込んだ。
ザラザラとした触感もやわらかくなって、もちもちとサクサクを一緒に楽しめた。
「んん~っ、これはこれでありかもな……! これ、アッシュヒルに戻ったら作ってみてくれよ、コートレットサンド!」
「うん、あたしも同じこと考えてた! ……手間、だいぶかかりそうだけど」
夕ご飯、奮発してみてよかった。
サイドメニューのフルーツオレも、ドロッと甘くて最高だった。
「あ、甘過ぎるだろ、これ……」
「え、そう? だったらちょうだいっ」
「え、あ、おう……」
ホリンが半分残していたからそれも貰った。
ホリンはあたしがフルーツオレを飲む姿を、なんでか目を広げて見つめていた。
とても楽しい夕飯になった。
あたしとホリンは満腹になったお腹を抱えて、お店の人に感謝して外に出た。
海の町に夜がきていた。
さっきまで夕日に赤く彩られていた海は黒く染まって、あたしはその大きさになんだが得体の知れない恐ろしさを感じた。
お店の人に教えてもらった高台で、しばらく海を眺めてから宿へと引き返した。
帰り道は少し寂しかった。
こんなに楽しいのに、夜は別々の部屋で休むことになる。
あたしとホリンは宿に戻った後はロビーでくつろいで、眠くなるまでそこで粘った。
「また明日ね、ホリン……」
「ちゃんと鍵閉めろよ? ここで見てるからな?」
「わかってるよ。それよりホリンこそ1人で寝れるの?」
「もう眠い……。おやすみだ、コムギ」
「あたしも同じ。おやすみ、ホリン……」
部屋の鍵を閉めて、あたしは寂しさを覚えながら暗い部屋のベッドで目を閉じた。
明日はユリアンさんと連絡を付けて、宝を回収して、また少し遊んでからホリンの魔法で村に帰ろう。
・
朝、目覚めるとそこは見知らぬ天井だった。
「あ、そっか……。ここはあのモクレンの宿屋かぁ……。ん……? あ、あれ……っっ?」
ううん、本当に知らない天井だった!
あの宿屋より天井が低くて、たっぷり寝たはずなのに薄暗かった!
ここは、あの宿屋じゃなかった!
「えっと……」
辺りを見回すと真っ先に鉄格子が目に映った。
鉄格子の向こうは倉庫みたいな感じで、タルとか木箱が並んでいた……。
あたしは、柵の中に閉じ込められていた!
「……え?」
左右の手で鉄格子を握った。
冷たかった。
手のひらの匂いを嗅いでみると、鉄ではなくて青銅に似た匂いがした。
鉄格子(青銅)はあたしの力じゃびくともしなかった。
それに、なんかさっきから頭が揺れているような……。
「あれっ、竜の鱗がないっ!? ていうか、全部なーーいっ!?」
着ていた服以外、お金も竜の鱗も全部なくなっていた。
そうだ、攻略本さんは……っ!?
『ここだ。私はここにいる』
「よかった、無事だったんだね……!」
攻略本さんは牢の床に転がっていた。
あたしはそれを胸に抱き込んだ。
そうすると不安な気持ちが少しずつ安らいでいった。
『静かに。まず今の君の状況を説明しよう』
「ありがとう……」
『ここは海賊船だ』
「えっ……!」
『残念だがこれはユリアンの船ではない。海賊とは名ばかりの海のチンピラの船だ』
「海賊船……でも、なんで?」
『あの宿の男は、ここの海賊とグルだったようだ。君とホリンを別室にしたのも、護衛役をターゲットから引き離すのが狙いだったと見るべきだ』
理解できなかった。
なんであたしたちにこんなことをするのか、理由がわからなかった。
確かに、ちょっと無愛想な宿の人だったけど……。
「あの男は合い鍵を使って部屋に侵入し、就寝する君に気絶を引き起こす薬を嗅がせた。そして君と私、それにホリンはここに運ばれ、閉じ込められた」
「ホリンはっ、ホリンはどこっ!?」
「船倉――船の下の方に連れて行かれた。私の知るところは、だいたいこんなところだ」
ちょっといきなり過ぎて、言葉を受け止め切れなかった。
あたしは攻略本さんを抱えてしばらくボーっとするしかなかった。
確かに揺れてる……。
外の木箱の上に置かれたランプの明かりを眺めて、ため息を何度も吐いた。
「えっと、どうしよう……」
『このままだと君は、異国に売り飛ばされてしまうだろうな』
「ぇ……」
『エルフは高値で売れる。特に君は姫君のように可憐だ。王侯貴族がこぞって金を出す』
「なんで……そんなこと、するの……?」
「金になるからだ。とにかく、チャンスをうかがうしかないだろう。私がサポートする、気を強く持て」
こんなことをする人がいるなんて、信じられない。
あたしはショックのあまりに我を忘れて、ただランプの明かりだけを呆然と見つめることしかできなかった。
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