・エピローグ 1/2 全てを失った勇者、攻略本さんの真実
あれから一ヶ月の静かな月日が過ぎ去った。
アッシュヒルに本格的な秋が訪れ、収穫と山の幸でご飯が美味しい毎日が続いていた。
攻略本さんはまた、あの本の姿に戻ってしまった。
残念だったけど、みんなとまた話せて、大好きなパンまで食べられたととても満足していた。
『今でも思う。本当の勇者はホリンだったのだろうと』
「え、でも、世界を救ったのは――」
『結果的にそうなっただけだ。私はただの……田舎のただのパン屋だったのだからな……。コムギ、私は――』
その夜、攻略本さんから攻略本さんの本当のことを聞いた。
あたしも聞けずじまいだったいくつかの疑問を、攻略本さんに投げかけた。
「ねぇ、あの時、攻略本さんはどうして私はホリンだなんて名乗ったの……?」
『そのことか……』
「何か、理由があるんだよね……?」
『ああ……』
攻略本さんはしばらく黙り込んでしまった。
慎重に言葉を選んでいるように感じた。
『私はな……私は、ホリンの死を受け入れられなかったのだ……』
「ぇ……?」
『思い人の死の原因が、私をずっと待っていたせいだなんて、信じたくなかった……』
「でも、だからって、なんでホリンに変装――」
『あれは変装ではない』
「えっ、違うの?」
『私はずっと、ずっと自分自身のことをホリンだと思い込んでいたのだ……』
「……へっ? で、でも……」
『全てを失い、崩壊した己の精神を修復する方法が、1つだけあった』
「そんなのあたしには想像できないよ……。攻略本さんは、どうしたの……?」
『簡単なことだ。自分がホリンになればいい』
「え……」
『死んだのはコムギであって、ホリンではない。私はそう思い込むようになった』
攻略本さんの言葉は、深い悲しみにか細くかすれていた。
攻略本さんがなんでホリンと名乗っていたのか、あたしはゆっくりと理解した。
あたしがあたしのままだったら、みんなの仇討ちなんてできなかった。
だって、あたしはただの村のパン屋だもん……。
だけど、ホリンを死なせてしまった弱いコムギじゃなくて、努力家の剣士ホリンになってしまえば、想い人を失った復讐鬼になるだけで済む。
何もかもを奪われて惨めに生きるより、ずっと救いがあった。
少なくとも、攻略本さんにとっては。
『廃墟となったアッシュヒルに帰り、そこで倒れたあの瞬間、最後の最期の時が訪れてもなお、私は真実に気付かなかった。私はコムギであるのに、コムギの死に涙を流して死んだのだ』
だけどそれが本当だとすると、他のところがおかしくなる……。
攻略本さんを読み返すとなんとなくわかるんだけど、この物語の主人公は男の人だ。
あたしはその疑問をそのまま、攻略本さんに投げかけてみた。
『それは既に君が言ったことだろう』
「へ、あたし!?」
『物語の観客は、外側の世界から我々を見下ろしているだけだ。彼らから見える世界と、現実の私たちの世界は違う。ホリンと私が入れ替わっていることに、外の世界の観客が気付くことはなかったのだろう』
そういえば、そんなこと、だいぶ前に言ったかも……。
攻略本さんみたいに難しい言い方じゃなかったけど、確かにあたしもそう言った。
『さ、もう寝よう。明日はホリンとデートだろう?』
「デ、デデデッ、デートなんかじゃないよーっ!?」
『フ……私の嫉妬を気にすることはない』
「だ、だからっ、違うってばぁーっ!!」
『私はもう、コムギでもホリンでもない。私は私、君の家族の攻略本さんだ。君たちの幸せな人生が、私の慰みだ。ホリンと幸せになってくれ、コムギ』
「もーっ、ちょっとそこまでピクニック行くだけだってばーっ!」
『フフ……そういうことにしておこう』
最近はみんなが忙しい。
畑の収穫をしたり、壊された柵を直したり、収穫祭の準備をしたり、てんてこ舞いだ。
そんな日々の中で明日は特別だ。
明日は久しぶりのホリンとのお出かけの日だった。
『さあ、わかったからもう寝なさい』
「全然わかってないよーっ!」
あたしは攻略本さんに何度も抗議して、きりがないから唇を突き出してドスンとベッドに入った。
暖炉で温めたロマちゃんをお腹の上に乗せて、目を閉じると気分がやっと落ち着いた。
あ、寝れそう……。
『じきに新しい旅が始まるのだ。今はこの幸せを噛みしめるといい』
まだ寝てないよ……。
その独り言、聞こえてるよ、攻略本さん……。
うん、そうだね、攻略本さん……。
アッシュヒルは救われたけど、世界は救われていない。
あたしたちのしたことは、勇者の旅立ちを妨害することでもあった。
だからあたしたちは旅に出なきゃいけない。
あたしとホリン。どっちが勇者なのかよくわからないから、二人一緒に。
でもそれって素敵。
ベルさんとも、他のみんなともまた会えるってことだから。
あたしたちは『生きたい』っていう、当然のわがままを通した。
その代償として、あたしたちは勇者として、このアッシュヒルを旅立たなければいけなかった。
それに、カジノにも行ってみたかったし!
あたしはウサギの着ぐるみを着たお姉さんを期待して、もう一度目を閉じた。