・ホリンと会えない日々 - ラリアットとドロップキック -
「道なりに侵入してきたとすると、じきにこの会場に現れますね」
「えぇぇーっっ?! なら、逃げなきゃ……っ」
「村長、ダン、私と共に戦ってくれますね?」
「頼まれなくともそうするわい! ダンッ、お主も腹をくくるがよいぞっ!」
「オ、オレッ?! な、なんで……オレ……強く、ない……」
会場の誰もがこう思った。
「そんなわけあるかよ、ダン! 今のお前ならモンスターなんてデコピン一発だって!」
「俺もクワで戦うだ! 一緒にやるべ、ダン!」
巨人になったダンさんが弱いはずない。
気弱なダンさんはそれでも迷っていたけど、勇気を出してうなずいた。
「あ、あたしも行く! あたしも魔法でちょっとなら戦えるから……っ」
「では私の後ろに」
「ありがと、ロランさん!」
「こらぁ、オラの出番はなさそうだべな……。やっぱここで見張ってるべ……」
先頭左側はダンさん、右側はヨブ村長さん。
中央にはロランさんが立って、魔法使いのあたしが後ろに立つ形で、あたしたちは道を東に出立した。
「おおっ、オークかっ! 食いがいがあるじゃねぇかっ!」
「こ、恐い……」
「ダン、どうか落ち着いてご覧を。オークたちの方が、貴方に畏れをなしているように見えませんか……?」
敵はオークの群れだった。
凄く大きな大鬼だった。
でも、ダンさんの方がずっとおっきい!!
オークたちは自分を超える巨人に足を止めて、ダンさんを見上げて固まっていた。
「よっしゃ、ぶちかませっ、ダンッ!」
「うっ……わ……わああああーっっ!!」
オークたちはダンさんの突進に畏れをなして分散した。
でも巨人ダンさんは足も異常に速い。
追い付かれて、ダンさんの張り手を受けて吹き飛ばされていた!
「ロラン殿ッ、ムギちゃんを任せたぜっ!」
「ええ、お任せ下さい」
なんか、思ってたのと違う……。
逃げまどうオークたちを、村長さんの鋭い正拳突きと、ラリアットと、ドロップキックと、ブレーンバスターが各個撃破していった。
「コムギさん、敵の脚を頼みます!」
「は、はい……っ」
何体かがこっちに流れてきた。
あたしはロランさんに言われた通りに、炎の矢で敵の脚を狙い撃ちにした。
ロランさんの剣が光のようにひらめき、体勢を崩したオークを次々と宝石へと変えていった。
「ソイツで最後じゃ、ダン! 今だ必殺、ドロップキックじゃ!」
「ア、ウ……アーッ!!」
最後のオークはダンさんの跳び蹴りを受けて、丘の向こうまで飛んでいった……。
ダンさんの巨体が地に落ちると、地震みたいに大地が揺れて、あたしは危うく転びそうになった。
「ウォォォォーッッ、見事な興行じゃったぞ、ダンよォォッッ!!」
「オ、オレ……敵、やっつけ、た……。オ、オレッ、つ、強い……?」
強い……ダンさん、凄く強い……。
ロランさんの出番ほとんどなかったくらい、圧倒的な強さだった!
「コムギッ、逃げろっ!!」
「へ……?」
全部終わったと思った。
だけどそこに、ホリンの鋭い声が響いた!
「俺のコムギから離れろっ、このオーク野郎ッッ!!」
「えっ、まさか、ホリンッそれ違……っっ」
ホリンがあの雷神の剣を手に突っ込んできた!
ダンさんに!!
「う、あ……」
ダンさんは仲間を傷つけられるような人じゃない!
ダメ、ホリン!!
だけどまた信じられないことが起こった。
ロランさんが消えた……。
ううん、信じられない瞬発力で流星のように突進して、ダンさんとホリンの間に入って、雷神の剣を両手で止めちゃった!!
「ロ、ロランさん……っ?」
「このバカ孫がッッ!! 成敗ッッ!!」
「爺ちゃんっ?! うわあああああっっ?!!」
剣をロランさんに封じられ、身動きが取れなくなったところを、ホリンはヨブ村長さんに腰を掴まれ、空に投げ飛ばされていた……。
ホリン……ちょっとくるのが遅かったみたいだね……。
あたしは投げ飛ばされて土埃だらけになったホリンに寄って、しゃがんで服を払ってあげた。
「ホリン、ついてなかったね……」
「なんなんだよ……っ!? あれって、ダンさんだよなっ!? なんで、オークみたいにでっかくなってんだよっ!?」
「えっと……。ごめん……」
「またお前かよ……っ」
「体力のジャムパン、作ってみたの……。そしたら、ああなっちゃった……」
ホリンの服のあちこちを払って、手を差し伸べて立たせてあげた。
あんなに会いたかったのに、会ってみるとなんかいつも通りだった。
「コムギ、お前痩せたか……?」
「えへへ、そう……? ありがとっ!」
「褒めてねぇよ、痩せて心配だって言ってんだよ……っ」
「へへ……心配してくれてありがと!」
「お、お前な……」
あたしは言葉を忘れてホリンを見つめた。
10日ぶりのホリンは、気づかうようにあたしのことを見ていた。
「それにしてもロランさん、凄かったね」
「おう……。俺の雷神の剣が、まさか手だけで止められるなんて……。少しはロランさんに追い付けたと思ったのに……」
「ホリンの倍も生きている人だよ? 追い付けなくて当然だよ」
ホリンの手を握って慰めた。
なんか、こうして話していると気持ちが落ち着く……。
ホリンは落ち込んでるみたいだけど、なんだかしっくりくる……。
ホリンと話しているだけで、なんか安らぐ……。
「あれっ、ダンさんとロランさんは……?」
「二人なら何も言わずに帰ってったぞ」
「えーっ、一声かけてくれたもいいのに!」
「気を使ったんだろ……」
あ、そういうことか。
あたしは遠い二人の姿を見送って、それからホリンとまた顔を合わせた。
「ホリン、修行終わりそう?」
「もうちょっとだと思う……。てか、俺、塔に戻るよ」
「え……。もう戻っちゃうの……?」
「魔女の婆ちゃんと、ソフィアが無事か気になる」
フィーちゃんの無事、それはあたしも気になる。
久しぶりに会えたのに、もう帰るなんて薄情だけど……フィーちゃんの身の安全には変えられない。
「ホリン、それなら魔女さんに伝言をお願い。魔女さんの木イチゴのジャム、ジャムパンにしたらみんな凄く喜んでた! って伝えて!」
「おう、ざっくり伝えておくぜ! ……じゃ、また今度な」
「うん……またね、ホリン……」
ホリンはそう言いながらも背中を向けなかった。
迷った様子で自分の足下を見て、それから何を思ったのか勢いよく顔を上げた。
あたしはとっさに一歩下がった。
するとホリンに手を握られた……。
ホリンの方からあたしの身体に触れてくるなんて、滅多にないことだった。
「コムギ……」
「は、はい……。じゃなくて、何……?」
「待たせて悪いっ! 俺っ、修行がんばって、魔女の婆ちゃんを納得させるからよ! もうちょっとだけ待っててくれっ!」
なんか意外だった……。
言ってくれたら嬉しいけど、ホリンがこんなことを言うなんて意外だった……。
「うん……。わかった! 次の町、楽しみだね、ホリン!」
「おうっ、絶対一緒に行こうぜ! んじゃ、またな!」
ホリンはお子様みたいに元気に駆けて、あっという間に丘の彼方へと去っていった。
ロランさんみたいな大人の落ち着きとか、情緒とか、そういうのはホリンにはなかった。
あたしも背中を向けて、みんなの待つ広場に帰った。
もうちょっとがんばったら、ホリンと新しい町に行ける。
そう思うと、残りの仕事ももっとがんばろうって気になれた!