・幸運のアップルパイを作ろう - 信じる心 ロランさん -
あの後、ホリンと攻略本さんとよく話し合った。
攻略本さんの体験を元に、どうしたら村を守れのるかみんなで考えた。
村を守るにはもっと協力者が必要だってホリンは言う。
だけど……
『これから村が魔物に滅ぼされますから備えて下さい』
なんてみんなに伝えても、そんなの信じてくれるはずがない。
そうあたしは主張したんだけど、ホリンの考えは違った。
「ちょっと前はそうだったかもしんねーけど、今はそうじゃないだろ?」
あたしの言葉ならば、無条件で信じてくれる人たちがこの村にはいっぱいいるんだって。
ホリンはそう断言してくれた。
「ロランさん、爺ちゃん、ソフィーに魔女の婆ちゃん。それにゲルタのおばちゃんもきっと信じてくれる。あと、ダンさんもな」
「そうかな、変に思われないかな……。不吉な予言をされて、喜ぶ人っている……?」
「俺が言ったらひでぇ冗談だと思われるだろうな。けどお前は違う」
『確かに彼の言う通りかもしれん。試す価値はあるだろう』
「で、でも……」
『ホリンは君を信じた。君を信じてくれる者は、ホリンだけではないはずだ』
あたしはあたしの信用がそれほどあるとは思えなかった。
なんでホリンはあたしの話を信じてくれたんだろうって、今になって不思議になるくらいだった。
・
それから日をあらためて、あたしはロランさんが暮らす酒場宿を訪ねた。
ホリンは説得を手伝うって言ってくれた。
だけど大切なことだからこそ、一対一で伝えるのが正しいと思った。
まだ朝だったから、ロランさんはあのかわいいパジャマとナイトキャップ姿だった。
部屋で目を擦るロランさんに、あたしはこれから訪れることになる村の未来を明かした。
「ホリンが勇者ですか……」
「えと、そこはあたしの勝手な推測なんですけど……。でも他にいないと思うんです……」
「そして村は滅び、私はここで力尽きる。……ああ、なるほど、そういうことですか」
「あの、ロランさん……?」
ロランさん、なんだか変だった。
あたしの顔をじっと見つめて、根拠なんてなんにもないはずなのに何度もうなずいていた。
「カラシナさんには、軽い予知能力がありました」
「え……っ? うちのお母さんが、予知!?」
「不気味がられるので隠していたようですが、彼女は私にこう言ったのです。『アッシュヒルに残れば、貴方は死ぬ』……と」
ロランさんは寂しそうだった。
当時の予言の意味がやっと納得できたって顔で、あたしの顔にお母さんの面影を探していた。
あたしお母さんほど美人じゃないから、恥ずかしい……。
けどロランさんにとっては、あたしの姿そのものが大きな慰めだったみたい。
恥ずかしさから下げた目をもう一度上げてみると、いつものやさしいロランさんがそこにいた。
「つまり私の役割は、未来の勇者を育てることだった。ということですか」
ロランさんからすればそういうことになる。
物語におけるロランさんの役割は、勇者の礎になること。
勇者を育て、死ぬのがロランさんの役目だった。
「あの、ロランさん……あたしのこんな話を信じてくれるんですか……?」
「ええ」
「でも、どうしてっ!? 証拠なんてなんにもないのに……っ!」
「カラシナさんの娘が、カラシナさんのように未来を予言した。ただそれだけのことです」
なんでロランさんはかつて村を去ったのだろうと、不思議に思ったことがあった。
お母さんと良い関係だったのなら、残って2人でパン屋さんをすればよかったのに……って。
「お母さんは……ロランさんがここで暮らすのを、望まなかったの……?」
「はい。国に帰れと言われ、以降……徹底的に拒絶されてしまいました……」
「ええ……っ?!」
「上手くいっていたのに、あまりに突然のことでしてね、はは……」
つらい……。
ロランさんの人生って、凄くつらい……。
でもつらいはずのロランさんの顔は、だんだんと嬉しそうな微笑みに変わっていった。
アッシュヒルは滅びる。
ロランさんは戦い抜き、命を落とす。
お母さんが本当に予言者なら、ロランさんのそんな未来を変えようとしたはず……。
あたしの知ってるお母さんならきっとそうする。
サマンサの王子様の末路が、山奥の村での戦死だなんてあんまりだもん……。
「私にお任せを。どんなことがあろうとも、貴女だけは守ってみせます」
「ホリンを守って下さい!」
「ホリン……? 彼ならば私の助けなどいらないでしょう」
「でもホリンが鍵なんです! ホリンさえ生き残ってくれたらっ、失敗しても、きっとまたやり直せるんですっ!」
もしわたしたちがここで死んじゃっても、ホリンが生き残ってくれたら世界は救われる。
世界を救ったホリンが、もう1度願うかもしれない。
本当のハッピーエンドを。
だから、勇者であるホリンは絶対に死なせちゃいけない。
「もう少し、詳しくうかがえますか?」
あたしはロランさんに、元勇者である攻略本さんと、その壮絶な人生を伝えた。
ロランさんは少しも疑わず、勇者の運命に心を痛めてくれた。