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・サンドイッチデスマーチ!

 イベリスちゃんとの毎日は夢みたいに楽しかった!

 お姫様なのに文句も言わず、嬉しそうにあたしと同じベッドで眠ってくれた!


 仲の良い姉妹って、もしかしたらこんな感じなのかな……。

 一緒に働いて、一緒にご飯を食べて、夜はロマちゃんを間にはさんで、眠くなるまで一緒にたくさんのお喋りをした。


 イベリスちゃんには1つだけ小さな問題があったけど、あたしからすればそんなの些細なことだった。


 そんな楽しい滞在者と一緒の生活の中で、あたしは時折時間を見つけては、お母さんの部屋を少しずつ片付けていった。


「ムギちゃん師匠~っ、おーいっ、どこですの~っ!? そろそろおパンが焼けますのよーっ!」


 その日だってそうだった。

 綺麗な黄金のブローチを見つけて興奮したのもつかの間、あたしはイベリスちゃんに呼ばれていた。


 音を立てて階段を駆け下りて、イベリスちゃんのいる厨房に飛び込んだ。


「ありがとっ! 片付けに夢中で忘れるところだったっ!」

「その件ですけど、無理をしてくれなくともいいんですのよ? うち、ムギちゃん師匠と一緒に寝るの、とっても楽しいですからっ!」


「あたしもだよ! でもいつまでもそういうわけにもいかないし、がんばるからっ!」

「いえ、うちは本当に、一緒でいいのですのよ……?」


 熱々のパン焼き釜を開けて、焼き立ての食パンを取り出した。

 最近は食パン。食パン、食パン、食パン、食パンばかり作っている!


 今、アッシュヒルにはたくさんのお客さんがやってきていた。


 王様の命令でたくさんの労働者がブラッカで雇われて、アッシュヒル側とブラッカ側の両方から、約束の山道を整備してくれている。

 そうなると、うちのお店もゲルタさんの宿ももう大忙しだった!


「焼けたようですね。では私がカットしますので、お二人は調理の方を」

「ありがとうロランさん!」


 ロランさんも店を手伝ってくれていた。

 ロランさんは居間から現れると、片手にミトンをはめて、食パンを物凄い早さでカットしてくれた。


 あたしはまだ熱々のパンの上に、バターを擦り付けて、青菜と水にさらしたタマネギを乗せた。


 それから右手のイベリスちゃんがカット済みのチーズとハムを乗せて、パンで挟めば、栄養満点のサンドイッチの完成っ!


 それをいっぱい、いっぱい、いっぱい!

 焼けた食パンがなくなるまで作った!


 するとちょうど店の玄関口が鳴って、インスさんが木箱を抱えてやってきた。

 青菜、チーズ、ハム、タマネギ。どれもサンドイッチの材料だ。


「褒美を授けたつもりが、過酷な労働を強いていたなどと、よもや陛下も思うまい」

「まったくですわ。王族の立場からでは、見えないものが山ほどありますのね」


「その言葉を陛下に聞かせるべきだ。きっとお喜びになられる」


 人任せにして護衛をすればいいのに、インスさんは配達を手伝ってくれている。

 すっごく遠回しにイベリスちゃんを褒めて、サンドイッチの入ったトレイをまとめて抱え上げた。


 インスさんは淡々と荷台にサンドイッチを積み込み、山道で働く労働者さんのところに何も言わずに届けに行った。


 村の農家の半数はもう収穫が終わっていて、その人たちも今は山道でがんばっているから、とにかくいくら作ってもお弁当が足りなかった!


「あたしとロマちゃんでパンをこねるから、イベリスちゃんはパンを焼いてっ!」

「うちの体力がなくてごめんなさい……。パン屋さんって、過酷なお仕事だったのですね……」


「大丈夫っ、あたしのパンを毎日食べていたら……そのうち村長さんみたいになれるからっ!」

「ひっ!? 彼は立派な変態ですわっっ!!」


 あ、そっか。第一印象、最悪だったんだった……。

 その村長さんも今、山道で丸太を軽々と抱えているとか。


 アッシュヒルのみんなと労働者さんたちが一丸となってがんばってる今、そうなるとやっぱり弱音なんて吐けなかった。

 あたしたちはその後も、追加のサンドイッチ作りをがんばっていった!



 ・



 忙しさのピークは、早朝からお昼過ぎまで。

 そこまでがんばれば、後は乗り切ったようなものだった。


「やっぱりムギちゃん師匠のパンは最高ですわっ!! それにうちのために、こんなに豪華なサンドイッチを作ってくれるなんてっ、光栄ですのよっ!!」

「一手間加えて、トマトと黒胡椒を足しただけだけど、そう言ってもらえて嬉しいよっ」


 がんばったあたしとイベリスちゃんは店を出て、すぐそこの湖の前で特製サンドイッチをほおばった。

 トマトはアッシュヒルでは作っていないから、これはあたしたちだけができる小さな贅沢だった。


「ロラン様のパンも美味しかったですけれど、ムギちゃん師匠のパンは次元が違いますのっ! 小麦の香りが、ぶわぁあーっですわっ!」

「ありがとうっ、あたしも自分でもそう思う! 旅先だと、自分で自分のパンが食べたくなるんだもん!」


 行き先がご近所でもピクニックになるのかな。

 あたしは湖を背に笑うイベリスちゃんに、同じように明るく笑って、ハムとチーズを厚く切ったサンドイッチを食べた!


 ロランさんも一緒にきたらよかったのに、疲れていると言って付き合ってくれなかった。

 気持ちの良い湖の風が吹いていた。


「あの、ところで……。ムギちゃん師匠の本命は、どちらなのでしょうか……?」

「え?」


「素敵ですよね、ロラン様! ですがやはり、どこかで会ったような気がします……」

「なんで急にロランさん? あっ、ううんっ、違う違うっ! ロランさんはねっ、死んじゃったうちのお母さんを今も愛してるの!」


「まあ、そうなのですか? うち、てっきり……。あ、ところで、ムギちゃん師匠もお母様を……?」

「うん。もしかしてイベリスちゃんも……?」


「ええ、モクレンで暮らしていた頃に」

「だったらあたしたち、ちょっと似てるんだね! パンが大好きな、同じ同志でもあるんだし!」


 イベリスちゃんは時々パン生地を床に落としたり、がんばり過ぎて天井にくっつけちゃうところがあるけれど、がんばってくれるかわいい弟子だった!


 そんなイベリスちゃんも、ここ最近の激務でめきめきと腕を上達させている!

 今では10回に1回しかヘマもしなくなった!


「ところでホリン様はどちらに? 最近見かけませんけど……」

「ホリン? ホリンは仕入れ! 村の外からいっぱい人がきたから、このままだと冬の食べ物が足りなくなっちゃう!」


 ホリンのあのテレポートは、最高の仕入れの魔法でもあった。

 現地で1日休まなきゃいけないところが難点だけど……。


 そこにさえ目をつぶれば、馬車1台分くらいは平気で持って帰れる!

 あのスイセンへの旅で、そうわかったのが大きかった!


「ムギちゃん師匠は、寂しくはありませんか……?」

「ううん、今日帰ってくるって話だし! 今はみんな忙しいんだから、ホリンを風車守にさせておくのはもったいないよ!」


「そう、それは楽しみですのっ! ちなみにホリン様は、どこに買い出しにいったのですか?」

「え、どこだろ……? この前はスイセンでタマネギとか買ってきたから、次は、モクレンかな……?」


 そうなると、塩漬け魚のサンドイッチ、とか……?

 うーん、美味しいのかな……。


「ホリン様が戻ってきたら、店のことはうちとロラン様にお任せ下さい。ムギちゃん師匠は、ホリン様をねぎらって差し上げてたらどうかしら……?」

「あたしだけ休めないよ。今晩のパンを焼いて、明日の仕込みもしなきゃいけないもん!」


 でもホリンが帰ってきたら、がんばったんだし、ちょっとだけ何かしてあげようかな……。

 そう思いながらあたしは、最後のサンドイッチをほおばった。


 いつもの調子ならすぐに立ち上がって、さあがんばろうと厨房に飛び込むけど……。

 そうしたら、イベリスちゃんがゆっくり休めない。


 あたしは寝転がってゆったりと、湖とその彼方に広がる畑の痕と、フィーちゃんたちが暮らす魔女の塔を見つめてみた。


「うち、ここに来てよかったですわ! 見て、ムギちゃん師匠っ。うち、こんなに姿勢がだらしなくなってしまいましたのっ!」


 そう言ってイベリスちゃんも横寝になって、大切に大切にトマトチーズサンドをついばんだ。

 とてもお姫様の姿とは思えなくて、あたしもついつい笑ってしまった。


 あたしたちはご近所の湖畔の前で、平和で麗らかなアッシュヒルのひとときを過ごしていった。

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