・銀縁眼鏡、海を越える - 名探偵ベルさん -
「ロベールだ。中に入ってもかまわないだろうか?」
「う、うんっ、どうぞっ!」
扉に手をかけると凄く軽かった。
あたしはベルさんと一緒に部屋のドアを開け放って、ベルさんがあたしの家に居るこの不思議に小さく驚いた。
「ふむ、窓が開いているようだな」
ギックゥッッ?!
「こ、この部屋っ、片付けの真っ最中なのっ! だから埃だらけでっ!」
「そのようだ」
ベルさんは部屋に入って、窓から身を乗り出して辺りを確かめた。
ベルさんってクールだから、それだけでちょっと威圧感があった……。
「なるほど」
「な、何が……っ!?」
「ちょうど死角だ。足場となる屋根もある。鍛えた人間ならば、そこから飛び降りるなど造作もないだろう」
す、鋭い……。
まるで名探偵ベルさんだ……。
ベルさんはあたしが家に飛び込んで、中の人間を逃がしたと見抜いていた。
「いや、こんなことをしている場合ではないな」
「へ……?」
「大まかな話はホリンとイベリス姫に聞いた。我も店の仕事を手伝おう」
「え……え、ええーーっっ?!! お、王様がっ、うちのお店を手伝ってくれるんですかーっ!?」
「ダメだろうか? 君と一緒にパンを焼いてみたいと、そう思っていただけなのだが……」
「い、いえ、凄く楽しそうでワクワクしますっ! でも、いいんですか……?」
「ぜひ手伝わせてくれ。君から多くのことを学びたい」
ロベールさんはまた窓の外を眺めて、満足すると階段を下りていった。
そしたら入れ替わりで、今度はホリンのやつが現れた!
「連れてくるなら連れてくるって先に行ってよーっっ!?」
「アイツとは最初からそういう約束だっただろ。今度俺が迎えに行って、アッシュヒルに招待するってよ」
「そ、そうだけどーっ!」
「アイツ、ロランさんの弟なんだろ?」
「そうだよっ! でも2人が出会ったらっ、まずいんだってばーっ!」
「向こうに行ったら俺、剣の試合を挑まれたんだ。アイツの剣、やっぱりロランさんにそっくりだった。小さな癖まで全部、ロランさんと全く同じだった」
「だから何……?」
「好敵手ホリンの師匠は、自分の兄。つまり兄は今アッシュヒルにいる。ベルさんはもう感付いている。だから連れてきた」
自分は船や馬車の代わりをしただけだって、ホリンはそう言いたいみたいだった。
でも、もしベルさんにロランさんを取られちゃったらどうしよう……。
あたしの予定では、この部屋でお父さんとして一緒に暮らしてもらうつもりなのに。
サマンサに帰られたら、困る……。
「それじゃ俺、爺ちゃんとこ行ってくるわ。サマンサからきてくれたみんなを助けてやりてーしな」
「でもあの人たちも、ロランさんの正体に気付いちゃうかもしれないじゃない……」
「大丈夫だって。あいつらは元々はロランさんに忠誠を誓った連中なんだってさ」
「ちょっ、全然大丈夫じゃないよっ、それーっ!?」
「あいつらは絶対にロランさんを裏切ったりしない。同じロランさんの信奉者として、俺とベルさんが保証する」
するとホリンは、普段のホリンらしくもなくあたしの肩に両手を置いた。
熱心な目があたしを見つめて、いつまでも視線を外そうとしなかった。
あたしはそこでやっと気付いた。
これ、いつものホリンじゃない……って。
サマンサで何があったのかわからないけど、あたしに凄く執着しているように、そう感じられなくもなかった……。
「コムギ……」
「な、なに……?」
「……これからも頼りにしてるぜ。どんな小さいことでもなんでも、困ったら俺に頼れよな?」
「え……?」
でもその一言だけだった。
あたしはホリンの後ろ姿を唖然と見送った。
階段を下りたホリンは陽気にみんなに挨拶をして、玄関を鳴らして店を去っていった。
取り残されたあたしは、しばらくしてからロランさんが消えた窓を閉めて、それからこう思った。
サマンサで、ホリンの身に何があったんだろう……。
あのホリンは、絶対いつものホリンじゃなかった……。
ホリンの両手の感触がまだあたしの肩に残っていた……。