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・勇者の故郷、アッシュヒルが滅びる日 - 幻影 -

・かつての英雄、その成れの果て


 彼らは逃げなかった……。

 倒れても倒れても立ち上がり、未来を勝ち取ろうとした……。


 滅びの宿命から抗おうと、互いにかばい合い、諦めずに果敢な攻撃を繰り返した……。


 彼らの猛攻が敵の動きを鈍らせたが、だがそれでも相手は滅びなかった。


 私は絶望した。

 私の身の程知らずな願いが、彼らにこんな結末を与えてしまったのだと、深く後悔した。


「ぐっ、うっ、うぐっ……!」


 爆裂魔法の直撃を受け、ロラン殿が剣を落とした。

 ロラン殿が崩れてしまったらもう終わりだ。


 私はせめて3周目の世界を私たちにくれと、残酷なこの台本を作った神に願った。


「ロランさんっ!!」


 しかし祈りを捧げていると、コムギの叫び声が辺りに響き渡った。

 しかも、だ……。


 何を考えたのか、コムギはロラン殿に代わって、その剣を取った。

 もう傷だらけだというのに、コムギは果敢にグレーターデーモンに飛びかかっていった。


『コムギ、君は……』


 美しさゆえか。

 勇ましさゆえか。


 あるいは歪みのない不屈の精神に感銘を覚えたのか。

 私はその光景に、ないはずの背筋を震わせた。


 手もない。

 足もない。

 口もなければ何もない。


 私はこの肉体が呪わしかった。

 私はこの世界に直接介入する権利を持たなかった。


 私はかつては英雄だった。


 仲間たちとユリアンと共に、あの怪物グレーターデーモンを倒したこともあった。

 だが、今の私は戦うことすら許されてない。


 もしも生前の肉体が私にあれば、この場で皆を救うことだってできたというのに……。


 どうして私はこんな奇っ怪で、ままならない姿で、こんな過去へと紛れ込んでしまったのだろう。


 ああ、もどかしい……。


 身体が欲しい……。

 コムギのパンを食える口が欲しい……。

 皆ともう一度語り合うための舌が欲しい……。


 ずっと、ずっと会いたかったのだ……。

 会いたくてたまらなかったのに、私は愛しい故郷の皆と、言葉を交わすことすらできない……。


 私が苦しむ姿を見てせせら笑う、おぞましい神々め。

 私たちが再び破滅する姿が、そんなに面白いのか……?


 不死の怪物。

 負けが約束された運命。

 打ち砕かれる希望。


 そんなもの、面白くもなんともない!


『コムギッ、ホリンッ、ロラン殿ッ、ユリアンッ、ダンッ、ヨブッ!』


 叫んでも私の言葉は届かない!

 私は攻略本、私は未来からやってきた部外者だ!

 私は滅んだ故郷を救うためにここ戻ってきた!


 私は……私は……私はずっと、後悔していたのだ……。

 なぜ、なぜ私は、あの時あの花畑に行かなかった……。


 なぜ待ってくれていると信じて、ゲルタの誘いを断らなかった!

 私は、私は……!!


『っっ……!?』


 その時、ないはずの頭がズキリと痛んだ。

 いやそれだけではない。


 極限状態と、この胸の中の激情がきっかけとなったのだろうか。


『な、なんだ……この、イメージ、は……?』


 私の脳裏にいくつもの映像が浮かび上がった。

 白昼夢となってずっと忘れられていた思い出がありありと蘇り、その思い出が、私自身を否定した。


『私、は……』


 過去を深く思い出せないわけだった。

 私は果てしない月日を、深い思い込みに囚われて生きていたのだ。


 そうであって欲しいという願いが現在の私を形作り、そして死を迎えるまで、真実を思い出すこともなかった。


 私は思い出した。

 己がどこの何者であったのかを。

 勇者であった頃よりも正確に、今全てを思い出した。


 この物語には隠されたもう1つの台本がある。

 私はずっと、その台本から目をそむけて生きてきた。


 1人だけ生き残り、何もかもを失った私は、そうする他になかったのだ。

 私はホリンであって、ホリンではない。


 そう気付くと、一冊の本でしかなかった私の身体に、再び重力という名の枷が蘇っていた。


 全てを思い出した私は、攻略本であることを止めた。


 私はコムギが所有する攻略本さんだ。

 だが生前は、勇者をしていた。


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