・目指すはサマンサ、遠征の準備をしよう!
日々が過ぎ去り晩秋を迎えたある晩、あたしは攻略本さんにこう言われた。
『コムギ、そろそろメインストーリーを進めてはもらえないだろうか?』
「え、いいけど……次は何すればいいの?」
勇者の役目のこと、忘れていたわけではないのだけれど……。
今もあたしは街道整備をしてくれる労働者さんたちのために、たくさんがんばらなればいけなかったから、旅のことを考えるどころではなかった。
だけどもうすぐ、東の山の彼方にある町に街道が繋がる。
そうしたら労働者さんたちが村から帰るから、やっとパン屋の業務も楽になる。
そうなったらまたロランさんとフィーちゃんに店をお願いして、またホリンと勇者の旅に出ようと考えていた。
『勇者ホリンはイベリス姫を助け、偽皇后退治に2ヶ月をかけた』
「えっ、2ヶ月もっ!?」
『目的のために、いくつもの遠回りをしたのだ。敵は強大、こちらは少数、致し方なかった』
あたしは攻略本さんを抱いて居間を出ると、階段を上がってロマちゃんの待つ自室に入った。
もう肌寒いけど、暖炉にはまだ火を入れていない。
薪、もったいないし。
だけどベッドに入ると、ひんやりしたロマちゃんが胸にくっついてきて、ちょっと後悔した……。
『そして皇后を倒した私とイベリスは、港モクレンに向かった』
「あ、ユリアンさんの出番!?」
『そうだ、そこで海賊ユリアンと出会った。定期便を待たずに商船に乗せてもらったのだが、我々はその商船に海上で寝首をかかれた』
「それって、その商船が悪い海賊さんだってこと?」
『そうだとも』
「あははっ、それってあたしの時と似てるね!」
寝ようかと思ってたけど、なんだかお喋りが楽しくなってきた。
ベッドの中で攻略本さんを開いて、モクレンの項目を読みながらもう1人の私の冒険譚を聞いた。
『今思えば、あれも同じイベントだったのかもしれんな。その後、海賊ユリアンは根城であるポート・ヘイブンに我らを招待してくれた。そこでユリアンは、サマンサに我々を連れて行ってくれると言ってくれたのだ』
それもこっちの世界のあたしと同じだ。
ユリアンさん、元気かなぁ。
ホリンがモクレンに行くときにパンを持たせているけど、そろそろ海賊さんたちにあたしも会いたい。
『我々はサマンサに渡り、そこで金鉱山の危険性を訴える学者と出会った。私はその時、スイセン王の紹介状を持っていてな、学者と共にロベール王に謁見した』
「でも学者さん、捕まっちゃったんだよね……?」
『ああ。彼を守るために金鉱山の危険性を証明しようと、また手を尽くすことになった。確かそれが、今頃だったはずだ』
「え、今っ!?」
『心配はない。君は既にロベール・サマンサの信頼を得ている。だがまだ、金鉱山に眠るボス、太古の悪霊を倒してはいない』
「それあたし……ベルさんと閉じ込められたとき、見たかも……。巨人のおっきな骨の怪物っ、緑のもやもやに包まれてた!」
『そいつだ。そいつをイベリス、ロベール、ユリアンと共に私は打ち倒した。見捨てられ、生き埋めにされた鉱夫の存在をロベールは知り、金鉱山を閉鎖させた。それがサマンサの物語だ』
あの時は大変だった……。
2度と外に出れないのかと、何度も絶望した……。
まるで、地獄の底に迷い込んだかのような恐ろしい体験だった……。
「じゃあ、みんなを集めて、怪物をやっつけるだけ?」
『そうなのだが、前もって手を打っておきたいおきたいことがある』
「へへへーっ、そこで攻略本さんお得意のスピード攻略だねっ!」
『うむ……まあ、そうだな。私の生きた世界では、金鉱山から魔物の群れが吹き出し、かなりの被害が出た……』
え、それって大変だ!
でも今から人を集めておけばやっつけられる!
『鉱山の労働者の半数が死傷。モンスターの群れを迎撃した軍にも甚大な被害が出た』
「じゃあ、採掘を一時的に止めさせればいいのかな?」
『それではサマンサの民は納得しないだろう』
「そうだけど……」
『それに、メインイベントは基本的に回避できないと思った方がいい。逆らおうとしても、あの不死身のグレーターデーモンのようなものが現れると見るべきだ』
「う……あれとはもう、2度と戦いたくないね……」
『そこでだ。サマンサの鉱山事故を最低限の被害で解決する手を思い付いた。それは――』
攻略本さんが重々しい間を作るので、あたしは本を閉じて胸に抱いて、言葉の続きを待った。
ごくり……。
『ザ・サンダー・グレート・ヨブだ』
「えーーーっっ、村長さんっっ!?」
『ならびにロラン・サマンサ。巨人ダン、魔物使いゲルタ、小さな大魔法使いフィー。アッシュヒルを滅亡から守った英雄たちをサマンサに集め、サマンサ軍と共に魔物の群れを迎え撃つ』
えっと、つまり……。
みんなで、南国旅行ってことっ!?
わーっ、それいいかもっ!
『私の意見、どうだろうか? 忌憚のない感想を――』
「うんっ、楽しそう!!」
『たの……楽し、そう、だと……?』
「賛成っ、みんなでサマンサ旅行に行こう! そしてついでに、サマンサも守る!」
そう叫ぶと、攻略本さんが黙り込んでしまった。
それから少し経って、攻略本さんはボソリと『そういう考え方もあるのか……』と、なんか感心してた!
「では頼まれてくれるだろうか。私の世界で起きたサマンサ金鉱山の悲劇を、君の手で止めてくれ。アッシュヒルを守り抜いた君なら、きっと運命を変えられる」
「うんっ、わかった! みんなの説得、あたしに任せて!」
ところが話がまとまると、ロマちゃんが掛け布団の中から出てきて、ポヨンポヨンと跳ね始めた。
『す、すまん……。よければ君の手も貸してくれるだろうか、最強のスライム・ロマよ』
あ、そういうことか。
サマンサ旅行には、もちろん最強のロマちゃんも付いてくることになった!
・
翌日になると、あたしと攻略本さんはホリンに同じ話をした。
そしたらホリンのやつ、やけに熱くなっていた。
「ロベールの助けになってやろうぜ。イベリスとユリアンさんも呼びにいかないとなっ!」
「あ、うん……」
「けどロランさんはどうする? 普通に、あっちには行きたがらないと思うんだが……?」
『正史で起きたことを話せば彼は同行を選ぶだろう。後は変装だな。ロベールに気付かれようとも、ロベール以外に気付かれなければ問題なかろう』
そう決まって、ホリンはロランさんにこの話を伝えに行った。
あたしはお店に戻って、今日の仕事をがんばりながら、秘密兵器を仕込んだ。
名付けて、チョコクッキーソード量産計画!!
ロマちゃんと一緒にがんばっていった!!
それからお昼頃になってご飯を食べると、ロランさんがお店にやってきた。
「コムギさん、何か手伝えることはありませんか? ん、これは……剣を模したチョコパン……?」
「えへへ、それはね、秘密兵器だよ!」
ロランさんはチョコクッキーソード(未焼成)に首を傾げていた。
「コムギさん……」
「なあに?」
「私も遠征に加わります。それがロベールとサマンサの民のためになるならば、私はサマンサに戻り戦いましょう」
「うん……。でも、サマンサに残るとか言わないでね……? ロランさんは、アッシュヒルにいてほしい……」
「貴女のいる場所が、私の居場所です」
ロランがやさしく微笑んでそう言ってくれるとホッとした。
ロランさんを取り返そうとするベルさんに、ロランさんを近付けるのは不安だけど、絶対渡さないけど、ロランさんはサマンサに向かうべきだった。
「絶対だよ! ずーーっとっっ、アッシュヒルにいてねっ、ロランさんっ!!」
「もう2度と私はアッシュヒルを捨てません。カラシナさんに拒絶された程度でこの村を去ったのは、人生最大の過ちでした……」
それならよし!
あたしはロランさんと一緒に、チョコの香りが最高のチョコクッキーソードを焼いていった!
「パンが……ただのパンが、よもや、斬鉄剣になるだなんて……。ははは、カラシナさんがこれを知ったらひっくり返るでしょうね……」
こんなことでもお母さんの名前が出るだなんて。
ロランさんはいつだって、うちのお母さんラブだった。
投稿が遅れてしまいました。
すみません。後遺症と体力低下でなかなか元の生活に戻れません。
これからも応援して下さい!