・サマンサ王宮にて
・もう一人の勇者
イベリスとユリアンと一緒に謁見の間に通されると、そこに玉座に腰掛けるベルさんがいた。
そしてその隣には、あの嫌な前皇后が立っている。
「わざわざ城まできてもらってすまんな、ホリン」
「いえ、構いませんよ、ロベール陛下。城でうちの祖父が脱ぎだしたら、困りますので」
「ハハハ、あの爺さんならやりかねねぇな」
懸念はこのオバちゃんだ。
コムギに変なことをされたら困る。俺も、ベルさんも。
「おっと、ご挨拶が遅れて申し訳ない、イベリス姫。このたびのスイセンからの援軍、このロベール深く感謝している」
「わたくしはムギちゃん師匠の要請に従ったのみですわ」
それにこうやって上辺の付き合いをしなければならないのは、ここにこのオバちゃんがいるからだ。
早くここから退席してほしい。
「わたくしのロベール。本当に鉱山から魔物があふれるのですか?」
「再三、そう言っていたはずだが、まだ疑問があるのか、母上?」
「当然です。なぜ貴方はこの者たちの言葉を簡単に信じるのです。根拠がないのに、なぜ?」
俺、このオバちゃんやっぱり嫌いだ。
こんなふうに我が子を威圧するなんて間違ってる。
ベルさんはお前の傀儡じゃない。
って言ってやりたいけど、やっぱりこのオバちゃんと関わりたくない……。
「このままでは危険だと、この国の研究者も主張しています」
「ロベール陛下、こちらわたくしの父、スイセン王からの書簡ですわ」
「うむ、確かに受け取った。ふむ……貴殿らをよしなに、と書いてあるな」
アッシュヒルが滅びた世界のコムギ、攻略本のコリンのやつが言うには、この時この瞬間、危険性を訴えた研究者は投獄されたそうだ。
そこで勇者は金鉱山の危険性を証明するために調査を始めた。
やがて紆余曲折の果てに、ついに説得材料となる証拠を見つけ出したそうだけど、結局は間に合わず、金鉱山から魔物があふれ出すことになってしまった。
ロベール王は事態を収拾するために勇者と手を結んだ。そして工員や軍人に多大な被害を出しながらも、2人は金鉱山に眠る怪物を倒し、鉱山を封じた。
それが悲劇の勇者ホリンが歩んだ正史。
しかし俺たちはもう、ベルさんと出会ったあの日から、あるべき物語から脱線してしまっている。
この先何が起きるかは、未来からきたコリンにだってわからない。
「さて……では行くか」
「待ちなさい、ロベール。まだ政務が残っていますよ」
「全てあちらに持ち込めばなんの問題もない。行くぞ、ホリン、イベリス姫に従者インセンスよ」
「待ちなさいと言っているでしょう、ロベール! 貴方のためと思って言っているのです! 平民とこれ以上なれ合うのはよしなさい!」
やなカーチャン……。
ロベールにはやっぱ同情しかないわ。
大好きな兄と争わされて、今は王の責務を押し付けられてしまっている。
「なんです、その目は?」
「今回だけ俺たちを信じて下さい。サマンサにとっても絶対損にならないはずです」
「金の採掘量を減らすなんてどうかしているわ」
「そうですけど、でも今は――」
俺が反論しかけたところで、ユリアンさんから大きな腹の音が響いた。
「おっと失礼、腹ぁ減っちまいましてね。ロベール陛下、すまねぇが早く飯食わせてもらえやせんかね?」
「わたくしもムギちゃん師匠と早くバカンスを楽しみたいですわ!」
俺たちはベルさんと一緒に謁見の間を出た。
前皇后から逃げ出すようにベルさんの馬車に乗り込んで、そこでやっと一息を吐いた。
ちなみにインセンスさんは御者席に座った。
「苦手ですわ、わたくし……あっ、ごめんなさい、ロベール様!」
「こちらこそすまん。根拠がないと言う母上の言い分もわかるがな、ホリンと海賊ユリアンが言うならば間違いあるまい。研究者の話も筋が通っていた」
そう答えながらも、ベルさんは実の母親に心底困り果てているのか、ため息を吐いていた。
あのオバちゃんによっぽど苦労しているんだろう。
「その話はもうよそうぜ」
「ホテルにゃミニカジノがあるそうじゃねぇか。夜には商談に戻らなきゃならねぇが、それまで付き合えよ、お前ら」
「それはコムギの予定次第だ」
ユリアンさんにではなく、俺をまっすぐ見ながらベルさんはそう言った。
「ふふふっ、聞きましたか、ユリアス様っ?」
「俺ぁユリアンだ」
「1人の女性を巡って張り合う男と男……っ、しかもその2人は親友……っ、これは目が離せませんのっ」
「変わらねぇなぁ、姫さんは。……せいせいがんばれよ、お前ら。コムギは相当鈍いぞ」
そんなコムギにロベールは強く迫るだろう。
そうなると俺は、これまで通りの俺だと競り負けてしまう。
コムギとのこれまでの関係性を変えることになっても、俺もお前のことを見ていると、アピールしないといけない。
「さすがはムギちゃん師匠ですわ……っ」
「姫様、それ以上はお控えを」
インセンスさんに釘を刺されると、ちょうど馬車は港に到着し、俺たちはそこから王家の船で、保養地バランシアへと海路から乗り込んだ。