・幸運のアップルパイを作ろう - ロランさんの幸せはお母さんの幸せ -
「おはようございます」
「あれ……ロラン、さん……?」
「気持ちよく眠っているところ悪いのですが、アップルパイが焼けましたよ」
「へ……?」
見上げるとそこには、エプロン姿のロランさんがいた。
普段はあれだけ勇ましくて優雅なのに、エプロンを付けると家庭的でよりやさしそうに見えた。
「パン焼き窯の中の話です」
「あっっ!? あっ、ああああーっ、ね、寝過ごしたぁぁーっっ?!」
「いえ、ご安心を。ちょうどいい焼き加減でしたよ」
ロマちゃんを抱えたまま厨房に駆け込んだ!
けどアップルパイは焦げてはいなかった!
全部が窯から取り出されて、こんがりと美味しそうなきつね色に焼き上がっていた!
サクサクのパリパリの、パイらしい焼き上がりだった!
「は、はぁぁ……っ、あ、焦ったぁ……」
「少し不用心だったかもしれませんね」
「うう……ご迷惑をおかけしました……」
「パン屋というのは大変なお仕事ですね。万一焦がしたら、村の皆が苦いパンを食べることになるのですから」
そう言いながら、ロランさんは物欲しそうにあたしのアップルパイを見つめた。
「あっ、どうぞ食べて下さい! 村のみんなに食べてもらおうと思って作ったんです!」
「見た目はクロワッサンに似ていますね……。もしや、これにも貴女の不思議な力が?」
「え? あ、いえ、ないです……。ないと思いますけど……」
もしかしたら、あったりするのかな……?
そう思って鑑定してみた。
そしたら――
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【一口アップルパイ】
【特性】[濃厚][パリパリ][サクサク][元気が出る]
[経験値+1000~2500]
【アイテムLV】5
【品質LV】 11
【解説】一口では断然物足りない。
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いつものパンとは桁違いの経験値が秘められていた!
「でもやっぱり、あるのかもしれません……。実感のないささやかな効果かもしれませんが……」
「本当に美味しそうだ……。早速いただかせていただきます」
ロランさんはまだ熱々のアップルパイを手に取って、半分を口に運んだ。
「あの、どうですか……?」
「こ、この味は……」
ロランさんが目を見開いて大げさに驚いた。
「えっ、ロ、ロランさん……っ!?」
「すみません……つい……」
「えっえっ、急にどうしたんですか……っ!?」
続けて、ロランさんの瞳から頬へと涙が滴り落ちた。
まさか泣くほどに美味しかったのかと、あたしはビックリしてしまった……。
「あの、大丈夫ですか……?」
「すみません、これは貴女のせいではありません……。最近少し、私は感傷的になっているようでして……」
残りのアップルパイがロランさんの口の中に消えた。
ロランさんは涙を拭わずに、厨房の窓辺に寄って外を眺めた。
「カラシナさんのアップルパイと、全く同じ味です……」
「はいっ、だってお母さんに教わったレシピそのままですからっ!」
あたしもアップルパイを1つ食べてみた。
サクッと口の中で生地が崩れて、中の甘い煮林檎の味わいが舌へと広がった。
あたしもお母さんが懐かしくなった。
一緒に暮らしていた頃を思い出してしまった……。
「私はここで、彼女と静かに暮らしたかったのです……。立場も故郷も捨てて、ただここで暮らせたらそれでよかった……」
「あはは、そしたらロランさんが……ロランさんが、あたしのお父さんになっちゃいますね……っ」
『あたしと一緒にここで暮らしませんか?』
そう続けて誘ってみようかとあたしは迷った。
ロランさん、うちの家の構造に詳しすぎる。
パン屋さんの仕事にも。
お母さんについても。
それはお母さんと一緒にここで暮らしていたからだって、あたしはもう気付いていた。
「あの……よかったら、あたしとここで……。あたしと一緒に暮らしませんかっっ?!!」
「私と、この家で……?」
「はい! だって、そうした方がいい気がするんです……っ! なんとなく!」
ゲルタさんは言っていた。
ロランは寂しい男だって。
王位を捨てて、お母さんに会いたくてロランさんはアッシュヒルにやってきた。
でもお母さんは、もうこの世にいなかった……。
そんなのあんまりだ。
ロランさんの人生ってなんだったんだろう……。
ロランさんはこれからどこに行けばいいんだろう……。
「その話は全てが終わってからにしましょう。……ホリンが混乱します」
「あっ、そっか……。今はあたしたちのことより、村のことが大事でしたね……」
「ええ……。ですが貴女のお言葉に、私はとても救われた気持ちになりました。ありがとう、貴女は本当にやさしい人です……」
「へへへ……ロランさんがお店を手伝ってくれたら、とっても助かりますしっ!」
「貴女のその判断は、ホリンを困らせることにもなりそうですが……」
ホリンの話になって、あたしは特別なアップルパイに目を向けた。
幸運のアップルパイだけ巻き方を逆向きにしてある。
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【祝福のアップルパイ】
【特性】[濃厚][パリパリ][サクサク][元気が出る]
[運の良さ+25~100]
【アイテムLV】4
【品質LV】 9
【解説】勇者の旅路にどうか祝福を。
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よく観察してみると、すごい効果を秘めていた。
運の良さ+25~100の効果を持ったパイが8個もそこにある!
「それがホリンの分ですか?」
「えっ、な、なんでわかるんですかっ!?」
「他の物より仕上げが丁寧でやや大きい。きっと特別な物なのでしょう」
「う……」
言われると急に顔が熱くなってきた。
否定も肯定もとっさにできなくて、あたしはロランさんにやさしく微笑まれてしまった……。
「他のパイはどこに届ければ?」
「えと、うちのお店と、酒場宿と、直売所にぞれぞれ……」
「ならばそれは元パン屋の居候にお任せを。貴女はホリンのところに行きなさい」
「え、いいんですか……?」
「ええ、何せ暇人ですので」
やさしくてそう言ってくれるのでロランさんを頼ることにした。
もし一緒に暮らすなら、きっと当たり前のことなんだし……。
「あの……ロランさん……」
「はい、なんでしょうか?」
「あたし待ってますから……。独りで寂しく暮らすより、一緒の方がずっといいと思うんです……」
この前お母さんの話をしてくれた時、ロランさんは凄くつらそうな顔をしていた。
だったら、このままじゃいけないと思う……。
「コムギさん……ですが、それは……」
「だってあたしっ、ずっとお父さんが欲しかったんです……っっ!!」
あたしは祝福のアップルパイをバスケットに入れて、言葉を失ったロランさんの前から飛び去った。
サマンサの先王様は、あたしを政争に巻き込みたくないのかもしれない。
それでもあたしは、ロランさんに幸せになってほしかった。
きっとお母さんだってそう願っている。
あたしの勝手な思い込みだけど、絶対そうなんだってあたしは信じた。
ロランさんの幸せは、死んじゃったお母さんの幸せになるんだって。