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・風が巡る丘、ロラン・サマンサとパン屋のカラシナの物語 - アッシュヒルへ -

 宿の娘夫婦には5歳の娘がおり、私はその子にすっかり好かれてしまった。

 午前いっぱいをその小さなレディの相手をして過ごし、昼前になるとやっと眠ってくれた。


「買い出し? それならば私が行きましょう。追い剥ぎの話もありますし、遠慮はいりません」

「まあ、いいんですか、ロランさん?」


「見ての通り、私は暇人ですので」

「ふふふっ、孫をかわいがってくれてありがとう。あの子はいつか、良い看板娘になる気がするわ」


 楽しい一晩のお礼にと、私は身体の衰えた老夫婦に代わって買い物に出た。


 ブラッカはこれといった特徴のない、確かにパッとしない町だったが人情味がある。

 私はもう少しここに逗留したいと思った。


 ここもまた異境の地、他にも何か面白い発見があるかもしれない。

 町を巡り、メモ書き通りの品物を買い集めた。


 そうしていると、町の一角に大きな聖堂を見つけた。

 古く色褪せているが、しっかりと管理された青い屋根の立派な建物だった。


 私は聖堂の入り口をくぐり、祭壇のある広間までやってくると、そこにあのカラシナさんの姿を見つけることになった。


 そこで私は彼女の隣に腰掛け、祈りが終わるまで同じようにして過ごすことにした。


「もう……っ。居るなら居ると言って……っ。変な声が出そうになったじゃない……っ」

「申し訳ありません。ずいぶんと熱心に祈られておられたので、どうにも声をかけづらく……」


「あら、その荷物は……?」

「買い物のお手伝いです。後は宿に持ち帰るだけですね」


 依頼人をほのめかすと、カラシナさんが嬉しそうに微笑んだ。

 人柄を認めてもらえたような気分になって、私もつい嬉しくて笑い返していた。


「ふふ、ロラン様は人が良いのね」

「そうですか……?」


「ええ、それにとても上品で洗練されている。貴方はいったい、どこの名家のご子息様なのかしら?」

「貴女ならば、それも予知できてしまうのでは?」


「残念だけれど自由には予知できないの。ふとした拍子に、突然降りてくるのよ」


 彼女は立ち上がると、私の荷物を半分抱え上げた。

 そして何も言わずに聖堂を去ろうとするので、私は慌てて残りを抱えて後を追った。


 聖堂を出て路地に入ると彼女は立ち止まり、こちらに振り返った。

 彼女は何かに驚いた様子で目を丸くしている。


「貴方、王、様……? いえ、これは未来のことだから、今は、王子様……?」

「……ただの暇人ですよ」


 取り繕いながらも私は彼女に驚いた……。

 どこかの御曹司と思われることは別段珍しくもなかったが、王子とまで当てられたのは初めてのことだった。


「どうして王子様がこんな町にいるの?」

「それは一言では説明しがたい動機なのですが、最大の理由は、外の世界をもっと知りたいからです」


「あら、感心ね」

「いえ、私の祖国は少し特殊でして……。祖国と外の世界を見比べるために、使者の仕事をしながら放浪しているのです」


 カラシナさんの気を引きたくて真実を明かしたくなった。

 自分は王太子で、未来の王だと認めれば、もっと自分に興味を持ってくれるかもしれないと。


 ところが私の気の迷いは、路地の前後を塞ぎ始めた怪しい男たちにより中断させられた。


「おい、そこのオレンジの髪の兄ちゃん、死にたくなかったら剣を捨てな」

「……はい?」


「今から5つだけ数えてやるからよ、その前に覚悟を決めな」


 彼らは噂の追い剥ぎどもだった。

 数えて8名に及ぶ彼らは私たちを囲み、荷物を確かめ、カラシナさんに下品な笑みを浮かべた。


「おい見ろよ、そこの女エルフだぜ!」

「いいねぇ……しかも超美人だ! こういう女と遊びたかったんだよ、俺!」


 さらわれた娘もいたと、あの門番はそう教えてくれた。

 ここで叩き潰せば、その行方がわかるかもしれない。


「いーち……にぃぃぃ……ほれほれ、早く降参しねーと首から下とおさらばしちまうぜ……。さぁぁぁんん――」


 追い剥ぎの言葉を聞き流し、私は自分自身の変化に戸惑った。

 今日まで私は、自分がこんなに短気とは思いもしなかった。


 この男たちは私を殺めた後に、カラシナさんを汚すつもりだそうだ。

 私の胸の中で怒りが沸々と燃え上がり、腰の剣に手をかけさせた。


 私は己が怒りに身を任せて剣を抜いた。

 最初の一手に追い剥ぎの顔面を、剣の腹を鈍器にして殴り飛ばすと、残りの追い剥ぎどもが一斉に刃物を抜いた。


 残り7名となった彼らは私に威圧の罵声を浴びせて斬ろうとしたが、その動きは素人もいいところだった。


 彼らは顎、わき腹、脚を次々と私の剣にへし折られ、うめき声を上げながら地べたにはいつくばることになった。

 私は怒りに身を任せて剣を振るったことを恥じた。


「男の人に守られるのって、案外気持ち良いものね」

「……すみません、つい我を忘れて、手が出てしまっていました」


「あら、どうしてロラン様が謝るの? 貴方は沢山の人を悲しませた悪い人たちを、ブラッカの人たちに代わって倒しただけよ」

「ですが、彼ら追い剥ぎにだって、生活や養いたい家族がいたはず……」


「ふふふっ、本当に変な人ね! そんなこと気にするなら、剣なんて持たない方が良いと思うけど」


 カラシナさんは私の前で不思議な魔法を使った。

 どこからともかく光のイバラを生み出して、追い剥ぎたちを拘束していった。


 そこに町の兵士や男たちが騒ぎを聞きつけてか駆け込んできた。

 ちょうど良いタイミングなので私たちは彼らに手柄を譲って、アットホームなあの宿へと引き返すことにした。


 きっかけが私たちの距離を縮めてくれたのか、彼女とのやり取りは昨日にも増して胸躍るものになっていた。


「どうしてこちらの鳥は丸くてふわふわしているかですって……?」

「はい、それが私にはとても不思議で……」


「あれだけ大暴れした後に言う言葉がそれなのね……」

「変でしょうか……?」


「ふふふ、とっても!」


 宿に荷物を持ち帰ると、私たちはあの老夫婦に感謝された。

 しかしカラシナさんはその場で、私が思いもしなかった言葉を突然に切り出した。


「わたし、今日でアッシュヒルに帰る。護衛はロラン様にお願いするから、安心して」

「待、待って下さい……わ、私が護衛、ですか……?」


 カラシナさんに選んでいただいてとても光栄だったが、あまりに突然の話だった。


「暇人なんでしょう?」

「ええ、まあ事実、その通りなのですが……。もしや私をアッシュヒルに、招いて下さるのですか……?」


「ロラン様は、田舎はお嫌?」

「いえ、興味があります。私はもっも沢山の町や村を、この目で見てみたい。ですが、なぜ……?」


 なぜカラシナさんは私を誘ってくれるのだろう。

 素振りからして、私に男女の感情を持っているようには見えない。


「そうね、それは……なんとなくよ。きっとそうするのが正しい。そんな気がするの」

「なんとなく、ですか……? どうにもわからない動機ですね……」


「なら言い方を変えるわ。暇人さん、帰り道の話し相手になってくれる?」

「……確かに私は暇人です。喜んで貴方の旅のお話相手になりましょう」


 王子であることを見抜いたほどの人だ。

 疑うよりも彼女の直感に私も従ってみることにした。


「きっと気に入る。アッシュヒルはとても素敵なところよ。気持ちの良い湖と、どこからでも見える大きな風車と、小麦畑と牧草地と森に囲まれているの」


「大風車に、湖、それに小麦畑ですか。ぜひ私も行ってみたいです、貴女の自慢するアッシュヒルに」


 私たちは老夫婦に続いてその孫娘にも別れを告げると、宿屋フクロウ亭のあるブラッカを出て、山奥の村アッシュヒルへの旅路に付いた。


 私とカラシナさんの関係は偶然から始まり、予知者である彼女の必然へと導かれた。

 それは私と彼女の運命の糸が、女神により手繰り寄り合わされた瞬間、と言っても差し支えなかった。


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