・これがわたしの故郷! お姫様と行く風車の村! - ただしテレポートだけは勘弁な? -
さあいくぞー!
と決めてアッシュヒルに帰る前、ちょっとした楽しい予定外があった。
「ちょ、ちょっとお待ちになってっ!!」
「君たちはあの怖ろしい魔法でっ、あの山岳の彼方の村まで飛ぶつもりだったのかっ!?」
それは帰り道の交通手段だった。
2人はてっきり馬車で行くものだと思っていたみたい。
「だいじょうぶ、2回目からはそんなに怖くないから!」
「いやぁ、そこはお前の肝がやたら据わってるだけかと思うぞ……」
「あ、憧れのアッシュヒルに行くには、試練を、乗り越えないといけませんのね……っ」
「すぐ着くよ! サマンサから飛んで帰ったときは、さすがに時間かかったけど!」
「う、海を越えて飛んだのかっ!?」
「うんっ! さすがにちょっと怖かったけど、海面がキラキラしてて凄く楽しかった!」
結局、テレポートでスイセンからアッシュヒルに帰る計画は中止になった。
秋を迎えた高い山々を空から見下ろしてみたかったのに、ブラッカの町に飛ぶことになった。
たぶんアッシュヒルに飛ぶのと距離はそう変わらないと思うけど、山岳を越えるのは2人とも絶対に嫌だそうだった。
「ま、いいんじゃないか? 自分の足で歩いた方が、旅した実感もあるだろうしな」
「あら、ホリン様もたまには良いことを言いますわね」
「だろ、じゃあ行くぜ。テレポートッ!」
「お、お待ちになってっ、心の準備ができたとは、まだ一言もっっ――」
あたしたちは悲鳴と絶叫を上げる2人と一緒に、10数秒のあっという間の旅を楽しんだ。
丘を避けて左に右にくねる街道の上を、あたしたちは青白い流星となって真っ直ぐに突き進んだ。
そしてあたしは、ブラッカの防壁前に到着してから気付いた。
スイセンで宝探しをしていない!
お土産のお花も買っていない! って大事なことに!
「は、離れなさいっ、インセンスッッ!!」
「も、申し訳ないっ! だが自分は、姫様が心配で、やむなく……っっ」
「やむなく!? インセンスは、好きでうちにくっついたわけではないと言いたいのっ!?」
「そうだ。だからどうかお許しをいただきたく」
「許すものですかっ! インセンスなんて大嫌いっ!!」
「な、なぜ……」
なんか隣で大事件が起きてたけど、まあいいっか!
あたしはイベリスちゃんの手を引いて、ブラッカから赤レンガの街道に出た!
帰り道はいつもテレポートで済ませちゃうから、ここを通るのは久しぶり!
「ホリン様、自分は何を間違えたのだ……」
「いや……まあ従者としては、無難な返しだったと思うっすよ……?」
イベリスちゃんは最初はヘソを曲げていた。
だけど、手を繋いで歩いていると楽しくなってくれたみたいで、すぐにあたしに笑いかけてくれた。
あたしたちは赤い街道を歩いて、その先にある橋を越えて、やがてアッシュヒルに繋がるわき道にそれた。
「こ、この獣道を行くんですの……っ!? あ、いえ、ムギちゃん様を疑うわけではありませんわ……。で、でも……」
「姫様、よくご覧を。轍の痕があるということは、ここを人が行き来しているということだ」
イベリスちゃんの腰を押して、あたしはアッシュヒルの山道に入った。
それから少し進むと、橙色に熟してドロドロになった銀杏が山道の外れに落ちていた。
あたしはそれを村長さんやゲルタさんへのお土産にすることにした。
「まさか……っ、そ、その腐った実を持って帰るおつもりなんですのっ!?」
「ううん、実は美味しくないからからこうしてね、種だけ持って帰るの」
イチョウの実を踏み潰して種を取り出して、それを布袋に詰めた。
うーん、かなり臭い……。
「そんなの村でも取れるだろ、さあ行くぞ。つか普通にくせーし……っ」
「うんっ、さあ行こうっ、イースちゃんっ!」
「イース……?」
「姫様の偽名ならば、もう少しひねった方がいいのではないか……?」
「えっ、偽名? あだ名のつもりだったんだけど?」
でも確かにイベリスってそのまま呼んでたら、村のみんなにお姫様だと気付かれちゃうかも……。
商人さんたちも最近はよくきてくれるし……。
「気に入らない? イベリスちゃんって綺麗だから、女神様みたいな雰囲気でいいと思うんだけど!」
「べ……別にそれでかまいませんわっ!! 気に入ってなんていませんけどっ、ムギちゃん様がそう呼んで下さるとおっしゃるならば、そう呼ばせてさしあげなくもありませんわっ!!」
なんてイベリスちゃんらしいややっこしい返しだろう……。
あたしはつい笑ってしまった。
さっきは大好きなインスさんに嫌い嫌いと叫んでいた。
イベリスちゃんは興奮したり、凄く嬉しいことがあると、逆の言葉が出るのかもしれない……。