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・勇者の故郷、アッシュヒルが滅びる日 - 赤い姫君 -


・酒場の赤い姫君


 初秋、このアッシュヒルで紅葉が始まる頃。

 村の東から火の手が上がり、モンスターの大群が迫ってくる。


 まいったね……。

 本当に、あの子の言う通りになっちまったよ……。


 つい先ほど、村の警鐘が半狂乱で打ち鳴らされると、村の連中は蜘蛛の子を散らすように酒場宿を飛び出していっちまった。


 後に残ったのは、うちに滞在中の商人連中さ。


 『今は時期が悪いから早く帰りなよ』と、アタイはそう言ったんだけどねぇ……。

 それでもうちに泊まってくれて、金を落としてくれて、今は真っ青になってアタイを囲んでいる。


「ゲ、ゲルタ……こ、これは、いったい……」

「あっはっはっ、アンタまだ状況がわかってないのかい? これはね、モンスターどもの襲撃さね……」


「襲撃っ!?」

「それも、とんでもない大群らしいねぇ……」

「ち、逃げましょう、ゲルタさんっ! さあっ、我々の荷馬車で早く!」


「ありがとう、嬉しいよ……。けど、今回はその気持ちだけ受け取っておくよ」

「そんなこと言わないで早くっ!」

「貴女を愛する他の商人たちのためにも! ゲルタ、貴女を失うわけにはいかない!」


 若い頃はアタイもヨブのように都に出ていた頃があった。

 あの頃はこうやってチヤホヤされるのは、もうお腹いっぱいもいいとこだったもんだけどねぇ……。


「ねぇ、アンタたち……」


 悪い気がしないよ。

 やっぱり、男にモテるって最高さ!

 アタイはアタイのこの個性を使って、コムギに恩返しをしないとね……。


「アタイを少しでも本気で愛してくれているなら……これから、アタイと一緒に戦ってくれないかい?」

「な、なんだってっ!?」

「それは、いくらなんでも無謀……! あんな大群に勝てるわけが……!」


「アッハッハッ、アンタたち逃げれる気でいるのかい!? 逃げ道なんて、そんなものもうないよ!」


 アタイは崇拝されている。

 賢く、美しく、人生経験豊富なミステリアスな美女だと思われている。


 そのアタイが逃げ道なんてないと断言すると、彼らはさらに真っ青になった。


「敵の大将になって考えてみなよ。数に勝る自分たち魔物軍が、なんで、東側からだけ攻め込まなきゃいけないんだい?」


 アタイは何度も言ったんだよ。

 今回は道草しないで、真っ直ぐ町に帰りなよって……。


 だけど男たちは、アタイとの楽しい酒場宿の夜を選んでくれたのさ。


 光栄だね……。

 ああ、チヤホヤされるのって……やっぱり気持ちいいねぇ……。


「ほ、包囲……されているということですか、ゲルタさん……?」

「さっき出て行った村の連中はね、逃げたんじゃないのさ……。男も、女も、ジジィもババァも子供も、村を守るために、自分の持ち場に付いたのさ!」


 これはヨブとロランの功績だね……。

 あの二人があの子(コムギ)の言葉を信じて、本気で戦う体制を整えてくれた。


 ヨブのあの強引さと、ロランのカリスマと武勇がアッシュヒルを1つにまとめた。


「ロランがどうにかしてくれるよ。あの男の腕と人望は、アンタたちだってもう知ってるだろう?」

「ロラン……そうか、彼か! 彼がいれば、あるいは……!」


 ロランが帰ってきてくれて、よかったよ。

 ロランが村にいなかったら、難しかったかもしれないね……。


「やれやれ……酷い時期にアッシュヒルに立ち寄ってしまったものですなぁ……」

「うむ、だがこれも交易商人の定めだろう……。旅先で災難に巻き込まれることは、今に始まったことではない」


「ゲルタさん……もし、我々が生き残ったら……」

「ああ、飛び切りのサービスをしてあげるよ! 何がいいんだい……?」


 部外者に命を差し出せって言うんだ、なんだってしてやらないとね……。

 あたしにできるのは、このくらいのことだろうしね……。


「で、では……ちゅ、ちゅーを! 貴女のおみ足に、ちゅーをさせて下さいっっ!」

「踏んで下さいっ、私を踏んで下さいっ! いえっ、願わくば、わ、私を貴女様のイスにっ!!」

「……あ、足? 踏む……ア、アタイがかい……?」


 最近の若い子たちって、こういうのが当たり前なのかい……?

 ずいぶんこじらせているというか……。

 アタイらの時代では、もうちょっとストレートだったよ……。


「唇に、唇じゃなくていいのかい……?」

「そ、そんな恐れ多いっっ! あっ、私もついでに踏まれたいですっっ、強めでお願いします!」


「そ、そうかい……そうなのかい……。踏まれたり、イスにされてして、アンタたち……それで何が楽しいんだい……?」

「我々の世界ではご褒美です!!」


 なんだかシャキッとしないけど、アタイたちは覚悟を決めた。

 村の西門へと出陣した。


 商人たちは馬を荷馬車から外して、自衛用の弓を取り、騎馬弓兵になってくれた。


「おおっ、きてくれたのかっ、あんたたち!」


 村の連中は喜んだ。

 ただでさえ、西側の防衛は女子供が多かったからね……。


「こうなりゃ自棄ですよ! ゲルタさんと一緒に戦ったって、商売仲間に自慢話してやるんですよっ!」


 村の西門ではもう戦いが始まっていた。

 本当にアタイらを皆殺しにするために、村の西側にも魔物が伏せられていた。


 ただ、予想外だったのは――

 村の連中さね……。


「とーちゃんっ、俺たちイモムシやっつけたぜっ!」

「はははっ! お前こそ見ろっ、とーちゃんは骨人間を3匹やっつけたぞーっ!」


「わぁーっ、とーちゃんすげーっ!」


 駆けつけた時には、西門が敵の火炎と体当たりで無惨に崩されてしまっていてね。

 アタイらは過酷な白兵戦に入る覚悟を決めた。


 はずなんだけどねぇ……。


「あら? あらあらあらっ、なーにこの人たち~? なんだか砂みたいにもろいわぁ~?」

「かーちゃんっ、つえーっ!!」


 剣と剣が打ち鳴らされると、骸骨の腕ごと敵の武器が吹っ飛ぶのさ。

 主婦が銅の剣でコツンと叩くだけで、水で固めた砂みたいにスケルトンの体が崩れちまった。


 子供たち三人組が撃った小さなショートボウが、硬いイモムシの装甲を貫いて、宝石に変えた。

 それを見て子供たちははしゃぎ回っていたよ。


「こ、子供が火炎クロウラーを短弓で!? な、なんなんだ、この村はっ?!」

「こんな山奥に、こんなに強い連中が隠れ住んでいただなんて……っ!」


 商人たちが弓を放った。

 しかしクロウラーの装甲はその矢を弾き返し、ますますアタイらに首を傾げさせた。


 あまつさえ、子供たちが続けてショートボウを放ち、そのクロウラーをやっつけちまったんだから、大人の立場がないねぇ……。


「ぬわぁぁーっっ?!!」

「とーちゃんっ! 大丈夫かっ、とーちゃんっ!?」


 だけど素人は素人だからね、隙を突かれて斬られちまうやつもいた。

 だけどそれも、おかしいのさ……。


「大丈夫かいっ!?」


 アタイも肉切り包丁を片手に間に入ったんだけどねぇ……。


「ゲルタ、すまねぇ……っ。お、俺が死んだら、かーちゃんと、息子を――」

「なんだい大げさだねぇ! かすり傷じゃないかい!」

「とーちゃん、かっこ悪ぃ~っ!」


 腕を斬り飛ばされかねないくらい、ざっくりやられたはずなのにね……。

 患部を見れば、浅く肉が斬れてそれなりの血を流すだけだったのさ。


 このくらいなら、止血をすれば命に別状はない。


「ゲルタさんっ、危ない!」

「あっ――ありゃ? な、なんだい、アンタ、急に……?」


 スケルトンがアタイに斬りかかろうとした。

 だけどそのまんま止まっちまった。


 空っぽのその眼孔がアタイをただただ見つめている。


「ああ、そういうことかい……。アンタもあの子と同じってことかい……」


 アタイは胸の谷間を寄せて、その怖ろしい不死の怪物たちにウィンクを飛ばした。

 あのロマネコロネの時と同じようにいかないか、ちょっと試してみたのさ。


 スケルトンたちは静かに剣を下げ、反対方向を向いて、また剣を身構えた。


「悪いね、色男さんたち。ちょいとだけ、アタイらを守ってくれるかい?」


 後ろ姿がうなづき、スケルトンがスケルトンに襲いかかった。

 クロウラーには誘惑が効かないみたいだけれど、誘惑をするたびにスケルトンの4割が動きを止め、味方になる。


 残りの6割はなんだろうね……。

 女と、女と同じ乙女心を持つ男たちには、アタイの誘惑は効かないのかもしれないね。


「さあ、アッシュヒルを守るよっ、アンタたち!」


 アタイは廃材の御輿の上に立った。

 スケルトンたちがその御輿を担ぎ、アタイはその上で踊り回った。


 歌、誘惑、鼓舞。なんだってやったさ。


「ゲルタさんっ、ゲルタさんっ、ゲルタさぁぁんっ!! 世界一美しぃぃよぉぉーっっ!!」

「わかってますな、骸骨殿! 後で一杯飲みましょう!」


 商人たちは馬を降り、スケルトンと一緒になってアタイを掲げている。

 スケルトンも案外かわいいもんさ。


 まあ、男を奪われた女スケルトンからすれば、アタイは最悪の女狐だろうけれどね……。

 だけどしょうがないよ。


 ツルツルの頭蓋骨を撫でてやると、顎をカタカタ鳴らして喜んでくれるのさ。

 骨だろうと、スライムだろうと、人間だろうと、そんなの関係ないよ!


 男にモテるっていうのは、アタイにとって最高のことだったさ!


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