・幸運のアップルパイを作ろう - どうか勇者ホリンに祝福を -
高台の大風車に行くと、ホリンが珍しく仕事をしていた。
「嘘、ホリンが掃除なんかしてる……!」
「俺が掃除して悪いかよ。去年だって収穫に入る前はこうしてたっての」
「あたしも手伝う……?」
「お前の手を借りるくらいなら、牧草地の山羊を借りるっての」
「山羊に手はないよーっ!」
「ここじゃなんだから外に出ようぜ」
ホリンはさっきからあたしのバスケットに注目している。
ホウキを壁に立てかけて、あたしを風車の外に誘った。
風車の中は暗くて少し肌寒かったから……。
「あのねっ、それでねっ、ホリンのためにねっ、アップルパイを焼いたのっ!」
「お前のパン屋からなんか甘い匂いがしてくると思ったら、それか」
「うんっ、会心の出来! でもこれはね、普通のアップルパイじゃないの! 幸運の林檎を入れちゃったんだよ!」
「お、おお、そうかっ、ついに使ったかっ! ならみんなに――」
「ううん、ホリンが全部食べて!」
そう言ったらホリンがまた難しい顔をした。
そんな顔したって似合わないのに、文句ありげな目であたしを見ていた。
「いやこんなに食えるかっての……っ! 分量おかしいだろっ!?」
「ホリンなら8個くらいいけるでしょ?」
「普通のパンならな……」
バスケットからホリンが祝福のアップルパイを1つ取った。
食べるなり、ホリンの目が大きく広がった。
「昔、お前の母ちゃんが作ったやつと、同じ味だ……」
「あはは、ロランさんも同じこと言ってたよ。お母さんのレシピなんだから当然だよ」
「もっと貰ってもいいか……?」
「どうぞっ!」
バスケットごと渡そうとしてもホリンは受け取らなかった。
自分の分だけ、ちゃっかり2つも取っていた。
「半分ずつにしようぜ。4つくらいならいける」
「ううん、ホリンが全部食べるの」
「だから無理だって言ってんだろっ、食欲的に!」
「それでもホリンが全部食べるの!」
「だからなんでだよっ!?」
「生きてほしいから!」
「ならお前も食べろ!」
「ううん、これはホリンが食べなきゃダメ! だって、ホリンが未来の勇者様なんだからっ!」
あたしにとってそれは、もう確定したも同然の事実だった。
でもホリンは言われて驚いていた。
「俺が勇者? 勇者はロランさんだろ」
「違うよ、攻略本さんはロランさんじゃなかった。勇者はロランさんの形見の剣を握って、旅を始めるの」
あたしがそう言うと、ホリンはこっちを疑うような顔をした。
「ロランさんが負ける……? あり得ないだろ、そんなの」
「うん、あたしも最初はそう思った。でもね……ロランさんは逃げなかったんだって。逃げずに村と運命を共にしたんだって……」
故郷サマンサを棄てた王様は、もうどこにも行き場所がなかった。
ロランさんはアッシュヒルを棄てられなかった。
「あのね、ホリン。この祝福のアップルパイは、勇者ホリンが食べなきゃダメなの」
「その呼び方は止めろ、俺は勇者じゃねぇ」
ホリンの言葉を無視してあたしは言葉をまくしたてた。
「これは未来のホリンが手に入れるはずだった幸運なんだから、あたしが食べちゃいけないの」
今食べれないなら家に持って帰ってと、あたしはホリンの手を取ってバスケットを握らせた。
ホリンはなんだか上の空だった。
「なぁ、コムギ……」
「なーに?」
「俺だけ、生き残るのか……? お前は……?」
「生き残るのは勇者だけだよ」
「そんな酷い話があるかよ……そんなの、あんまりだろ……」
「でもホリンさえ生き残ればやり直せるの。だからこれを食べて、生き残って」
ホリンがアップルパイを1つかじった。
今度は美味しそうな顔をしてくれなかった。
「なんか、急に味がしなくなった……」
「大丈夫だよ。失敗しちゃっても、攻略本さんがそうしたように、もう1度やり直したいってホリンが願えばいいの。そうしたら、あたしたちはまたやり直せる」
「負けるつもりはねーよ。お前が魔物に殺されるなんて、そんなの絶対にダメだっ! お前だけは死なせねぇよっ!」
「ホリン……」
「村も、お前も、ロランさんも、俺が全部守ってやる! だからそんな顔するな!」
ホリンがあたしの肩に両手を置いた。
必死で守ろうとするホリンの姿が、空想上の攻略本さんの姿と重なった。
「うん、わかった……。まっ、きっとどうにかなるよね……?」
「はっ! その質問の返事はな……っ、こうだっ!」
「んっ、んぐぅっっ?!!」
なんかいいムードだと思ってたのに……。
ホリンがいきなり、あたしの口に祝福のアップルパイをねじ込んだ!
一度口に入れてしまうと、美味しくて吐き出すなんて無理だった……!
幸運の林檎を使ったアップルパイは、赤い林檎のアップルパイより爽やかだった!
それでいて凄く甘かった!
無心に食べずにいられない最高の甘味だった!
「何するのよっ、もーっっ!!」
「半分ずつ食べようぜ、そして俺たちで助け合うんだ」
「で、でも……」
「じゃねーと、無理矢理また口に押し込むぜ!」
「そんなことされたらまた食べちゃうよーっ、あたし! むぐっ?!」
全部ホリンに食べさせるつもりだったのに……。
あたしたちは幸運を半分こにすることになっていた。
運命の日は、もう目前だ。
半月、ううん、一週間もないかもしれない。
あたしたちは生き延びなきゃいけない。
復讐のために全てを燃やし尽くした悲劇の英雄に、本当のハッピーエンドを見せてあげるために。
あたしたちは運命の日を乗り越える義務がある。
これは攻略本さんがくれたチャンスなんだから。
あと、それと――
「う、美味……っ、クソ甘いけどやっぱ美味いなこれっ!!」
「うんっ!!」
祝福のアップルパイ、超美味しい!!
あたしたちはお腹いっぱいで、それぞれの家に引き返していった。
美味しく食べて、凄惨な運命を書き換える!
あたしたちには最強の老人と、巨人と、王様と、美女と、小さな大魔法使いがいる!