・鉄壁のチョコメロンパンを焼こう - 思い出の花畑 -
こうして村のみんながチョコメロンパンを食べてくれた。
身の守り+5~25の効果がみんなを頑丈にしてくれた。
お酒が次々と出されて、歌が歌われ、円を描いて踊り回った。
あたしはそんなお祭り騒ぎから、一歩距離を置いて眺めた。
これが攻略本さんが守りたかった幸せなんだろうなって思ったら、急に寂しくなってきた。
攻略本さんの世界では、ここに集まるみんなが死んでしまった。
それって悲しすぎる。
あたしはこの中の誰1人傷つけずに、運命の日を乗り越えなければいけない。
それこそがハッピーエンド。
攻略本さんに、本当のハッピーエンドを見せてあげたかった。
「おい……。おい、聞いてるのか、コムギ? おーいっ?」
「ぁ……ごめん。ちょっと考えごとしてた……」
攻略本さんが可哀想でぼんやりしてしまっていた。
怪訝そうにホリンがあたしを見ている。
そんなホリンを見ていたら、ホリンにはちゃんと伝えなきゃって思い立った。
「お前、今日はなんか変だぞ……。どうしたんだよ?」
「……ホリン。あたし昨日、大変なことを聞いちゃったの」
「それって誰から、何をだよ?」
「それは、えと……だったら場所変えよ……? あ、そうだ……久しぶりにあそこ行こうよ、あのお花畑」
「なんで今からそんなへんぴなとこに……。ま、いいけどよ」
ホリンは台車に手をかけた。
乗れとあたしに目で言うので、素直に乗っかってホリンに運ばれた。
小さな丘になっている村の中心を離れて、何もない村外れに台車は進んだ。
「攻略本さんの世界ではね……この辺りに、死んじゃったみんなが倒れてたんだって」
「それって村のみんなか……?」
「うん」
「嫌な光景だな……」
「ホリンの風車も、ボロボロに壊されちゃうんだって……」
「ぜってーそんなのお断りだ! あの風車が壊れたら、お前のパンが焼けないだろ?」
「それどころじゃないよ。みんな殺されちゃうんだって」
「ひでぇ未来だ……」
「その中でたった1人、勇者様だけが生き残って、復讐の旅を始めるんだって……」
ホリンは黙ってしまった。
花畑に着くまで、あたしはホリンの背中を見つめながら何度も確かめた。
あのお花畑を大切にしている村人は多い。
たまたまのことなのかもしれない。
でも、勇者様は思い出の花畑で、生き絶えた想い人を見つけた。
たぶんそれ、あたしだ……。
ホリンはあたしのことを特別だと思っていたんだ……。
全部仮説だけど、きっとそうに違いない。
「着いたぜ」
「ありがと……」
ここがあたしの死に場所。
あたしは白くて小さなカスミソウが咲き誇るお花畑を見渡した。
それからあたしを見守るホリンに目を合わせる。
覚悟が付いたから、昨晩聞かされた真実をホリンに伝えることにした。
「アッシュヒルが滅びる日を、攻略本さんが思い出したの。収穫を前にした初秋、紅葉が始まって間もない頃だって、そう言ってた」
「な、何ぃっ?! それって、もうすぐそこじゃねーかっ!?」
「うん……。だから、みんなにあれを食べてもらったの……」
平静に返したはずだったのに、どうしてか声が震えてしまっていた。
ホリンは心配性だから、あたしの震える声を聞くとそれだけで顔色が変わった。
「あたし、誰も死なせたくない……。もし、あたしたちが思ってるよりもずっと、敵が強かったら……。どうしよう……」
ショックだったのは、ロランさんが負けたってこと。
多勢に無勢だったとはいえ、ロランさんが負けるだなんて信じられなかった。
きっと敵は、凄く強い……。
「そんな顔すんな、俺が守る」
「でも……でも、ロランさんも死んじゃったって……あっ?!」
ホリンが迫ってきた。
いつもなら立ち止まる距離に入っても、ホリンは止まらなかった。
ホリンが荒々しくあたしの身体を左右から包み込んだ。
抱擁と呼ぶには不器用だけど、そう呼べなくもない温かい愛情表現であたしを慰めてくれた。
「ホリン……?」
「お前は俺が守る。この命をかけても、お前だけは生かしてみせる! お前は死んじゃダメだ、コムギ!」
「うん……」
でも言われてあたしは同じことを思った。
勇者様は死なせちゃいけない。
勇者様が死んでしまったら、この世界はバッドエンドで終わってしまう。
勇者はホリンだ。
ホリンが攻略本さんだ。
最初はロランさんが勇者様かと思ったけど、ホリンが一番勇者様に近い!
「ううん、ホリンはあたしが守る!」
「な、なにぃ……っ?」
「今日からホリンには、特別なパンを毎日焼いてあげる! それで強くなって、村のみんなを守って!」
そして、世界を救って。
ホリンならきっと世界を救えるはずだから。
「お前、生粋のパン屋なんだな……」
「だって、あたしにはこれしかないもん」
「……ま、そういうことならわかったぜ。シンプルでいいと思うぜ」
「シンプル?」
「お前が俺を強くして、俺がお前と村を守る! もっと俺を強くしてくれ、コムギ!」
「うんっ、あたしに任せて! でも村長さんみたいなムキムキにはならないでね!」
あたしは力の種が入ったパンを、ホリンにだけ食べさせることに決めた。
みんなの未来のために、あたしは細マッチョのホリンを諦めた……。
攻略本さんの世界のあたしは、きっと無念だったんだろう。
心細い気持ちでホリンをここで待って、そして会えないまま殺されてしまった。
自分の遺体をホリンが見つけて、心が引き裂かれることを知りながらここで死んでいったんだと思う。
「あれ、いいよな……。筋肉で服が破れるって、男の憧れだよな……」
「えーっ、全然よくないよーっ!?」
「はははっ、そんだけ元気なら大丈夫そうだな! みんなのところに帰ろうぜ!」
あたしはホリンの胸から飛び出して台車に飛び乗った。
大胆な抱擁に、胸が暴れていて急に恥ずかしくなってきたから……。
「うんっ、早く帰ろ! 凄く怖いけど……一緒にがんばろうね、ホリン!」
「おうっ、お前が育てた俺を信じろ!」
帰り道はホリンの全力だった。
かつてのホリンじゃ考えられない凄い体力と脚力だった!
あたしは瞬く間にみんなの場所へと運ばれていった。
花畑のある小さな丘から見下ろすアッシュヒルは美しかった。
豊かな小麦畑と牧草地、大風車に小さな家々、湖に、あぜ道に、彼方にそびえる魔女の塔。
その全てが、あたしたちの宝物だった。