・ホリンと一緒に王都スイセンに行こう! - イベリスちゃんとインセンスさん -
戦いが終わってあたしも馬車に近付くと、そこに宝石を拾い回る女の子と、真面目そうな兵士さんがいた。
「救援助かった。自分はインセンス・ブルークラウド、一介の従者だ」
「うちはイベリス! 危ないところをありがとう、死ぬかと思いましたわ!」
どっちも怪我とかはなさそうだった。
イベリスと名乗ったその子は感謝をすると、また宝石集めに戻っていった。
「お嬢様、命の恩人を相手にその態度はないだろう」
「だって、こんなに綺麗なんですのよ!?」
「すまん、お嬢様は非常にマイペースな方でな。よければお2人の名をうかがってもよろしいか? 後日礼をしたい」
お嬢様。やっぱりそうなんだと思った。
イベリスさん――ううん、歳も近そうだしイベリスちゃんは、貴族のお嬢様のような華やかなドレスを着ていた。
髪は華やかなベージュ色。
ウェーブのかかった長い髪を後ろで縛っている。
なんだかかわいらしい雰囲気の人だった。
「俺はホリン。ただの風車守だ」
「あたしはコムギ! 同じく田舎のパン屋さんだよ!」
「おい、田舎は余計だろ……。わざわざ自己申告する部分じゃないって……」
「まあ、パン屋さんなんですの!?」
「うん、そうだよ! へへへ、こう見えて自分のお店を持ってるんだー!」
あたしがそう自慢すると、イベリスちゃんが宝石集めを止めて目の前に駆け込んできた。
もしかしてイベリスちゃん、パンが好きなのかな……!
「インセンス、この人たちを馬車に乗せなさい。行き先は王都でよろしいのですよね?」
「おう、そうだけど……」
「そっちの従者には聞いていませんわ」
「俺はコムギの従者じゃねーよっ!?」
「あはは、せっかくだし乗せてもらおうよ。もっとゆっくり話したいし!」
「ではコムギ様、どうぞこちらへ」
「ありがとう、イベリスちゃん!」
あたしはイベリスちゃんの立派な馬車に乗せてもらった。
走った方が断然早いけど……座ってみるとすっごくクッションがふかふかでびっくりだった!
「助太刀助かった。悪いがホリン様、スイセンまで護衛を頼めるか?」
「ホリンでいいっすよ。あいつら、剣が全然効かなかったっすね」
「ああ、おかげで自分のメンツは丸潰れだ」
ホリンは馬車室には入らずに男同士で御者席に乗った。
だからあたしとイベリスちゃんは2人だけで並んで腰掛けることになった。
「あ、そうだ。イベリスちゃんってジャムパンは好き?」
「ジャムパン!? だ……大嫌いですわ!」
「え、甘いの苦手……?」
「ええっ、甘いのなんて、想像するだけでも身の毛がよだちますの!」
何もそこまで言わなくてもいいのに……。
でも不思議と嫌な感じはしなかった。
「そっかぁ……じゃあ、あたしたちだけでオヤツにしようかな」
「ぁ……」
フクロウ亭でお昼を食べちゃったから、結局そのままだったジャムパンをあたしは取り出した。
うん、木イチゴのジャムの甘い匂いがする!
「た、たたたっ」
「へっ、たたた……?」
「食べないなんて言ってませんわっ! 1つこちらによこして下されば、うちのお腹が処分しておくと言っていますのよっ!」
「お嬢様は無類の甘党です。よろしければ――」
「木イチゴの甘ったるいジャムパンなんて大嫌いですのっ!」
と、叫びながら手を突き出してきたので、あたしはジャムパンをイベリスちゃんにあげた。
あたしの周囲には、これまでいなかったタイプだ……。
「なんつー天の邪鬼……。インスさんも大変だな……」
「いえ、慣れればさほどでも」
「聞こえてますわよっ! は、はうっ!?」
御者席の男たちに文句を言いながら、イベリスちゃんはあたしのジャムパンをほおばった。
するとイベリスちゃんは驚きの声を上げて、あんなに嫌いと言ってたのに黙々とがっついた。
ホリンとインセンスさんにもジャムパンを渡して、あたしも一口かじった。
魔女さんの作るジャムは、やっぱり最高!
「この味は……」
「どうだインスさん、驚いたかよ? この通りの変なやつだけど、パン作りの腕だけは本物だろ?」
「お嬢様、もしやこの味は……」
「ええ……。ムギちゃん様、はぐっ、つかぬことをうかがいますが、はぐっ、お住まいはどちらで……? はぐっ!」
パンをがっつきながら質問されてしまった。
甘い物が嫌いなんて絶対嘘だ……。
美味しさに目や口元がゆるゆるに緩んでいた。
「あたしもホリンもアッシュヒルに住んでるけど――」
「やっぱりですのねっっ! うちもインセンスも、ムギちゃん様のパンのファンですのよっっ!」
「へっ……? え、でも……」
なんであたしのパンを、村の外のイベリスちゃんたちが知っているの?
あたしのパンは一応、村のみんなをこっそり育てるための物だったのに……。
「たぶん、あいつらだな……」
「あいつらって、どいつら……?」
「交易商人たちだよ。きっとお前のパンが美味くて持って帰ってたんだろ」
「ええ、アッシュヒル産のパンは、その筋の世界ではちょっとしたプレミア物ですの」
え、あたしのパンが……?
プレミア……!? へへへ、何それ嬉しい!
「大きなバケット1本あたり5Gで取り引きされている」
「それぼったくりじゃねーかっ!」
驚いた……。
あたしのパンは外の世界でなんと20倍くらいのお値段になっていた。
「たった5Gであの味わいが楽しめるなら出す価値がありますわ!」
「あたしのパン、そんなに価値があったんだ……」
食べたら経験値が入るパンだし、5G以上の価値があるのはわかる。
しかも聞いたところ、味だけの評価で5Gみたいだ。
へ、へへへ……。
「実はうち、この国の王女をしてますの」
「へー、王女様なんだー。……え!?」
「ああ、今の難しい立場さえなければ、すぐにムギちゃん様の弟子入りを志願していましたわ……。ああ、なんと素晴らしいパンなのでしょう……」
冗談……? 本当……? え、どっち……?
「インスさん? これ、マジっすか……?」
「勝手なことを……。ああ、姫様はこの国の国王陛下の三女、イベリス・ホワイト=ロータス姫であらせられる」
イベリスちゃんはあたしのパンの大ファンで、天の邪鬼で、食いしん坊で、そしてこの国のお姫様だった。
そのお姫様が、あたしを憧れの瞳で見つめていた。