・深き穴底より - ベルさんは略奪したい -
「本当に何を悩んでいるのだ?」
「ロランさんは……。ロランさんはベルさんの方が王様に向いてると思ったから、消えちゃったんじゃないでしょうかっ!」
あたしは元気いっぱいに立ち上がった!
「そう、なのか……?」
「そうですよ! でないと失踪なんてできません!」
「いや、可能性はもう1つある。将軍が疑ったように、兄は既に何者かに暗殺されている可能性――」
「暗殺者に負けるなんてあり得ません! 絶対生きてます!」
あたしが根拠のない断言をすると、ベルさんが明るく笑った。
ロランさんは強い。
信じられないくらい強い。
暗殺なんて絶対無理。
「そうだな、ああ、そうだとも……。毒でも盛らぬ限り、兄上の殺害は不可能だ」
「はい、ベルさんのことを遠くから見守っていると思います」
「そうだといいのだが……」
「そうに決まってます!」
「ああ……。ありがとう、コムギ……」
ベルさんは立ち上がり、あたしの目の前にやってきた。
「いえいえ。諦めずにここから出ま――へ……っ?!!」
彼の手が乱暴にあたしを引っ張り寄せて、大きな胸の中に抱き込んだ。
あたしの方はビックリして固まってしまった。
「我は今でも女が怖い……。だがコムギ、お前ならばこうして触れたいと思える……」
「わっわっ、いえ、あの……っ、ベルさん……っ?!」
温かかったけど強く抱き締められて、相手がホリンじゃないのに心臓が激しく暴れた。
「我の后になってくれ」
「え……っ? えっ、えええええーーっっ?!!」
「人の女性に手を出す趣味はない。だが、お前のような女はこの世に1人だけだ。我はお前を奪い取りたい」
頭が真っ白になった。
どうしたらいいのかわからなくて、嬉しいけどなんだか落ち着かなくて、ただただ困った……。
あたしがお后様……?
無理無理、絶対向いてない!
「ふっ、まずは共にここから脱出しよう。ホリンからお前を掠奪するのはその後だ」
「りゃ、掠奪、されちゃうんですか、あたし……」
「お前を奪い取る」
「え、ええええ……で、でも……」
どう返したらいいのかわからなかった。
光栄だし、ベルさんは魅力的だった。
でも確実にこれだけは言える。あたしは絶対に向いてない!
「さて、どう脱出したものか」
「ふぅ……そうですね……」
ベルさんが胸の中から解放してくれた。
温もりが遠ざかって、なんかちょっと寂しくなった……。
「お前が手に入るなら、いっそここで生きるのも悪くないかもしれんな」
「う、嬉しいお言葉ですけど……ここで生きるのはちょっと……」
「しかしどうやって出る? 諦めないと再起したはいいが、問題は手段だ」
「それは……。あ、ホリンが助けにきてくれるかも!」
「ふむ……敵の誤算はホリンということか。やつが救助隊を連れてきてくれる可能性はあるが……どうやってここを特定する?」
「ベルさんを襲った人たちから聞き出すとか……?」
「可能性がないわけでもないな」
でもそれだと、聞き出すのと救助活動にかなりの時間がかかる。
今は他の方法を考えないと……。
「2人でそこを掘ってみるか? もしかしたらすぐそこが地上かもしれん」
「それもわかりやすくていいですね。がんばった分だけ、ホリンの救助もきっと早まりますし」
「フ……ホリンのことを信頼しているのだな」
「実際、何度も助けられちゃいましたから!」
はぁ……っ、早くアッシュヒルに帰りたい……。
お店、ロランさんとフィーちゃんに全部任せちゃったし。
あたしが帰らないとロマちゃんも不安だろうな……。
フィーちゃんには、あのピザパンをもう1度差し入れしたい。
あの塔は最前線だって攻略本さんが言うし、もっと強力な魔法を――
「あ」
「む、どうかしたか?」
「あの、ベルさん……」
「もしや、我の后になる覚悟が付いたか?」
「い、いえ、そうじゃなくて……っ! あたし、1つ方法を思い付きました……」
「ほう、どうやる?」
「あたし、魔法が使えるんです……」
そう、魔法。
あたしは魔法使いだ。
パン屋さんだけど、魔法使いでもあることを今思い出した。
「うむ……? それは、他に何かできるということか……?」
「はい……。えっとですね、その……。呆れたり、怒ったりしないって、約束してくれますか……?」
「約束しよう。それで?」
「では手を繋ぎましょう。ううん、あたしにもっとくっついて下さい。木にしがみつくような感じで……」
「喜んで。では、理由はわからぬが失礼する……」
ベルさんと手を繋いだ。
ベルさんがあたしにしがみついた。
「離れないで下さいね。それではいきますよ?」
「何をするんだ?」
「すみません……」
「何がだ?」
「あたし、今の今まで――脱出の魔法を使えることを忘れてましたっ!!」
「な、何……っ?」
「どうかこれで外に出れますようにっ!! リターンッッ!!」
食べててよかった知恵のピザパン。
あたしはリターンの魔法を発動させて目を閉じた。
どうかまたホリンに会えますようにと、精霊様に祈った。