・次なる目的地は港町モクレン! いざ冒険の旅へ! - 田舎者、流星となりて -
魔女の塔。
みんながそう呼んでいるこの塔は、元を正せば精霊の祠と繋がりのある由緒正しい建物らしい。
塔の頂上に上がると、ここからアッシュヒルが一望できる。
向かいの丘では村自慢の大風車がゆっくりと羽根を回していて、村の中央には水鏡となって青空を映した湖がある。
村外れの方には小さなヒナギクの花園。
あたしのパン屋や、村の直売所、ホリンが暮らす村長一家の家も目を凝らすとなんとなくだけ見えた。
「いいかい、ヨブの孫や。口を酸っぱくして言うが、テレポートの魔法は1日1回までにするんだよ……?」
「何度も言われなくてもわかってるよ、婆ちゃん」
そして今日は待ちに待った冒険の日!
あたしとホリンは魔女の塔の屋上に集まって、魔女さんとフィーちゃん、ロランさんの見送りを受けていた。
「ホリン、アルクエイビス様に失礼ですよ」
「ヒェヒェヒェ……ヨブの孫に礼儀なんて期待しちゃいないさ」
「でも、何で1日1回までなの?」
「それがさ、俺の場合、MPってやつが足りないんだってよ。だから1日に2回使うと――」
「ヒェヒェヒェ、墜落したいなら、連発してみるといいさ……」
ホリンがテレポートの魔法を初めて使ったあの日、ホリンはテレポートを短期間に2回使った。
あれって、凄く危ないことだったらしい……。
「つまり……向こうで必ず一泊しないといけないってこと……?」
「は、はわぁ……っ!? それは大変……。が、がんばってきて下さいねっ、コムギおねえちゃんっ!」
あたしとホリンは互いに顔色をうかがった。
ホリンはあたしと目が合うと、不器用に顔をそらして村外れの花畑の方を見た。
そっか。
今夜はホリンとまた一緒か……。
「ホリンなら大丈夫でしょう。私は信じていますよ、ホリン」
「ちょっと、なんなんですかっ、その無言の圧力はっ!?」
ロランさんがホリンの肩に手を置いて、普段より少しだけ硬い笑顔を送った。
ホリンはとても心外そうだった。
「じゃ、いこっかホリン! えっと、2人ともお店……大変になったら直売所任せでいいからね……?」
「お師匠様がいいって言ってるです。ソフィーとロラン様に任せておくでしゅよー?」
「お気遣いなく。どうせ私は暇人ですからね」
それとお店。あっちに行っている間、ロランさんとフィーちゃんが店の面倒を見てくれることになった。
その方が村の人も困らないから、あたしとしては助かるんだけど……。
なんか申し訳ない……。
「さ、修行の成果をロランとガールフレンドに見せてやりな……」
「がんばるですよーっ、ホリンおおにちゃん! 一緒にお師匠様のドロドロを飲まされたあの日々を、思い出すのでしゅよーっ!」
そのドロドロの味を思い出したのかな、ホリンの口元が凄く苦そうにひきつった。
あたしはそんなホリンの正面に立った。
「ヨブの孫、コムギの腰を抱いて、手を繋ぎな」
「えっ、えええーっっ?!」
「ファイトですよーっ、おにいちゃんっおねえちゃんっ!」
もうそういう取り決めになっていたのか、驚くあたしをよそにホリンは言われた通りにした。
ち、近い……。
近いけど……
こっちの方が安心といえば安心……?
「いくぞ、コムギ」
「う、うん……お、お願いします……」
「最初はちょっとビビるけど、慣れるとスゲェ速さで楽しいぜ。それにな――」
「うん、それに……?」
「マジであっという間に着くから、景色だけ楽しめばいい! じゃ、いってきます!」
「あ、いってきま――」
ホリンはテレポートの魔法を使った!
すると青い光があたしたちを包み込み、天高くひっぱり上げた!
不思議なことに衝撃とかはあんまりなかった。
ふわぁぁ~と高く飛び上がったかと思えば、『ドキュゥーンッ!』って感じであたしたちはブラッカの町に向けて飛んでいた!
「ひ、ひぇ……っ」
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
「わ……わわわわぁぁ……っっ?!!」
ホリンの胸についしがみついてしまった。
信じられない高さと、信じられない速さだった!
こんなに速いとは思わなくて、あたしはホリンの胸に横顔を埋めながら、流星となって山を下ってゆく自分に悲鳴を上げた!
アッシュヒルのある山からブラッカのある平野まで、まるで落ちるかのように空を滑った!
ブラッカの町がどんどん大きくなっている!
そう思った頃には、もうあたしたちはその目の前にいた!
ふわっと身体が落ちて、ふわっと重力が戻って、ブラッカの町の正門がドーンッと目前にそびえていた……。
「大丈夫か、どっか座るか?」
「へ、へいき……。でも、ちょっとだけ、このままでいさせて……」
「お、おう……。俺も最初はビビッたし、ソフィーのやつも腰抜かしてたしな」
ホリンは恥ずかしそうに人の目を気にしていたけど、あたしにはそんな余裕ない。
ホリンにしがみついて、足腰が落ち着くまで男の子の身体を頼った。
「フィーちゃんを連れて飛んだの……?」
「村の西口までの短距離だけどな。ソフィーよりお前の方がビビってる」
「当然でしょ……落っこちちゃうかと、思ったもの……」
でもあたしもホリンも無事だ。
ホリンの肩を頼って両足を踏ん張らせて、あたしはホリンから2歩下がった。
「帰りは登りだからそんなに怖くないと思うぜ。……大丈夫か?」
「うんっ、落ち着いてきた! ううんっ、別の意味で落ち着いていられなくなってる! ホリンの魔法って、凄いよっっ!!」
あたしとホリンは肩を並べてブラッカの町の正門を見上げた。
見張りの兵隊さんも、突然やってきた流星が男女に変わって驚いていた。
「でもこの魔法、目立つね……」
「だな……。なんか恥ずかしいし、迂回してくか?」
「ううん、フクロウ亭のお姉さんにおみやげを持ってきたの。寄っていこ!」
「お礼……? 向こうは自分たちの仕事しただけろ……?」
「でもご飯美味しかったし、あのお姉さんにあたしのパンも食べてもらいたいもん!」
あたしは遅れて歩くホリンの先を歩いて、あの思い出の残るフクロウ亭へと道を踏みしめていった。