・幸運のアップルパイを作ろう - パイ生地を作ろう 2/2 -
「わかったよ……。でも、気を付けてね……?」
ロマちゃんを信じて、ボウルに小麦粉とバターを移した。
するとあたしたちはとても奇妙な光景を見ることになった。
ぷるぷるだったロマちゃんが、トロトロの液体になっちゃった!
自分より大きなボウルの中に、自分を流し込んでミッチミチに収まった!
『ぬぅ……。スライムとは、いったい……』
「す、すっごーい……すっごいいっぱいになってる……」
ボウルの中にはバター、小麦粉、ロマちゃん。それにドレッジ。
ボウルの中身のロマちゃんが、ボウルの中でボウルの中身を混ぜ合わせていた……。
『ふふ……まるで器の中のゼリーだな』
「ぜりー?」
『王族たちが好む宝石のように透ける菓子だ。いつかホリンと一緒に食べに行けるといいな』
「それってロマちゃんと似た見た目なの? 美味しくなさそう……」
『そうだろうか?』
「そうだよ! なんでせっかくのお菓子を、スライムに似せて作るのかわかんないよ!」
『む、うむ……。そういった意図はないと思うが……』
お喋りするあたしたちの目の前で、ロマちゃんはボウルを傾かせて中から生地と自分を打ち台に移した。
心配する必要なんてなかったみたい。
ロマちゃんは打ち粉をうって、パイ生地を長方形に延ばしていっている。
「あ、つい見とれちゃってた……」
『恐るべき成長力だ……』
「あたしは林檎を煮ちゃうね! ロマちゃんはパイ生地を引き続きお願い!」
かまどにフレイムの魔法を撃って大きなお鍋を火にかけた。
沸騰を待つ間、あたしはクッキングナイフで赤林檎をむいていった。
甘くて爽やかな香りがする。
皮を取り除いて8等分のくし形切りにすると、ますます甘い香りが強くなった。
仕上げに芯の部分を取り除けば、8つの林檎は64個の剥き林檎になった!
「お湯が沸いているぞ」
「あ、ホントだ。ありがと、攻略本さん」
「君は集中すると、周りが何も見えなくなるところがあるな……」
「えへへ……気を付けます」
お鍋の中にお砂糖をたっぷり入れた。
サマンサ直送のお砂糖は凄く安い!
いつもならもったいぶっちゃうけど、ドバァーッて強気で流し込んだ!
それからレモンを半分に切って果汁を加える。
もう半分は今日のお茶に入れよう。
大事に取っておくことにした。
『とてもいい匂いだ……』
「うんっ、なんだかもうお腹空いてきちゃったっ!」
『林檎に、レモンに、砂糖にバター。君の店はいつだってかぐわしい香りがする』
そう言われて、あたしは胸いっぱいにいい匂いを吸い込んだ。
はぁ……天国かも、ここ……。
「攻略本さんも口があればよかったのにねっ」
『私に口か? 怪物に間違えられるのが関の山だな』
「あ、想像してみたら確かに……。本に口があったら、それって超怖いかも……」
『パンの焼ける香りを毎日嗅げるだけでも私は幸せだ。生前の私は、よっぽどパンが好きだったのだろうな……』
鍋に赤林檎を全部入れて、あたしはフレイムの火力を落とした。
甘いお砂糖は焦げたら苦くなってしまう。
少しずつシロップ状に煮詰まってゆくお鍋を、鼻歌を歌いながら時々混ぜ合わせた。
『美味しくできそうだな』
「うんっ! アップルパイ、あたしも久しぶり! みんなに差し入れしないと!」
あたしは幸運の林檎を手に取り、その爽やかな香りを嗅いだ。
どうか勇者ホリンに幸運を。
そう願いながら、目を閉じてホリンの旅路を空想した。
海賊ユリアン。ユリアンさんならホリンの面倒を見てくれる。
ユリアンさんと一緒に世界中を冒険できるなんて、ホリンが少し羨ましくなった。
あたしは……ただのパン屋は、さすがに勇者の冒険の足手まといかな……。
破滅の日を乗り越えたら、次は勇者としての使命が始まる。
あたしとホリンとしばらく会えなくなるかもしれない……。
「よーしっ、やるぞーっ!」
だからこそ、ホリンには幸運をプレゼントしてあげたかった。
幸運のアップルパイは、祝福のアップルパイでもあった。