・黄金の小麦畑 - タイムリミット -
その晩、部屋で寝る前の支度をしていると、ふと思い出した。
それはロマちゃんをベッドの中に入れて、攻略本さんをベッドサイドに置いた矢先のことだった。
「あっ、そういえば大事な話があるって言ってたよね?」
『む……。そうだったな……』
「ごめん、なんだかずっと慌ただしくて……。話、今からでもいい……?」
『ああ……。だが君の幸せそうな姿を見ていたら、伝えるのが怖ろしくなってきた……』
「そういう言い方される方が怖ろしいよっ!」
『ふっ、それもそうか。では、聞いてもらえるか?』
「うんっ、なあに?」
『少し、過去を思い出した。結果、もう時間があまりないことがわかった』
「え……。それって、まさか、アッシュヒルが滅びる日のこと……?」
『そうだ。運命の日は初秋だった』
「初秋っ?! う、嘘っ?!」
『紅葉が始まって間もない頃、小麦畑が豊かに実り、収穫を目前にした時のことだった』
あたしは窓を開けた!
外は真っ暗で全く見えなかった!
「えっと、収穫、収穫っていつ頃だっけ……!?」
『あと1ヶ月ほどだろう』
「えーーーーーっっ?! それっ、もっと早く言ってよ、攻略本さんっっ!!」
『昨晩思い出した。すまん、今から可能な限りの迎撃体制を整えてくれ』
言われるまでもない。
あたしは攻略本さんを開いて、アッシュヒルの地形を確かめた。
『防備を堅め、罠を張り巡らせ、君が育てた村人たちで迎え撃つのだ。今の君たちなら、あの破滅の軍勢の撃退も、不可能ではないはずだ』
「わかった! だったら出し惜しみはなしだね!」
『そうだとも』
攻略本さんの言葉が不安にかすれた。
『君たちの手で悪夢を終わらせてくれ。みんな死んだ、みんな無惨に殺されてしまったんだ……。君たちが幸福を勝ち取る姿を、私に見せてくれ……』
運命の日は秋の始まり。
だいたい1ヶ月後。
ううん、もしかしたら半月後くらいかもしれない。
でも襲撃の季節がわかっているなら、迎撃するのもそれだけ楽になる!
あたしたちは迎撃の相談をして、その日はすぐに寝た。
暖炉で温めたロマちゃんは、冷える日の夜には最高の湯たんぽだった。
・
破滅が迫っていようともパン屋さんの朝は変わらない。
あたしはまだ眠そうなロマちゃんと、攻略本さんを抱えて1階に降りた。
暖炉に火を入れて、秋が近付いていることをあらためて実感した。
「眠いならまだ寝てていいよ。出かけている間、お手伝いありがとう、ロマちゃんっ」
湖と行き来して水をくんで、厨房に入ってパンを捏ね始めた。
するとロマちゃんがやってきて、ぷるんと跳ねて打ち台に乗った。
「いいの……? わかったっ、後で美味しいパン、いっぱいあげるねっ!」
ロマちゃんとパン生地を捏ねた。
ロマちゃんは見ているだけ面白い。
ぽいんぽいんと跳ねてパン生地を延ばし、凄く器用に小麦粉を折りたたむ。
生地にバターを加えると、ロマちゃんはさらに元気になった。
お手伝いさんってやっぱりいいなって思った。
ゲルタさんが返してって言ってきても、もうロマちゃんは返したくない。
「ずーーっと、うちに居てくれていいからね、ロマちゃん! というかずっと居てくれなきゃ困るからねっ!」
生地の準備が終わったら、次は昨日仕込んでおいたパンを焼いた。
香ばしい香りが辺りに広がっていった。
夜明けを迎えた爽やかな空を横目に眺めながら、焼きたてのパンをお店に並べる。
そろそろかなって窓の外を確かめたら、やっぱりきてくれた。
「ムーギーちゃぁぁーんっっ、会いたかったぞーいっ!!」
「おはようございます、村長さん」
「いいっ、やはりムギちゃんのいる朝は、いい……っ!」
「長らく留守にしてしまってすみません……。あ、それで村長さん、実はあたし、村長さんを待っていて――」
「うおおおおおーっっ?!! か、感激じゃぁぁーっっ、ワシも大好きじゃぞぉーっ、ムギちゃぁぁーんっ!!」
離れていたのはたった3、4日のことだけど、元気な村長さんにほっこりした。
天涯孤独のあたしには、温かい村長さんの言葉が嬉しかった。
「今日はあのメロンパンを作ろうと思うんです。村のみんなに1つずつ、食べてもらいたくて」
「むっっ?! それはもしやっ、ワシをっ、こんなワガママボディにしたっ、あのメロンパンなのかっ、ムギちゃんやーっっ?!!」
いちいちマッチョなポーズを付けて筋肉をピクピクさせるのは、ちょっと嫌だけど……。
「はい、あのメロンパンです。あれを村のみんなに食べさせ――」
「ワシに任せよっ!! 今かっ、今から招集をかければよいのじゃなっ?!」
「えと、お昼ご飯に――」
「祭りじゃぁぁーっっ!! ムギちゃんのっ、村民総マッチョ化計画の始動じゃなぁぁーっっ!?」
「ち、違いますぅぅーっっ!!」
「昼前にメロンパンを取りにこようっ! 筋肉がっ、筋肉が笑いを上げておるわ、ふはははーっ!」
「そ、村長さんっ、お買い物っ」
「むっ?! わーっはっはっはっ、危うく手ぶらで帰って、家族からボケ老人扱いされるところだったわいっ!」
凄く面倒見のいい人なんだけど、やっぱり疲れる……。
村長さんはパンをいつもの倍も買って、お店を飛び出していった。
ロマちゃんは村長さんの大声が苦手なのか、カウンターの陰に隠れていた。
「えっと、そういうことだから……もう少しだけ、お手伝いしてくれる……?」
ロマちゃんはポインと桃色のスライムボディを跳ねさせて、カウンターに上がってあたしを見た。
「ありがとう、ロマちゃん! もうロマちゃんは誰にも渡さないよーっ!」
ロマちゃんを抱えて厨房に入ると、中に置いていた攻略本さんに笑われた。
『私の生きた世界には、あんな元気なヨブ村長はいなかった」
「あはは、なんでああなっちゃったんだろね……」
『歴史は確実に変わる。今の村長を見ているとそう実感できる』
「うん、そうかも」
『今の村長ならば魔物に斬られるどころか、拳で打ち砕いて村人を助けて回ってくれるだろう。私は既に、ロラン殿が孤立奮闘して命果てる未来が、想像できん』
ロランさんは逃げなかった。
昨晩、そう教えてもらった。
ロランさんの実力なら1人でも逃げられたのに、最期まで村と運命を共にしてくれた。
本当はサマンサの王様だったのに……。
まだ少し先ですが、もうじき簡潔です。
書籍「ポーション工場」の改稿作業をしながら、第二部を現在執筆中です。
完結後は最低で半月ほどの休載をいたします。
その後、ゆっくりペースでの連載予定です。
また完結に合わせて新作や短編も公開しますので、よろしければそちらも応援して下さい。