・いざ黄金郷へ! - 出発の朝 -
ついに出発の日がやってきた!
あたしはまだ外も真っ暗な朝一番に起きて、2匹もいることでさらに頼もしくなったロマちゃんたちとパンを焼き始めた。
もちろん、午後に焼いてもらうためのパン生地もそれに平行してロマちゃんと一緒に捏ねていった。
昨日はなかなか寝付けなかったけど、やってることはいつもと変わらない朝だった。
ピンクと青のロマちゃんがポヨンポヨンと跳ねてパンを捏ねる姿があたしには凄く面白い。
人より早起きしなきゃいけない大変な力仕事のはずなのに、あたしはこうしているのが好きだ。
今日もパンの香ばしい香りがお店中に広がっていた。
やがてパン焼き窯が最後のパンを焼く頃になると、村長さんとホリンがお店にやってきた。
空はもう明るくなっていて、小鳥たちのさえずりが辺りに木霊していた。
ホリン、村長さんに引っ張られてかなり迷惑そうだったけど。
「朝から無理はいかんぞ、ムギちゃんや。配達はこのバカ孫に任せればいいんじゃからな」
「爺ちゃん……ずっと、眠ぃって言ってんだろ……」
いつものホリンはもう少し朝に強いはずだけど、もしかして今日が楽しみで寝付けなかったのかな。
「ワシは念のため、他の連中を叩き起こしてくるわいっ、ヌワハハハッッ!」
「迷惑だってつってんだろ、爺ちゃん……待ってりゃみんなくるっての……」
あたしは朝に強いから平気だけど、普通に考えたら村長さんに叩き起こされる朝は嫌かも……。
「しっかりせんかい! それでもムギちゃんの僕か、孫よっ!」
「自分の孫を人の僕にすんなっての……」
村長さんはガハハと笑って、元気な駆け足でうちのお店を出て行った。
ヒィフゥハァと今にも死んじゃいそうな声を漏らしながら、足腰をプルプルと振るわせてお店にきてくれたあの頃の村長さんのことを、ふと思い出すたびにその元気さにわたしは笑ってしまう。
でもそれはホリンも同じみたいだ。
ホリンの顔は眠気混じりだったけど、それでもどこか嬉しそうだった。
「ごめんね、ホリン。手伝ってくれる?」
「おう……でもほどほどにしとけよー……。後のことは、村の連中に任せりゃいいんだからよー……」
「うぅぅ……やっぱり旅行、止めようかな……。あたし、お店と村のことが心配だよ……」
「お前がサマンサに行かなきゃ何も始まんねーってのっ」
「なんであたしなんか勇者なんだろ……。ただのパン屋さんなのに……」
「けどお前、昨日までは『旅行すっごく楽しみっ』とか言ってた気がすんぞ」
「それはそれっ、これはこれっ! 今回はロランさんもフィーちゃんも不在になるんだよっ!?」
パンが焼き上がるまで、ホリンとお喋りをしながらパンを捏ねた。
パンが焼き上がるとホリンがパン焼き窯から取り出してくれて、それをパレットに積んで配達してくれた。
行き先はいつもの直売所と、ゲルタさんの酒場宿だ。
朝からホリンがお店にきてくれて、内心ちょっとだけ嬉しかった。
それからしばらくするとホリンが帰ってきた。
窓から外をのぞくと、空になった台車にフィーちゃんが乗っていた。
「おはようございますっ、コムギおねーちゃん! 今日はお仕官のためにっ、フィーはがんばりますっ!」
「えーーっっ、フィーちゃんはまだ仕官なんてしちゃダメだよ! 大人になるまでは、この村にいてくれないと寂しいよーっ!」
「へへへ、ちょっと困るけど、嬉しいのです……」
「ま、アルクエイビスの婆ちゃんに認められるまでは無理だろな」
「そ、それは言っちゃいけないのですよーっ! これは……これは未来のご仕官のためのっ、ネコ作りなのですよーっ!」
「コネな」
「へ……? ぁ……」
魔女さんには後で言ってこう。
フィーちゃんに仕官はまだ早いから、大人になるまでしっかり面倒見てって。
「そろそろ集合の時間だぜ。……おいっ、ちょっと待て!」
「え、何ホリン?」
ホリンがそう言うので、あたしはこの日のために用意した大きなバックを肩にかけてお店を出た。
「戸締まりをしろってのっ! 毎度毎度、何普通に鍵もしないで出かけようとすんだよっ?!」
「大丈夫、今回は頼れる留守番がいるから」
青いロマちゃんをやさしく撫でると、ポインッと跳ねた。
ピンクのロマちゃんがこっちは任せろと、顔をキリッとさせていた。
「ロマちゃんがいれば、パン屋さんも安心なのですっ」
「いや、ロマだけじゃ色々と無理があるだろ……」
そういうわけでお店を青いロマちゃんに任せて、あたしたちは丘を上ってゲルタさんの酒場宿に目指した。
みんなこの旅行を楽しみにしてくれていたのか、あるいは村長さんに叩き起こされちゃったのか、もう酒場の軒先に集まっていた。
「収穫、終わって、手、空いてる……。オ、オレ、ロラン様のため、がんばる……」
「頼りにしていますよ、ダン」
ダンさんはフィーちゃんのミニママイズの魔法で、元の背丈に戻っていた。
凄く恐がりなのに勇気を出して手伝ってくれるところが、ダンさんの男らしいところだった。
「アンタたち、あんまり外の連中をビビらせんじゃないよっ、いいねっ!?」
そうゲルタさんが怒号を送った相手は、なんと人間じゃなかった。それはあの災厄の日にメロメロにした、スケルトンさんたちだった。
スケルトンさんたちが担ぐ御輿の席に堂々と腰掛けるゲルタさんの姿は、ふてぶてしいを通り過ぎてカッコイイほどだった。
でもあのスケルトンさんたち、今日までどこにいたんだろう……。
そう疑問に思ってちょっと聞いてみた。
「うちの地下倉庫に寝かしてたに決まってるじゃないかい」
「ええええーーっっ?!」
「うわ、怖……っ」
ホリンがそう言葉を漏らしたけど、あたしも同感だ……。
地下倉庫に動く人骨たちが眠っているだなんて、万一知らずに地下に入ったら、あたしだったら腰抜かすだけじゃ済まないと思う……。
「うむっ、ではムギちゃんや、出発の合図を頼むぞいっ!」
「え、あたしがっ!?」
もうみんな集まっているのだから、後はみんなで下山してモクレンに行くだけだった。
「ムギちゃんが始めたことじゃぞい。ムギちゃんが先導してこそ、気持ちよく出発できるってもんじゃ!」
でも、いきなりそんなこと言われてもあたし、なんて言えばいいかわかんないよ……。
えと、ええっと、えと……っ。
「……み、みんなっ、楽しい海外旅行のついでにっ、どうか力を貸して下さいっ! あたし、アッシュヒルだけ救われて他が救われないだなんてっ、そんなのダメだと思うのっ! 助けられるなら、みんな助けなきゃっ!」
そうお願いすると、みんながあたしのつたない言葉に笑顔と賛同をくれた。
「はっ、勇者様の冒険に、勇者の村の仲間が付いてっちゃいけないんなんて決まりはないよ! あたいらに任せときな!」
「ヌァハハハハッ、ワシの筋肉も新たな強者を求めてうずいておるわーっ!」
だってそう、そうだった。
ここにいるみんなが、あの破滅の日の生存者なんだから。
みんながサマンサを金鉱山の災厄から守るべきだと認めてくれた。
スケルトンさんも片手を空に突き上げて歯を鳴らして、賛同してくれて――いたと思う、たぶん。
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