・勇者の故郷、アッシュヒルが滅びる日 - 天より来たりしモノ -
・小さな村の小さなパン屋
異変の始まりは風の匂いからだった。
気のせいかどこか焦げ臭いような、そんな気がしてあたしはカウンターから立ち上がった。
『コムギ、どうか落ち着いて聞いてくれ。とても言いにくいことなのだが……』
攻略本さんのその声だけで、外で何が起きたのかわかった。
攻略本さんは嗅覚が鋭い。
鋭いだけじゃなくて、破滅の日を生き抜いたただ1人の当事者でもある。
『この匂い、忘れもしない……。コムギ、ついに破滅の日が……やってきてしまったようだ……』
その攻略本さんが、時がきたとあたしに告げた。
「そっか……。きちゃったんだ……」
あたしはパン焼き窯から、燃料であるフレイムの魔法を解除した。
お店の窓辺、そこにあるイスでいつものように眠るロマちゃんを撫でて、揺すり起こした。
「ロマちゃん、行くよ……」
『落ち着いて行動するのだ。君は西門に合流し、魔法使いとして皆を援護する。ここから先の主役は君ではない、彼らみんなだ』
お鍋のふた+99と、竜のお守り、クッキーナイフを装備してあたしはお店を出た。
もちろん、ロマちゃんと攻略本さんも一緒に。
ちなみに氷の盾はホリンにもう返してある。
「嘘……もう、戦いが始まってる……」
剣がぶつかり合う音。男たちの雄叫び。怪物の咆哮が聞こえた。
フィーちゃんの暮らす東の森から火の手が上がっている……。
『心配はいらない。君が育てた村人だ、むしろ怪我をさせることの方が難しいかもしれんな。さ、早く皆と合流するんだ』
「うん……」
がんばらなきゃいけない時なのに、あたしは言いようのないプレッシャーに足が重くなっていた。
これは、あたしと攻略本さんが始めたことだった。
もしこの戦いで人が死んでしまったら、どうしよう……。
『心配はいらない。彼らはあの日から毎日、君のパンを食べて育ってきたのだ。皆を信じろ』
「うん……うんっ! 大丈夫、だよね……!」
あたしは真っ直ぐに村の西門に歩き出した。
だけどあたしたち、その道中で見つけてしまった。
西門を守るみんなの遠い姿と、その後ろを突こうと林に潜伏する魔物たちの群れを。
『迂回しよう。君が死んでは意味がない』
「ううん、あたしが足止めする。ロマちゃん、みんなにこのことを、教えてくれる?」
『待て、何を言っているっ!? 死ぬ気か、コムギッ!』
「違うよ、引き付けて逃げるだけ。いくよっ、ロマちゃん!」
あたしはフレイムの魔法をめいっぱい増幅して、骸骨と小さな悪魔の群れに投げ付けた。
フレイムは林の腐葉土に燃え広がって、敵を炎の中に飲み込んだ。
「わっわっ、ど、どうしようっ、やり過ぎじゃったっ!」
『早く逃げろっ、やつら襲ってくるぞ!』
「わ、わぁぁーーっっ?!!」
小さな悪魔があたしに氷の槍を撃ってきた!
魔法を使える悪魔がいっぱい、いっぱいいる!
こんなの想像してなかった!
あたしは逃げた!
怒った魔物たちは、みんなあたしを追いかけてきた!!
『まったく君という人はっ、どうしていつも無茶をするのだっ!』
「だ、だって……っ!」
『ホリンではないが今日という今日は言うぞ、もっと命を大切にしろっ!』
あたしは村の中心部に逃げた。
そうだ、勇者がそうしたように、酒場宿の地下に身を隠そう。
「あれ……? あっ、ああっ、しまったっ、ここって……っ!」
けどあたし、やっちゃった……。
『何をやっているっ、自分たちが築いたバリケードに阻まれてどうするっ!』
前線が潰走した時のための保険に、村の中心部にシェルターを作ったんだった……。
あたしは進路をバリケードに阻まれ、背後を魔物の群れにふさがれた。
あれ、これって……凄く、まずい、のかな……?
「ど、どうしよ、攻略本さん……」
『どうもこうも、こうなっては切り抜ける他になかろう……。そうだ、炎で道を作り、君が突破するときだけ解除を――』
「あ、くる……」
『とにかく生き延びろっ、コムギッ! 君はこんなところで死んでいい人間ではないだろう!!』
敵の数は、ざっと50体くらい……?
えっと、どうしよう、あれを一斉にやっつける方法なんてないし、攻略本さんの言った通りにするしかない。
魔力を増幅して、炎の道を――
「う、うわぁぁぁっっ?!!」
拓こうと、したんだよ……?
だけどね、なんかね……。
『キュゥゥゥーンッッ!!』
って、凄い音が空から聞こえてきてね……。
『ズドォォォォーンッッ!!』
って、何かが魔物の群れの真ん中に落っこちたの!
凄まじい爆発が魔物たち全員を吹っ飛ばしてた!
そのうちの半分が光になって、宝石になるのをあたしは目撃した。
あたしにはもう、何が起きたのかわからなかった……。
「ぅぅ……耳痛い……。今の、なんだったの……?」
『わからぬ……。いや、だが……あれは、隕石なのか……?』
「いんせき、って何……?」
『星の世界からきた石だ。しかし、なんという幸運だろうか……』
あ、そんなことより逃げなきゃ……。
あたしはフレイムの魔法を放ち、それを壁にして敵の包囲の中から駆け出した!