・メインストーリー、なんか始まりました - 私の役目 -
ゆったりとした馬車の旅も悪くなかった。
お喋りに集中できたし、知らない人と話すのも楽しかった。
しかも相手はお姫様とその従者さん!
面白い話をいっぱい聞けるんだろうなってワクワクした!
「あ、でも、なんでお姫様が街道にいたの??」
でも、あたしは質問を間違えてしまった。
あたしにそう聞かれると、あんなにも元気だったイベリスちゃんが途端にうつむいてしまっていた。
「そういや変だな、従者1人しか連れずに都を出るなんて」
「そ、それは……」
イベリスちゃんの声は今にも消え入りそうなほどに弱々しかった。
「ごめん、別の話にしよっ! あたし、スイセンの話が聞きたいなっ!」
「しかもこの馬車、なんであんな魔物に襲われてたんだ?」
ちょっとホリンッ、せっかくあたしが話題を変えようとしたのにっ……。
ホリンは正面を向いていたから、イベリスちゃんの変化に気付いてなかった。
だけどその後に長い沈黙が生まれると、さすがのホリンも失言に気付いたようだった。
「姫様、自分から1つ提案がある。例の問題、この2人を頼ってはどうだろうか?」
「え……っ。で、でも……」
「このホリンという男、技はまだ粗いがとてつもない身のこなしと筋力だ。ユリアス様には及ばぬが、これだけの剣士に出会えたのは幸運。いや天の導きだろう」
ユリアス? その名前って、どこかで聞いたことがあるような……。
「いや、助けたい気持ちは山々なんだけどよ……。俺にはコムギの護衛って役目が……」
「さらにパン屋コムギ、彼女の魔力もまた凄まじい。ユリアス様が不在だった以上、今頼れるのは彼らだけだろう」
よくわかんないけど……。
凄く大変なことが起きていて、凄く困っていることだけはわかった!
イベリスちゃんは申し訳なさそうに、うつむいたまま上目づかいであたしを見ている。
「なになにっ? ホリンの言うことは気にしないで! あたし、こう見えて旅先のトラブルは慣れっこだから!」
「コムギちゃん様……」
「なーに? 困ってるなら、あたしとホリンに任せてよっ!」
「お前、また勝手なことを……」
「じ、実は……。半月ほど前から、お義母様の様子がおかしいのです……。いえ、というよりも、あれは……」
母?
イベリスちゃんのお母さんってことは、つまり王様の、奥さんだから……。
「えっ、それって、皇后様のことっ!?」
「なんでそこ鈍いんだよ、お前……」
「だってーっ、あたしには全然縁のない世界だし!」
「今となっちゃそうでもねぇだろ……」
え……あ、そっか。
それにもしロランさんが私のお父さんだったら……。
えっ、あたしって、サマンサの王族ってことになるのかな……!?
あ、でもホリンが言ってるのはベルさんの話……?
「うちにとっては叔母であり、義母でもある方です。とてもやさしい人だったのに、急にうちに辛く当たるようになったのです……」
きっとイベリスちゃんはそのお義母様がとても好きだったんだろう。
あたしもロランさんが急におかしくなっちゃったら、凄く悲しくなる。
「皇后リシェス様の豹変は、今や王宮では公然の事実だ。リシェス様はかつて国を継ぐはずだった男の元妻でな、現王は未亡人となったリシェス様と再婚したことにより、今の玉座に付くことになった」
「話がこんがらがってよくわかんねーっす。つまりどういうことっすか?」
さすがホリン!
あたしが思ってたことを先に言ってくれた!
「現皇后には権力があり、その皇后が立場を利用して、戦争の準備をするように王をそそのかしている。ということだ。疑うなら100G賭けてもいいぞ」
あれ、この話もどこかで、聞いたことがあるような……。
謎の凄い人ユリアス、豹変した皇后、それに、イベリスって名前も、あれ……っ?
「うちっ、この前見たんですっ! 醜い豚のような怪物が、お義母様に化けるところをっ!」
「自分は姫様のその言葉を信じた。そこでユリアス様のいるモクレンに、姫様を連れて行ったのだが……」
あ、わかったっ!
ユリアス・アルブレヒト! それって、ユリアンさんの昔の名前だ!
「間が悪いことにユリアス様は、モクレンを船で発ったばかりだった……」
「ユリアス? それ、名前間違えてねーか? モクレンで一番頼りになるやつって言ったら、海賊ユリアンだろ?」
出会ったばかりの時は対抗心丸出しだったくせに……。
ホリンはまるで部下にでもなったかのように、ユリアンさんのことを得意げに語っていた。
「彼を知っているのか?」
「知ってるも何も、アイツもコムギのパンの大ファンだ。俺たち、ユリアンの海賊船でサマンサまで送ってもらったんだぜ」
「まあっ、ユリアスの船で南の国までっ!?」
イベリスちゃんもユリアンさんを知っているみたい。
古い名前で呼ぶってことは、ユリアンさんが貴族をやっていた頃からの知り合いなのかな……?
「そうだよ、すっごく楽しかった! ホリンと一緒にね、見張り台に上がったりしたんだよ!」
「と、殿方と、あんな高くて狭いところに……?」
「ま、普通そういう反応になるよなぁ……」
え、何が?
よくわからなくてあたしが首を傾げると、そこに小さな声が聞こえてきた。
『聞いてくれ、コムギ。私はかつてイベリス姫の乗った馬車を救出し、事情を聞き、紆余曲折の後に偽皇后を討った。この事件は正史であり、君が勇者としての成すべきことだ』
あたしは返事の代わりにバッグの中の攻略本さんに触れた。
言われなくても、イベリスちゃんを助けるに決まっているし!
だってこのままじゃ、あたしのパンのファンが減っちゃう!
お姫様があたしのパンに夢中になってくれていただなんて、それだけで嬉しいもん!
「わかったっ、この件はあたしたちに任せて!!」