・勇者の故郷、アッシュヒルが滅びる日 - テレポートの正しい運用法 -
「あ……あれって……」
『よそ見をするな……っ。まったく、今回という今回は冷や冷やさせられた……! ホリンの気持ちが、今日ほどよくわかる日はないぞ……!』
「ホリンだっ!! ホリンがみんなを呼んできてくれたんだっ!!」
ホリンにはある役目があった。
テレポート使いのホリンは、フィーちゃんと魔女さんを援護するのが最初の計画だった。
でも、もっと強気なホリンの運用法があるって、攻略本さんが提案した。
「よう、元気してたかい……お嬢ちゃん」
「ユリアンさんっ! きてくれたんですねっ!!」
「俺たちもいるぜ、コムギ! きな臭ぇいい村じゃねぇか、ガハハハッッ!!」
ホリンの魔力を強化して、テレポートを1日に2回使えるようにする。
そうすれば、ユリアンさんに助けを求めて、ここに連れてくることができる!
「ホリンッ、お帰りーっ! 痛っ?!」
あたしは両手を広げてホリンを迎えた。
なのにホリンのやつ、あたしのおでこを叩いた!
「無茶すんなって言ってんだろっ、お前ってやつはもうっ!!」
「ごめん……。でもっ!」
「イチャつくのは後にしな。さあこいつらを片付けるぜ、ホリンッ、野郎どもっ!」
「おうよっ!」
「へいっ、おかしらっ!!」
ユリアンさん、ホリン、12人の海賊さんたちがあたしの隣を横切った。
隕石の直撃を受け、さらにロマちゃんに蹂躙されていた魔物残党は、あんなにあたしを追い回していたのが嘘のように、一瞬で殲滅されていた……。
逃げようとする小さな悪魔たちを、ユリアンさんが凄い音の出る弦のない弓で次々と狙撃していた。
「うっしっ、さあ進軍だ! もちろん、お嬢ちゃんも一緒にくるよなぁっ?」
「うんっ、行く! あたしも戦う!」
「おいユリアンさんっ、コムギは連れてかなくていいだろ……っ!」
「そうかぁ? お前さんの隣に置いとかないと、次はどこに突っ込んでくかわかんねーぜ、この子?」
「ワハハハッ、そこがコムギのいいところじゃねーっすか、おかしらぁっ!」
「これが終わったら海賊になれよ、コムギッ!」
あたし、ユリアンさんと海賊さんたちが好き。
頼もしくて陽気で、一緒にいると元気になる!
「はぁぁぁ……っ。そうだな……ユリアンさんの言う通りだ……はぁ……っっ」
ホリンのやつ、2回もあたしを顔を見てため息を吐いた。
ホント失礼なやつ!
「あの、でもどこに行くんですか?」
「西門の方は片付けた」
「えっ!? もうやっつけちゃったんですかーっ!?」
「おう、あっけないくらいに楽勝だったぜ。つーか、この村の連中、おかしいだろ……」
西門で何が起きたんだろう……。
ユリアンさんたちは苦笑いを浮かべてあたしを見ていた。
「お前、ちょっと強くし過ぎたんじゃねーか……?」
「へ……?」
「主婦が銅の剣でスケルトンウォーリアを倒せちまったら、俺たち戦士の立場がねーって言ってるんだよ……」
「え……?」
「お前がやったんだよっ、お前のパンがみんなを強くし過ぎたんだっ!」
「……はい?」
ちょっと理解が追いつかなかった。
あたしのパンを食べると、経験値っていうのが手に入る。
それがホリンたちを強くするのはわかってるけど……。
ただの主婦が魔物を倒しちゃうなんて、ちょっと話を大げさに膨らませ過ぎだと思った。
「その話は後だ、さあ行くぜ」
ユリアンさんたちが東に向けて走り出した。
するとホリンがあたしの手を引いて、一緒に行こうって誘ってくれた。
ちょっと乱暴な手の引き方だったけど……。
でもそうなる理由が、空を見上げるとそこにあった。
東の防衛線から、黒煙が上がっている……。
さっきまでは火が静かだったのに、なんか柵の辺りが凄い炎上してる!
「やりやしたね、おかしら!」
「パーティはまだ終わってねぇみてぇですぜ!」
「バカ野郎っ、テメェら人の命がかかってんだぞ! 笑ってねーで全力で走りやがれっ!!」
西の待ち伏せ部隊は、ユリアンさんと村のみんなで力を合わせてやっつけた。
フィーちゃんと魔女さんが立てこもる塔の辺りも、すっかり静かになっているように見える。
でもまた戦いは終わっていない。
巨大な、凄く巨大な何かが、東の防衛線で暴れ回り、炎を吐いているのが見えた。
「ありゃ、グレーターデーモン、か……?」
「なんすか、それ?」
「手の付けられねぇ怪物だ……。アレを倒すには、町1つを引き替えにする必要があるって聞くぜ……」
「やっぱ逃げるとか言うなよ、ユリアンさん……?」
「バカ抜かせ。報酬を受け取るまで海賊が退けるかよ!」
ユリアンさんが急にあたしを見た。
え……?
なんでこっちを見るの……?
え……報酬って、もしかして、あたしなの……っ!?
「今回の報酬はお嬢ちゃんのパンだ」
「えっ、パン!? あたしのっ!?」
「おうさ、おかしらはコムギのパンを喰いたいんだってよっ!」
「テメェらも目当ては同じだろがっ! たらふく喰わせてくれよ、お嬢ちゃん!」
えへへ……へへへ、えへへへ……。
助けてくれるだけじゃなくて、あたしのパンまで食べたいだなんて、なんて嬉しいんだろう!
「ありがとう、ユリアンさんっ! あたし、海賊さんたちみんなにいっぱい作るねっ! いっぱいっ、美味しいパンを!!」
「契約成立だな。期待してるぜ、お嬢ちゃん」
あたしたちは駆けた!
彼方で暴れる最後の大物めがけて、駆けた!
なんか……近付けば近付くほど、異常に大きくなってゆくように見えるけど……。
でもあれを倒せば、運命の日を乗り越えたことになる。
きっとそうなる。
そう信じてあたしたちは走った。
滅ぼされる宿命にある勇者の村が生き抜いて、勇者様が真の意味で救われる瞬間が間近に迫っていた。
『ありがとう、友よ……。過去に遡ろうとも、我らは友だ、ユリアン……』
さあ、ハッピーエンドの舞台へ!
全員生存のオープニングがあたしたちを待っている!