・幸運のアップルパイを作ろう - 信じる心 村長さん、ゲルタさん、フィーちゃん -
お店に戻ると村長さんがあたしを待っていた。
せっかく会いにきてくれたのに、暗い話をするなんて申し訳ない。
でも伝えなきゃいけないから、頃合いを見計らって真実を打ち明けた。
「ワハハハハッ! ワシの孫が勇者だとっ!?」
「は、はい……たぶん……」
「ハハハハッ、ワシの孫が、勇者かっ!! ワハハハハッ、こりゃたまらんわいっ、ヌァハハハハッ!!」
「じょ、冗談なんかじゃないですよーっ、本当なんですってばーっ!」
村長さんは狂ったように笑い出した。
そんなに笑わなくてもいいのに、お腹を抱えて笑い涙を浮かべるほどだった。
村長さんなら信じてくれると思ったのに……。
「むぅ? 誰が信じないなどと言った?」
「へ……っ?」
「ムギちゃんが鹿と言ったら鹿じゃ!」
「は、はい……?」
「たとえそれが馬であろうとドラゴンであろうとも、ムギちゃんが鹿と言うならそれは鹿なのじゃーっっ!!」
「あの、さすがにドラゴンは鹿には見えないと思いますけど……」
でも村長さんの大笑いの理由は、冗談話だと思ったからじゃなかった。
今の村長さんはすっごく機嫌がよくて、ニコニコとだらしなく口元をゆるめていた。
「ワシの孫が、勇者か……ワハハハハッッ!!」
デレデレだった。
バカ孫バカ孫っていつもは文句言ってるのに、本当は自慢の孫だったみたい……。
「あたしたち、村を守りたいんです。手伝ってもらえますか……?」
「村長であるワシにそれを言うか? 逆じゃぁっっ!!」
「ひゃぁーっっ?!!」
村長さんはいきなり上着を脱いで、あの凄い筋肉を爆発させた!
「よくぞ伝えてくれたっ! ムギちゃんやっ、ワシらで共に村を守ろうではないかっ!!」
「なんで脱ぐんですかぁーっっ?!!」
「ムギちゃんには聞こえぬかっ、この筋肉の雄叫びが!? ウォォォォォーッッ!!」
「自分で叫んでるじゃないですかーっ!?」
村最強の老人、ヨブ村長さんが仲間になってくれた。
いきなり脱ぎだして筋肉を見せつけてくるところ以外は、凄く頼もしい味方だった。
それと村長さんも、うちのお母さんが予言者だってことを知っていたみたい。
あたしが未来を予言しても、少しも不思議がらなかった。
・
「アンタのお母さんはね、空からやってきたのさ」
「へ……?」
「アッシュヒルは、空から追放されたエルフを迎えた村なのさ」
酒場宿を訪ねてゲルタさんに真実を伝えたら、いきなり昔話が始まった。
昼間からワインなんて飲んでいいのかな……。
美しい赤髪のゲルタさんは、赤ワインとニヒルな微笑がよく似合った。
「良い人だったけどね、ロランに惚れるまでは少し面倒な人だったよ」
「面倒、ですか……?」
「エルフの純血を重んじる人でもあったのさ」
「あの、ならロランさん以外に、彼氏とか――」
「アタイは見たことないねぇ。この酒場宿がアタイの物になるって、予言されたことならあるけどねぇ?」
「わぁ……的中してますね……」
ゲルタさんもお母さんを根拠に信じてくれた。
お母さんにロランさん以外の恋人はいなかったって、凄く重大な情報と一緒に。
「ロランにも教えてやりな。ロランはアンタのためなら、自分の心臓だって差し出すはずさ」
「こ、怖い言い方しないで下さいっ、もう伝えましたしっ!」
「そうかい……」
「お母さんにふられた理由がわかったって、言ってました……」
「なら言うことはないよ。魔物だろうと軍隊だろうと、アタイたちで返り討ちにしてやろうじゃないかいっ!」
村のリーダーである村長さん。
それに酒場宿の主にして、男の人やモンスターを魅了する力を持つゲルタさん。
この2人の協力はとても影響力が大きかった。
・
次にあたしはフィーちゃんと魔女さんが暮らす塔を訪ねた。
「ヒェヒェヒェ……血は争えないねぇ……。30年前も、似た顔に同じ相談をされたものさね」
本当にお母さんは、空からきた特別なエルフみたい。
魔女さんは全く疑わなかった。
「フィーちゃん?」
「ほへ……っ!?」
「大丈夫……?」
「は、はいです……。は、はぁぁ……っ、こ、ここが、さ、最前線、なのですか……?」
フィーちゃんも信じてくれた。
自分たちが暮らすこの塔が、凄く危険な場所だってことにビックリしていた。
「戦いが終わるまで、うちにくる……?」
「あっ、いいのですかーっ!? ぜひっ、おねえちゃんと――」
「あたしゃヤダよ、行くなら1人で行きな、フィー」
「えーっ、お師匠様ーっ!?」
「あたしゃここで戦うよ」
「ええーーっっ?!」
「ここが一番、魔法使いの戦い方に合ってるからねぇ……」
「でもでもっ、ここに残ったら死んじゃうですよーっ!?」
攻略本さんは、フィーちゃんは最期までこの塔に籠城して戦い抜いたって言っていた。
それと今のフィーちゃんには、あの無差別攻撃魔法『アイスレイン』がある。
あれを使えば魔物の軍勢をまとめてやっつけられる。
「お師匠様を置いてなんて行けないのです! それならソフィーも残るですよーっ!」
「ヒェヒェヒェ、それでこそ魔法使いさ」
あたしは情と、村の平和を天秤にかけた……。
フィーちゃんは安全なところにいてほしい。
でも、フィーちゃんの魔法はこの塔に必要だった。
「アイスレイン、村で使ったら巻き込んじゃうです……。しゅごく怖いけど……フィーもここで戦うです」
「フィーちゃん……」
「大丈夫です。おねえちゃんと、おにいちゃんが助けにきてくれるのです」
「もちろんだよ! 悪いやつらをやっつけたら、真っ先にここにくるよっ! だから……無事でいてね、フィーちゃん!」
フィーちゃんと魔女さんは、恐ろしい危険が迫るのを承知の上で、塔に残る道を選んだ。
籠城したって聞いているし、町よりもこの塔の方がずっと安全なのかもしれない。
あたしはそう自分に言い聞かせた。