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・風の巡る丘にて、ある故人の追想 後編

 わたしの予言は外れない。

 わたしは死に、ロランもまた非業の死を迎える。


 わたしはどうなってもいい。

 けれどロランにだけは幸せになってほしい。


「本気なのかい、カラシナ姐さん……?」


 そこでゲルタに協力を求めた。


「わたし、未来を変えたいの……。このままロランが村に残ったら、ロランはこの村で死んでしまうの……」

「だからって、いきなり追い出すなんて、それじゃロランの気持ちはどうなるんだい……?」


「わざとよ」

「な、なんだって!? どうしたんだい、カラシナ姐さん!」


「ロランに心の傷を与えるの。アッシュヒルに二度と戻ってこれなくなるくらいの、辛いトラウマをロランの心に与えれば……未来のロランはきっと救われるわ」


 ロランがヨブに頼まれて村の外に出ている隙に、わたしはゲルタと協力して、彼の私物を全て宿に運んだ。


 ロランの未来を切り開く鍵は絶望。

 これからわたしは絶望を彼に突き付ける。

 わたしは心を凍り付かせながら、ロランの帰宅を待った。


「ただいま、カラシナさん」

「お帰りなさい。突然だけれど、すぐに2階の部屋にきてくれる……?」


「荷物でも運ぶのかい?」

「見ればわかるわ……」


 わたしは彼を導き、空っぽになった彼の部屋を見せた。

 泣き出したくなるのを堪え、厳しい昔のわたしに戻って愛する人を鋭く睨んだ。


「これはいったい……。カラシナ、さん……?」

「荷物は全て、ゲルタの宿に運んだわ」


「待って下さい、なぜ突然、そんなことを……わけがわからない……。な、なぜ……」

「出て行って……」


「ぇ…………。な、何を言っているのですか、カラシナさん……っ!?」

「あなたにはもう飽きたの」


 嘘。あなたがよぼよぼのお爺ちゃんになっても、一生を添い遂げるつもりだった。

 でもそれはもうできない。あなたはその前に死んでしまう。


「何を言い出すのです! 昨日だって貴方は私に、愛していると……」

「嘘よ。若い子をからかって遊んでいたの。さあ、早くここを出て行ってくれないかしら?」


 未来のためにわたしはロランの心に傷を刻み付けた。

 悪い女を演じて、彼の必死の言葉を全て拒んだ。


 ロランの心を折るには時間がかかった。

 けれどついにロランは絶望に膝を突き、茫然自失となってわたしを見上げることになった。


 わたしも狂いそうなほどに胸が痛んだ。

 けれどこれは彼のため。

 心を鬼にして、わたしはもう1度彼に言った。


「出て行って……。もう2度と、アッシュヒルに姿を現さないで……。あなたはサマンサの王になる人よ……道を誤らないで」


 ロランはここ定住したら死ぬ。

 いつの日か、予言通りに帰ってきても死ぬ。


「誓って。2度とアッシュヒルに戻ってこないと、そう誓ってっ、ロランッ!!」

「貴女がそう望むなら……私は、貴女の望み通りにいたしましょう……」


「それでは足りない! ちゃんと言葉にして誓って……! アッシュヒルには戻らないと、そう言葉にして!」

「なぜ……そこまで……?」


 ここでロランに疑念を抱かせるわけにはいかない。


「いいから誓ってっっ!!」


 わたしは涙を堪え、ロランを鋭く睨んだ。

 愛憎は表裏一体。憎しみを演じるのはそこまで困難でもなかった。


 愛する人の突然の心変わりに、ロランは深い絶望に飲み込まれ、しばらく言葉を失うことになった。


「わかりました……貴女の願いに従って、私は理想郷アッシュヒルを去りましょう……。二度と、この地には、近寄りません……」


 誓いを捧げると、ロランはあまりに痛々しく弱い足取りでわたしの前を去っていった……。

 階段が鳴り、下の廊下が鳴り、玄関が鳴って、愛する人がわたしの家から消えた。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ロラン……」


 涙を堪えきれなくなり、わたしは窓にすがりつきながら消えてゆくロランの姿を見送った。

 こうすればきっと、彼は祖国で伴侶を持つ……。


 そうすれば、地位を捨ててサマンサを去ろうとはしなくなる。

 最悪のあの未来は、ロランがわたしを忘れずに独身を貫いたから、ああなってしまった……。


「ロラン……どうか海の向こうで幸せになって……。あなたと一緒に過ごしたこの日々、わたしの人生で、一番幸せだった……」


 これでロランは救われた。

 結ばれるべき同族の、高貴な女性をめとって幸せになる……。


 残されたわたしはこれからどうにかして、アッシュヒルの未来を変える方法を探そう……。


 わたしのわがままで、ロランが勇者の礎となる未来を変えてしまったのだから、わたしが責任を取らなければならない。

 

「予言の世界に、いなかったのは……」


 1つだけ、わたしの予言には一致していない出来事があった。それは……。


「ごめんなさい、ロラン……。せめて一目だけでも、この子をあなたに見せてあげたかった……」


 わたしが彼との子を授かったことだった。

 きっとこの子は、未来を変える大きな因子となる。


 どんな子に育つか、わたしの目でも見えないけれど……。

 わたしはこの子を立派なエルフに育てよう。


 大好きなロランの代わりに、いつかこの部屋をこの子にあげて、未来を変える力をこの子に与えよう……。


「コムギ……早く大きくなって、お母さんとお話してね……」


 もし2人の間に子供ができたら、名前はコムギがいい。

 わたしは自分のお腹を撫でて、『あなたの名付け親はロランよ』と、一方通行の親子の会話を交わした。


 コムギ。わたしの予言にいない異質な存在。

 わたしの代わりにどうか、アッシュヒルを救って。

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