・幸運のアップルパイを作ろう - 信じる心 ダンさん -
塔への帰り道、あたしはダンさんの家を訪ねた。
ダンさんの新居は、家も家具も何もかもがビッグサイズの巨人の家だ。
あたしはその巨体で開墾をするダンさんに真実を伝えた。
身体は大きいけど気弱なダンさんに、一緒に戦ってほしいとお願いした。
「それ、困る……」
「そうかもしれないけど、でも戦わなきゃせっかく拓いた畑も――」
「違う……。拓いた畑、ムダになる……」
「それって……もしかして、一緒に戦ってくれるってことっ!?」
「怖い……」
巨人ダンさんが、青銅の大盾を抱いて身を縮めながら震えた。
それだけ大きな身体になったら、怖いものなんてそうそうないと思うんだけど……。
ダンさんはダンさんだった。
「あたしもちょっと怖い……。でもそんなに大きな身体になったのに、ダンさんも怖いの……?」
「俺、弱虫……。ロラン様、ホリン、羨ましい……」
「そんなことないよっ! ダンさんはみんなのためにがんばってるもん! 今のダンさんなら、悪いやつらになんかに負けないよ!」
「ありがとう、コムギ……」
「もっと自信を持って! 今のダンさんは強いんだよ!!」
励ましの言葉が通じたのか、縮こまっていたダンさんが顔を上げた。
温厚なダンさんが鋭く勇ましい顔をしていた。
「お、俺……や、やってみる……」
「本当!?」
「俺……ロラン様、みたいに、なりたい……」
ダンさんも戦うって約束してくれた。
あたしも戦うからってダンさんに誓って、もうしばらく巨人の畑仕事を眺めた。
「コムギ……」
「なーに、ダンさん?」
「いつもパンを、ありがとう……」
「うん、どういたしまして! こちらこそ美味しい小麦をありがとう! 収穫前に焼かれちゃう前に、みんなでやっつけちゃおうね!」
「収、穫……?」
ダンさんに、未来で小麦畑と牧草地が焼かれることを伝えた。
するとダンさんが、凄い力でクワを振り下ろして地響きを引き起こした。
「許、せない……。俺、戦う……!!」
ちょっと……ううん、かなり怖かった……。
ダンさんだけは怒らせちゃいけないんだって、そう思った……。
みんながあたしを信じてくれた。
みんなが村を守ろうと決意してくれた。
あたしはアッシュヒルの素朴で善良なみんなに感謝して、嬉しいこの報告を胸に攻略本さんの待つ家に引き返した。
また1日、破滅の日へとあたしたちは近付いていた。
・
力の種は粉末に変えて小瓶で保存した。
それを毎日少しずつ、ホリンの好きなバゲットに混ぜ込んで食べてもらうことにした。
たくさん作って、たくさん食べてもらった方がいいのかもしれない。
そう思って少しずつ焼いて、ホリンにだけ特別なパンを食べさせた。
「どう、力が強くなってる感じとかする……?」
「するぜ。そこまで極端な効果じゃないけどよ、最近雷神の剣の重さが物足りなくなってきた」
「あ、それいいなぁ……。あたしが食べても同じ効果あるのかな……?」
「パンを捏ねるの、楽になったりするかもな」
「あっ、それっ! ……あ、やっぱり止めとく。自分で食べるのは戦いが終わってからにする」
あたしは今日も焼きたての『力のバゲット』をホリンに差し出した。
ホリンはバゲットを受け取って、まだ焼き立てでやわらかいそれをその場でガツガツと食べてくれた。
「ん、なんだ?」
「な、なんでもない……っ」
最近、ホリンのことが時々直視できない……。
ホリンが勇者様って確定した訳じゃないけど……。
もしホリンが勇者様だったら、あたしはホリンの思い人だったわけで……。
う、うわ……。
「お前、働き過ぎなんじゃねーか? 最近なんか上の空だぞ?」
「うっ……?!」
怪訝そうにホリンの顔が近付いてきて、あたしは逃げた!
ホリンはますます怪訝そうにあたしを見る。
あたし、何やってるんだろう……。
「焦んなよ。ロランさんと魔女の婆ちゃんが力を貸してくれるんだ。体勢が万全なら負けるわけねぇ」
「そうだね……。村長さんも、凄いことになちゃったし……」
「けどなんでこのバゲットを毎日食べてるのに、爺ちゃんみたいになれないんだろな……?」
「なられても困るよーっ!?」
大きな声で主張すると、ホリンはおかしそうにあたしを笑った。
それからロランさんと特訓に行くと言って、うちのお店を飛び出していった。
最近の2人は特に訓練に熱が入っていた。
『今日は彼にアレを作るのだろう?』
「うんっ、全然熟さないし、もう使っちゃうことにする!」
『熟すのを待っていたのか? 幸運の林檎は熟さないし、腐りもしないぞ?』
「えーーっっ、それもっと早く言ってよーっ!?」
『腐るようなら勇者の手元に届かないだろう……』
昨日、村の直売所に赤い林檎が入荷していた。
ゲルタさんがモテモテになってから、村の外から色々な品物が入ってくるようになった!
村のみんなも少しでも商人さんたちと交易品のやり取りができるように、最近よくがんばっている。
こうなると、ますます村の畑や牧草地を焼かれるわけにはいかなかった。
「ロマちゃん……? 手伝ってくれるの?」
ロマちゃんが足下にすり寄ってきた。
ロマちゃんはお仕事が終わるとお昼寝をしてしまう。
でもあたしたちの話を聞いていたみたい。
パン生地を捏ねる時みたいに、ロマちゃんがぽいんぽいんと跳ねていた。
色は元通りのピンク色。
日を越すごとにだんだんとチョコ色が薄れていって、今では元通りのロマちゃんだった。
「あのね、これからアップルパイを作るの。パイ生地の仕込み、手伝ってくれる?」
ロマちゃんが元気に跳ねた。
ロマちゃんが手伝ってくれるなら、一緒に林檎の仕込みだってできる!
やっぱりロマちゃんはもう手放せなかった!
『私にも手があればよかったのだが……』
「ふふふっ、気持ちだけ受け取っておくねっ」
『話し相手くらいにしかなれなくてすまない……』
「凄く貴重だよ! 攻略本さんがくる前は、あたし独りでぶつぶつ言うしかなかったもん!」
ロマちゃんはもうやる気いっぱいだ。
打ち台に乗って跳ねている。
あたしは駆け足で地下倉庫へと降りて、アップルパイの材料を集めた。
これからあたしは甘~いアップルパイと、ホリンのために幸運のアップルパイを作る!
フィーちゃんもホリンもロランさんも、特訓をがんばってるんだからあたしもがんばる!
甘いアップルパイでみんなを労おう!