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・予言者カラシナが見たもう一つの未来

・予言者カラシナ


 コムギは不思議な子供だった。

 3歳の頃からもうパンを捏ねたがって、5歳になると自分一人で小さなバケットを焼いてしまった。


 7歳の時点で炎の魔法使いの片鱗を見せ始め、翌年にはフレイムの魔法をほぼ完璧に使いこなすようになっていた。


「おかーさんっ、お帰りなさい!」

「ただいま、コムギ。いつも店番お願いしちゃってごめんなさいね」


「うーうん、あたしお店屋さん好き!」

「そう。コムギはパン屋さんになるために生まれたような子ね」


 その才能は大魔法使いの資質にも見えた。

 そうなると、魔女アルクエイビスのところに弟子入りさせるのが、この子のためなのかもしれない。


 そう考えたこともあるのだけれど、結局修行には出せなかった。


「あのね、村長さんから伝言! 街道、また見てほしいって!」

「ありがとう。伝言までしっかり覚えてくれているだなんて、コムギは店番の天才ね」


 この子こそがロランとわたしの最後の繋がり。

 パンも魔法も接客も、わたしはなんでもこの子に教えてあげたかった。


「あのねっ、それでねっ、今日の朝ねっ、ホリンお兄ちゃんがねっ、またお花畑に連れてってくれたの!」

「あら、よかったわね」


「うんっ、ホリン、やさしくて好き!」

「ふふふっ、ならお母さんから、ヨブによーく言っておくわ」


 未来の勇者ホリンと、予言に存在しない登場人物であるコムギ。

 この2人の繋がりは、運命を視るわたしにもよくわからない。


「言う? 何をー?」

「ホリンくんのお嫁さんに、うちの娘はどうですかーって、頼んでみるわ」


「本当っ!? あたし、ホリンお兄ちゃんのお嫁さんになれるのーっ!?」

「ええ、きっと」


 わたしは運命が訪れるその日まで、大切なこの子を育てて生きた。

 コムギはお節介で心やさしく、小さいのに気配りが利くところがロランにそっくりだった。


 コムギが寝坊したわたしのために朝食を作ってくれた時は、ロランと暮らしていた頃を思い出して、涙があふれかけた。

 あの時、破滅の運命をわたしが受け入れれば、ここにロランも一緒にいたのだろう……。


 あの時のわたしの選択はやはり間違っていたのだろうかと、そう悩まない日はなかった。



 ・



 それからコムギが13歳を迎えた夏のある日、わたしは自分自身の未来を視た。


 もうそう遠くない将来、自分は命を落とす。

 娘のコムギが店を継ぎ、村の人々に支えられながらも立派に独り立ちをする。


 けれどもその少し先の未来には、アッシュヒルの滅亡という避けられない未来がある。


 わたしは毎日毎日、夜遅くまで悩んだ。

 コムギを外の世界に疎開させるべきだろうか……。


 いっそ、ロランに手紙を出して……コムギを引き取ってもらうべき?

 けれどそれをしてしまったら、ロランの運命が再びアッシュヒルと繋がってしまうかもしれない。


 悩み、悩んで、わたしは相談相手を求めて、魔女の塔を訪れた。


 ここはわたしがやってきた元の世界に通じる塔。

 けれどもう、あちらに帰ることは許されていない。


「門の番人アルクエイビス、教えて……。わたしはコムギをどうすればいいのかしら……」

「それは、姉様が決めることさ……」


 彼女とはとても古い付き合いだった。

 わたしはアルクエイビスが5つの頃から知っている。


「そうなのだけど、決められないの……」

「なら、姉様は、本音の姉様は、どうしたいんだい……?」


「コムギを守りたい……。でも、ロランがアッシュヒルで死んでしまう未来は嫌っ! そうなってしまったら、なんのためにあんなに辛い思いをしたのかわからないっ!!」

「何も視えなかったら、姉様はロランとコムギと、幸せな親子になれたんだろうね……」


「そうね……」

「姉様はコムギに手に職を付けてやりなよ。本当に姉様の予言通りになっちまったら……ヒェッヒェッヒェッ、あたいがコムギを外に疎開させとくよ」


 わたしはアルクエイビスに感謝して塔を離れた。


 アルクエイビスの見解は、村の皆を疎開させても破滅の結末は変わらない。

 けれど可能性があるとすれば、それはコムギ。


 予言の世界に存在しないコムギなら、何かを変えられるのではないかと彼女は言った。


 わたしもそう思う。

 予言の世界のわたしに娘がいなかったのは、ロランを拒絶した日から、既に運命の道筋から脱線し始めているからだと。


 わたしはこの日から精霊の祠に通い、毎日欠かさずに祈りを捧げて過ごした。

 夏が秋に、秋が冬になっていった。


 そんな明くる日、わたしは精霊の祠にて信じられない未来を視てしまった。


「ロラン……あなた……アッシュヒルに、帰ってきてくれたのね……。ああ……あんなに、酷いことをしてしまったのに……」


 それは可憐に成長したコムギとロランがあの家で、仲睦まじく親子として暮らしている夢だった。

 予知の世界の2人は、なんと絶対不可避の未来を乗り越えていた。


 食卓には2人分の食器が並び、その傍らにはロマと呼ばれる小さなスライムがいた。


 けれどわたしはそこにいない。

 願えば叶ったかもしれないこの夢を、自分で手放してしまったのだから、仕方がない……。


 いったいどんな方法を使ったのかわからないけれど、これこそがわたしの願った未来だった。


 わたしがこれ以上の介入を止めれば、この最高の未来がやってくる。

 わたしの役目は、愛する2人のために、己の死の運命を受け入れること。


「よかった……ロランが無事で、本当に……」


 もし、この未来の世界にわたしの言葉や想いを残せるなら……。

 わたしはロランに伝えたい。

 わたしの本当の気持ちを。


 ロラン、傷つけてごめんなさい……。

 わたし、あなたが帰ってきてくれて、本当に嬉しかった……。


 わたしは精霊に感謝の祈りを捧げた。

 それが済むと自宅の部屋に引き返し、彼に貰った黄金のブローチを取り出した。


「ああ、こんなことなら、あの日あなたを拒まなければよかった……。運命って、わからないものなのね……」


 伝えたい。

 未来のあの子とロランにわたしの気持ちを……。


 ロラン、わたしのコムギをお願い。

 コムギ、どうか幸せになって……。

次回更新、非常に短くなります。


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