・勇者の故郷、アッシュヒルが滅びる日 - 小さな大魔法使い -
朝。微かに意識が目覚めるたびに、あたしはハッと飛び起きる。
窓辺に走り寄って、魔法を灯火にしてすぐそこのイチョウの木の葉を確かめる。
そして、ホッとため息を吐く。
最近はずっとこの繰り返し……。
あたしだけじゃなくてホリンも、ロランさんもヨブ村長もフィーちゃんも同じだそうだった。
運命の日。
あたしたちのアッシュヒルが滅ぼされてしまう日。
勇者だけが生き残る日が、もうじき訪れる。
本当に運命を変えられるのか、あたしたちは不安を抱えて毎日を過ごしていた。
パンを焼き、そのパンでホリンと村のみんなを育てて、朝のためのパン生地を仕込んでまた眠る。
目覚めて、窓辺に駆け寄って、紅葉の始まりを確かめる。
つい少し前までは暖かかったのに。
今では肌寒い朝晩が当たり前のものになっている。
運命の日は明日かもしれない。
言いようのない不安を抱えて、あたしたちは毎日を一生懸命に生きた。
あたしたちはまだ死んでいない。
まだ生きている。
ずっと前から村長さんたちが村の東部にある柵の向こうに、堀を掘ってくれている。
ユリアンさんがくれた武器が、既に村みんなに支給されている。
ゲルタさんにメロメロの商人さんたちが、小さな弓や薬を仕入れてくれた。
村の子供たちは、親から短弓を貰ったってとても喜んでいた。
みんな薄々気付いていた。
村長たちの様子がおかしい。
村の防衛体制を、こんな急に強化させるだなんて変だ。
きっとこれから、何かが起きる。
アッシュヒルのみんなは、戦いの始まりを予感していた。
『おはよう、コムギ。外の様子を聞いても構わないだろうか?』
「攻略本さん……」
『その様子……もしや、始まってしまったのか……?』
「うん……うっすらと、葉っぱが黄色くなり始めてる……」
紅葉の季節がやってきた。
イチョウの葉が一斉に色あせ、あたしたちに滅びの訪れを予言していた。
・
・小さな大魔法使い
お姉ちゃんはソフィーの憧れなのです。
強くて、やさしくて、がんばり屋さんで、みんなに信頼されてる自慢のお姉ちゃんなのです。
そんなお姉ちゃんが、怖い予言をしたです。
アッシュヒルは滅びる。
最前線は、ソフィーとお師匠様が暮らす、ここだって……。
村のおじさんたちが塔の周囲を、鳴子と獣除けで囲んでくれたです。
その鳴子が今、お昼ご飯の真っ最中なのにいきなり鳴ったです。
ソフィーとお師匠様は食べるのを止めて、塔の頂上から地上を見下ろしたです。
「ヒェヒェヒェ……あれがあの子が言ってた火を吐く巨大な怪物かい。ありゃ、グレーターデーモンだねぇ……」
「ぴ、ぴぇ……っ?! あ、あんなのがきたらっ、ソフィーたちの塔が壊されちゃうですよーっ?!」
お昼の明るい日差しの下に、魔物の軍勢を見たです……。
鎧と剣をまとった、骸骨さんの大軍がいたです……。
牛さんくらいもある大きな芋虫たちは、口から火を吐いて森を焼いていたです……。
中でも紫色のイボイボの肌をした大きな悪魔は、芋虫さんの4倍くらいもあったのです……。
「ソフィア、攻撃はあのでかいのをやり過ごしてからだよ」
「えーっ!? で、でもっ、あ、あのおっきいのっ、村に行っちゃうですよーっ!?」
「ヒェヒェヒェ! アレはロランとヨブのクソジジィがどうにかするだろうさ……!」
これが滅びの日……。
ホリンおにいちゃん以外の、みんなが死んじゃう日……。
でもお師匠様は笑っていたです。
炎がソフィーの塔を取り囲み、骸骨さんたちが押し入ろうと青銅の門を武器で殴っているです。
なのに、お師匠様は勇ましい顔で笑っていたです……。
「いいよ、ソフィア」
「……ほへっ?」
「手始めは、アンタのアイスレインでいくとしようじゃないかい……。やっちまいな、ソフィア!」
「こ、攻撃したら……お、怒ったり、しないですか……?」
「コムギとホリンを守りたくないのかい? 今がんばらなきゃ、大勢死ぬよ?」
「こ、怖い……怖い、ですけど……それは困るです!」
「ああ、そうだろうさ」
「ソフィーは……ソフィーはみんなのために戦うですっっ!!」
今日までずぅぅぅぅ~~っと、魔法の力を使わないで溜めてきたです。
それを今解放して、ソフィーはアッシュヒルの青空に叫んだのです!!
「骸骨さんもっ、火吐く悪い子もっ、アッシュヒルには行かせないのですっ!! アイスレイィィンッッ!!」
「お……おぉぉぉ……っっ!!」
お師匠様が目を輝かせて空を見上げたです。
そしてソフィー、は大誤算に気付いたのです……。
「はわぁぁーっっ、屋根がないところで使ってたのですぅぅーっっ?!!」
長くて鋭くてキラキラの氷の槍が、ソフィーたちの足下に突き刺さったのです!!
石なのにっ、石なのに氷さんが勝ったのです!!
ち、ちぬですぅぅーっっ!!
ソフィーはお師匠様の手を引っ張って、屋上から下の階へと逃げたです。
はぁぁ……っ、ちぬかと、思ったのです……。
「ヒェヒェヒェ! 危うく弟子の魔法で死んじまうところだったねぇ!」
「ご、ごめんなさいです、お師匠様……」
「今の、あと何回撃てそうだい?」
「れ、連続は無理なのです……っ、少し、休まないと……」
「休めば、いくらでも撃てるってことだね?」
「はいです! まだまだ、しばらくはいけると思うです……休めば」
「ヒェヒェヒェ! こりゃぁ負ける気がしないねぇ!」
氷の槍が止むと、お師匠様とソフィーはまた頂上から下をのぞいたのです。
全部じゃないですけど、森や草を燃やしていた炎がだいぶ消えていたです。
炎に解けた氷の槍が温かい水蒸気になって、湯気のように辺りを包んでいたです。
ソフィーのアイスレインは、骸骨さんにはそんなに当たってなかったです。
だけど火を吐く芋虫さんたちは、氷の槍で串刺しだったです……。
水蒸気の中で光になって、宝石になって消えてゆくのを見たです。
「おや、まだまだくるようだねぇ……」
「ひぇっ?! ただの山奥の村を滅ぼすのに、なんであんな数を揃えてくるですかーっ!?」
西の方から、続々と新しいモンスターさんたちが迫ってくるのが見えたです……。
あの数を、アッシュヒルに行かせるわけにはいかないです……。
「ソフィア、アンタの出番が早まりそうだよ。ここは踏ん張りな」
「は、はひ……っ!」
これが滅びの日……。
村から誰1人生かして逃がさない、強い強い悪意を感じたです……。
お師匠様がターンアンデッドの魔法でスケルトンを焼き払い、芋虫さんが迫ってきたらソフィーがアイスレインを撃つ。
お師匠様とソフィーは戦い続けたです。
逃げ道はないです。
敵が頂上までやってきたら、もう逃げられないのです……。
ホリンおにいちゃんのテレポートを、ソフィーも使えたらよかったのに……。
ソフィーは生き残るために、村のみんなとの毎日を守るために、逃げられない塔で戦い続けたです……。
エピソード「筋肉が爆発した日」のホリンの挿絵が抜けていました!
本日追加しました!
ごめんなさい!