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・風が巡る丘、ロラン・サマンサとパン屋のカラシナの物語 - 突然の恋心 -

 小綺麗な宿で部屋を取り、エントランスに下りて紅茶を一杯いただくと、やっと気持ちが落ち着いた。

 そんな私に、品の良さそうな老夫婦が声をかけてくれた。


「それはアッシュヒルのカラシナさんね。ああ見えて、あたしたちより遙かに年上なんですよ」

「無理もない。あんな美人、そうそういるものではないよ」


「少し待てば帰ってきますよ。今日はここの宿に泊まっていってくれるの」

「おや? どうしたのかね、ロランくん?」


 私は言われて我に返った。

 先ほどのあの女性、カラシナさんのことばかり考えていることに気付くことになった。


「まあ、カラシナさんに一目惚れでもしちゃったのかしら、ふふふ……」


 お婆さんにそう言われると、顔面の発熱がまた再発した。

 あの時ほどではないが軽い動悸にも襲われた。


「ははは、気持ちはわかるけど無理だよ、ロランくん。カラシナさんは我々ヒューマンには興味がないようだ」

「あなた昔、ふられたたものね」


「エルフの純血は破れない。当時そう言われてしまったなぁ……」


 老夫婦は私が一目惚れをしたという前提で、勝手に話を進めるばかりか、自分たちのなれそめ話まで始めた。


 カラシナさんに叶わぬ恋心を抱いていたお爺さんと、それを快く思っていなかったお婆さんの話だ。

 結局、玉砕がきっかけとなって2人は結ばれた。


 自由恋愛など無縁の立場にある私からすれば、老夫婦の話は遠い世界の夢物語のようなものだった。


「それでね、彼ったらあたしに言ったのよ……」

「ええいっ、もうそのへんにせんか! ロランくんが困っておるだろうが!」


 しかし強い興味を惹かれた。

 老夫婦は紆余曲折の果てに運命の相手と結ばれた。それ自体がちょっとした歌劇だった。


「いいじゃない少しくらい……あらっ、カラシナさん! こっちこっち!」

「ただいま、2人とも。……あら、そこにいるのは、ロラン様?」


 そうしてしばらく茶飲み話を楽しんでいると、宿の入り口のベルが鳴り、あのカラシナさんが私たちの隣に寄ってきた。


 するとあの激しい動悸が再発し、耳まで顔面が熱を帯びることになった。

 そうなってはさしもの私も認める他にないだろう。


 私はどうやら、このカラシナと呼ばれる美しい女性に、なぜだかわからないが、一目惚れをしてしまったようだった……。


 これが恋。こんな熱く浮つく感情、今日まで一度も体験したことがなかった。

 なんと刺激的で、高ぶりと不安にあふれる感覚だろうか。


「ど、どうもカラシナさん……。いや、宿が同じだなんて、不思議な偶然ですね……」

「そうね。だけどなんとなく、私はこうなる気がしていたかしら」


「そ、そうなのですか……!? あ、あの、念のため自己弁護しますが、私は別に、貴女の後を付けたりしたわけではなく……っ、ただ偶然……っ」


 洗練の欠片もない私の拙い返しを、カラシナさんはおかしそうに微笑んでいる。

 つくづく、不思議な女性だった……。


「落ち着きなされ、ロランくん。カラシナさんには、軽い予知の力があるのだよ」

「予知……予知ですか……?」

「ごめんなさい、その話は止めてくれる? 彼に変に思われたら困るもの」


 美しく理知的なそのエルフからは、確かに予知能力くらいあってもおかしくないミステリアスな雰囲気があった。


 だがあまり人に知られたくない話のようだ。

 嫌な思い出があるようにも見えた。


「変だなんて思いませんよ。特殊な力があったところで、それがなんだというのですか? 少なくとも、彼女は詐欺師には見えない」

「うむうむ! ロランくんはよくわきまえておるのぅ!」


 カラシナさんはしきりに瞬きをさせて、私の顔をのぞき込んでいた。

 私の言葉に感動したというよりも、何か興味深い物を見つけたような様子だった。


「なんとなくだけれど……。ロラン様とは、これからもご縁がありそうな、そんな気がする」

「もしやそれも予知ですか……?」


「ええそうよ。わたしとロラン様は、この先の未来で何か大きな関わりがある。まだ、それが何かはわからないけれど……」


 だとすればそれはとても光栄なことだ。

 私はもっとこの人と関わり合いになりたい。理性ではなく感情で、そう願わずにはいられないようだった。



 ・



 その後はもう少しの茶飲み話と、カラシナさんを交えた楽しい夕食を過ごすことになった。

 老夫婦の正体は宿のオーナーで、今はその娘夫婦が店を切り盛りしていた。


 こんなに楽しい夜は初めてだった。

 しかしカラシナさんが部屋に引き払うことになると、私の胸にあった高ぶりは途端に萎んでいった。


「わかるよ、ロランくん。ワシもそうだった」

「わかりません……。なぜ、私は出会ったばかりの女性に、こんな感情を……」


「それが一目惚れだ」

「これが、数々の縁談をかき乱したという、あの……」


 もはや現実を認めるしかない。

 私は本当にあのカラシナという女性に一目惚れをしてしまっていた。


「がんばりな、ロランくん」

「そう言われましても……」


 お爺さんは私にワインをおごって、近所にあるという自宅に帰っていった。


 なぜ人間は、一目惚れなどという非合理的な生理現象を抱えて生まれてくるのだろうか。


 男女の関係が縁談でのみ結ばれる社会で生まれた私には、己のこの感情そのものが不可解極まりなかった。


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