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・エピローグ 2/2 もう1つのアッシュヒルに追悼を

 それからさらに秋がまた深まり、収穫祭を終えた頃。

 あたしたちは西門の前で、村のみんなに旅立ちを見送られた。


「孫よ、ムギちゃんを死んでも守るんじゃぞ……。1人だけで帰ってこれるとは、思わぬことじゃ……」

「へいへい、言われなくてもわかってるっての」


「くぉりゃぁぁっっ!! 聖パン(じょ)ムギちゃん様をもっと敬えいっ!!」


 そう、あたしは聖パン女……。


「村長さぁんっ! その恥ずかしい呼び方はしないでってっ、ずっと言ってるじゃないですかーっ!」

「じゃが、パンで村を救ったのはムギちゃんじゃっ! ならば、ムギちゃんこそが、パンの聖女に違いあるまいっ!」

「それがなんで、パン女になるんだよ……。パンツ女じゃねーか……」


「くぉりゃぁぁーっっ!!」


 アッシュヒルのみんなはいつだって明るい。

 村長さんとあたしとホリンのおバカなやり取りを、みんなが元気に笑ってくれた。


「おねえちゃん、これ、ソフィーが作った魔法の回復薬なのです……。もう、無理したらだめなのですよ……?」

「貴女からすればまだ気がかりでしょうが、アッシュヒルの防衛はどうか私たちにお任せを」

「冬の間、俺、村の守り、固める……」


 あたしとホリンが冒険に出るより、ロランさんとダンさんと村長さんが出た方が、確実に魔王をやっつけられるんじゃ……。


 って思ったら、負けだと思った。


「ま、いいじゃないかい。どうせホリンのなんたらって魔法で、すぐに戻ってこれるんだろう?」

「ヒェヒェヒェ……日帰りで戻ってきても、誰も文句なんて言わないさ……」


 そう、ホリンのテレポートの魔法はそこが凄い!

 ホリンと一緒なら、勇者の冒険をしながらパン屋さんだってできるはず!


「いや、日帰りは気分がダレるから、俺はやりたくねーんだけどなぁ……」

「ホリンはこんなこと言ってますけど、ロランさんに会いたくてすぐに戻ってくると思います!」

「ああ、それもそうですね……」


「なんねーよっ!? ロランさんまで何言ってんだよっ!?」

「おや、私のことはもうどうでもいいのですか……?」


「そ、そんなことは言ってないですよ、ロランさん! 戻ってきたら、もっと俺に剣を教えて下さい!」


 あたしも教わった方がいいのかな……。

 でも、攻略本さんみたいな凄い剣士になれる気がしない……。


「じゃ、行こうぜ、コムギ」

「うん! またね、みんな! 3日くらいしたら戻るね! ロマちゃんフィーちゃんロランさんっ、お店のこと、どうかお願いします!」


 ロマちゃんがぽよんと跳ねて、寂しそうにあたしの足下にすり寄ってきた。

 慰めていたらフィーちゃんまでまたやってきて、あたしに飛びついてくれた。


 えへへ……フィーちゃんもロマちゃんも、いい匂い……。

 旅立ちたくない……。

 でも旅立ちたい……。


「もう1人のコムギさんも、いってらっしゃい。貴女の帰りも待っていますよ」

『行ってきます、ロラン殿。旨い酒を期待していてくれ』


 攻略本さんは本の姿に戻っちゃったけど、消えずに残ったものがあった。


「そりゃ聞き捨てならないねぇ……。なら、うちの酒場で出す分も仕入れてきておくれよ!」

『仕入れか……? 私には口がないので、香りと銘柄しかわからぬが、それでもよいと言うならば私が目利きをしておこう』


 攻略本さんの声が村のみんなに届くようになった。

 外の人たちには通じないし見えないけれど、今はみんなが攻略本さんを閲覧できるようになった。


 今では村みんなが攻略本さんの存在を知っていて、みんなが感謝していた。

 攻略本さんがあたしたちを導いてくれたんだって。


「行こ、ホリン!」

「お、おう……。けどよ、ここで手を繋ぐ必要とか、あるか……?」


「あるよっ、あるに決まってるよ! だってその方が楽しいもん!」

「いや、ピクニックじゃねーっつの……」


 あたしはホリンの手を引いて、みんなに見送られながら修復中の西門から村の外へと旅立った。

 ホリンのテレポートを使えば一瞬だけど、ブラッカまでは歩きたい気分だった。


 だってすぐに向こうに着いたら旅が味気ないし……。


「町では手を離せよ……?」

「またそんなこと言ってる! いいじゃん、別に」


「よくねーよっ! 俺たちが今日までどんだけっ、微笑ましい目で町の連中に見守られてきたと思ってんだよっ!?」

「それ、問題ある?」


「ない! ないけど俺にはあるんだよっ!」

『フフフ……ホリンはただ照れているだけだ。君がもっと積極的にスキンシップをしたら、さらに喜ぶことだろう』


「んなぁっ?! 何言ってんだよ、このコリン(・・・)!」


 ホリンの振りをしたコムギだからコリン。

 ひねりのない酷いネーミングセンスだった。


 けど積極的かぁ……。

 えっと、だったら、こんな感じかな……。


 あたしはホリンの二の腕にしがみついた。

 手を繋ぐのは全然平気なのに、やってみると超恥ずかしくなった……。


「お、おまぁっ?! お前っ、何真に受けてんだよぉっ?!」

「あ、これ……下り道だと、無理あるかも……」


「なら離れろよぉっ!?」

「へへへ……ホリンの反応が面白いから、もうちょっとこのままにしてみる……!」


「はぁぁぁ……。転んでも知らねーぞ……」

『何が起きてもホリンが君を支えてくれるさ』


「コリンッ! お前本当にコムギかよっ!?」

『私は君たちを導く、一冊の攻略本さんだ。もうコムギでもホリンでもない、私は私だ』


 攻略本さんがみんなとしゃべれるようになって、本当によかった!

 だって、旅が凄く楽しくなったもん!


 あたし、攻略本さんが大好き!

 正体があたしだろうと、そんなの関係ない!


「ならひっかき回さないでくれよ……。ただでさえ、くっつかれて、俺は――……うっ、な、なんでもねぇっ!」

『安心してくれ。私は君のそういう、シャイなところも高く評価しているつもりだ』

「あははっ、わかる! ホリンって超恥ずかしがりだよねっ! 周りの目とか気にし過ぎだもん」


 ホリンは困り果てた。

 ため息を吐いた。

 流し目であたしを見るとあたしと視線が重なって、慌ててそっぽを向いていた。


 あたしの胸が腕に当たっているのが、相当に気になるみたいだった。


「ねぇホリン、あたしモクレンに着いたら、寄りたいところがあるの」

「あ、ああ……ユリアンさんのところか……?」


「ううん、違うよ」

「……じゃあ、あんときのレストランか?」


「あ、そこも行きたい! でもそこじゃなくてね」

「なら、どこだよ……?」


「カジノ! あたしカジノってところに行ってみたい!!」


 ホリンに持たせたお財布から、あの時アシカ亭のオーナーさんにもらったカジノコインを取り出した。

 白銀色に輝くそれを青空に掲げると、キラキラと反射して凄く綺麗だった。


 ウサギの着ぐるみのお姉さんも見てみたい!

 カジノって、どんなゲームがあるんだろう!


「あのよー……これってよー……。観光旅行じゃねーんだよ……。魔王を倒す勇者の旅なんだっての……っ」

『フフ……フフフフ……。旅は暗いよりも、明るい方がずっといい。よし、私が特別にカジノ攻略法を教えよう』

「やったぁっ、ありがとう攻略本さんっ!」


 勇者の旅は復讐の旅だった。

 暗くて救いのない、一本道の暗く果てしないトンネルだったんだと思う。


 でもあたしたちの旅は違う。

 みんなで笑い合いながら、ブラッカに続く山道を下っている。


 攻略本さんにとっては、それはきっと救いなんだ。

 独りだけ生き残り、自分をホリンだと思い込むことで罪から逃れた攻略本さんは、ロランさんの剣を手にこの山道を下った。


 復讐だけを灯火にして、最期のその日まで命を燃やし尽くして生きた。


 けれど運命は変わった。

 攻略本さんとあたしたちは、アッシュヒルと想い人を守り抜いた。


 攻略本さんには手がない。

 足がない。

 顔がない。


 だけどあたしの目には、当たり前のこの幸せにやさしく笑っているように見えた。


『ホリン……』

「なんだよ、コリン」


『いや、ただ名を呼んだだけだ』

「そうかよ……。カジノの話、もっとしてくれよ。俺も少し興味が出てきた」


『うむ、そうか! ならば喜んで! 実を言うとあのカジノには、私も長年入り浸ったものでな……っ!』


 よかったね、攻略本さん。

 あたしとホリンは、最近凄くおしゃべりになった攻略本さんと、ブラッカへと続く見晴らしのいい山道を下っていった。


 一緒に居られる当たり前の幸せを噛みしめて。

 あたしたちは未来を夢見て、勇者の新しい旅を始めた。


 世界中の町があたしたちを待っている。

 塔に行こう、ダンジョンに入ろう、そしてアッシュヒルに帰ったら、新作のパンを焼こう。


 後ろを振り返ると、遙かな大風車がゆっくりと、山上の風を受け止めて回っていた。


 収穫を終えた物寂しい麦畑。

 焼けちゃった秋の森に、ちょこんと建つ魔女の塔。


 湖から流れる青い川。

 彼方の山々を包む群雲。

 澄んだ山の空気。


 全てが掛け替えのないものだった。


「おーいっ、何突っ立ってんだよ! ほら行くぞ、カジノが俺たちを待ってるぜ!」

「あ……うん……。よーーっし、これからいっぱいっ、遊ぶぞーっ!」


「いやぁ、そこまで開き直れとは言ってねーけどよ……」


 大風車が遠くなってゆく。

 少し寂しいけれど、あたしたちの故郷はすぐ隣にいる。

 だから大丈夫。


 あたしたちはもう一度手を繋ぎ、ふかふかのパンで魔王を倒す旅を再開した。


 滅びてしまったもう1つのアッシュヒルに追悼を。

 当たり前のこの幸せに祝福を。


 非業の死を迎えた勇者の物語は、この日終わった。


 そして、勇者の旅が今、始まる……。


 ―― おわり ――


長い間本作をご愛顧下さりありがとうございます。このお話はここで一旦完結となります。

以降は半月ほど休載した後に、3日1投稿のペースで第二部を続けてゆく予定です。


第二部は、ロランとロベールにスポットライトを当てたお話になります。

お友達のシーさんも挿絵を描いてくれていますので、半月後からも追っていただけると嬉しいです。



また、明日から新作を始めます

【少年王子の領地開拓 ~恋人を奪われ冤罪に処されたギルド職員、スキルスロット∞の天才王子に生まれ変わる~】


なろうって、なろう向けに書かないとやっぱり人気出ないんだなぁ……

ってしみじみ思いながら、試行錯誤して生まれた新作です。


ジャンルはよくあるザマァ系。異世界転生モノです。

悲惨な人生を生きてきた善人が、幼い王子様に生まれ変わって人々に愛されながら王族として生きるお話です。


8万字でスッキリする結末まで楽しめます。

もしよろしければ新作も読みに来て下さい。


 ・


パン屋のあとがきに戻ります。


本作は「勇者は誰なのか?」という謎解き要素をスパイスに、破滅の未来回避という王道の熱い展開を組み合わせて、さらに料理要素でワクワクするようなお腹の減るお話を意識して作りました。


またお話のテンポもあえて落としました。

日常の中のなんでもない出来事を表現することを重視しました。


山奥の村アッシュヒルで暮らす普通の女の子の、普通の生活の延長線の物語が書きたかったのです。


残念ながらあまり人気は出ませんでしたが、去年書いたお話の中では、本作こそが最も仕上がりの良い一作だと思っています。

第二部も失速することなく楽しく書けています。


情熱のこもった作品を一つ一つこれからも書いてゆきますので、どうか引き続きにーちゃんを応援してやって下さい。


長い間ありがとうございました。

ムギちゃんラーーーヴ!!!

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